第9話 友達

 入学後初めての試験も終了し、数日が経過したある日、ヨーコからこんな話を持ち掛けられた。

「ねえ、リン。今度<彫刻会>に遊びに来てよ」

「いいけど。なにか用事でもあるの?」

 特に理由がなくても、ヨーコが普段どんな活動をしているかは気になるので、遊びに行くのはなんの問題もないのだが。

 あまりにも唐突で理由を聞いてしまう。

「先輩がこの前の試験みててさ、リンの能力が気になるっていうんだよ。アタシが友達だってわかると呼び出して来いってさ」

「……そうなの。まあ友達の頼みなら仕方ないね」

 理由よりも、ヨーコに友達だとさらっと言われたことの方が重要だった。

 友達の頼みなら仕方ない。へへ。

「なにその顔」

「何でもない!」

 そんなこんなで、その日の放課後、ヨーコが所属する<彫刻会>へ行くこととなった。<彫刻会>は、学院の敷地の外れにある工房棟の一室で活動していた。

 あまり立ち入らないエリアなので、ヨーコに案内してもらう。

「なかなかわかりづらい場所でしょ」

「だね、この辺りは迷子になりやすい」

 これは当然、実体験からの話だ。

「ああ、リンはこの学校で育ったんだっけ」

「うん、あんまり詳しくは話してないけどさ」

「いつか教えてくれる?」

 ヨーコは私の顔を覗き込みながら、私の答えを待つ。

「もちろん。友達でしょ」

「やったね」

 そんなやりとりをしていると、間もなく工房棟へとたどり着く。

「アタシたちの活動場所はこの部屋だよ」

 ヨーコはある一室の前にたどり着くとそういった。

「失礼します」

「お、ヨーコ! 早速連れてきてくれたんだね! いらっしゃい、愛川さん」

「もちろんですよ! 先輩!」

 私を歓迎したのは、中性的な響きの声だった。

 声の主は、少しがたいが大きく、ショートカットのボーイッシュな先輩だった。

「私は鴫坂アオ。学院の四年生だよ。突然呼び出して申し訳ないね」

「いえ、全然。友達の頼みなので」

「仲いいんだね。立ち話もなんだ、あっちに休憩スペースがあるから、お茶でも出すよ」

 工房の中は広々としており、いくつかの製作中の作品がみられた。木や氷といった、材料に統一性はなく、様々な彫刻が置かれていた。

 その中に、休憩スペースとして、ダイニングテーブルと椅子がいくつか置かれた場所があり、そこに腰掛けると、先輩はここに連れてきたわけを話してくれる。

「この前の試験、見てたよ。愛川さんの<錬成術>、興味深いな」

「私の<錬成術>がですか?」

 私は純粋に疑問を口にした。

「うん。愛川さんは<彫刻会>について、どこまで知ってる?」

「正直、あんまり知らないですね。<錬成祭>で大きな氷の彫刻を展示してることは知ってますけど」

「いや、そこまで知ってたら十分だよ。じゃあ、あの氷、どうやって調達してるかはわかる?」

 あれほどの氷をこの地で調達する方法といえば、ひとつしかない。

「<錬成術>で用意してるってことですか」

「察しがいいね。その通り。私たちは学院のいろんな<錬成術師>にお願いして、彫刻の材料を提供してもらってるんだ。そこで、私達が新しく目を付けたのが、キミってわけ」

 なるほど、納得がいった。

「私の土塊を提供してほしいと、そういうことですね」

「その通り! どうかな。あんまり報酬とかは出せないんだけどさ」

「アタシの初めての作品、リンのとの共同作品になったらすごいいいなって思うんだけど」

 ヨーコが鴫坂先輩に加勢するように、いう。

 その理屈は、少しずるくないか? 受けざるを得なくなるだろう。

「断る理由も別にないですし、いいですよ。……ただ、私の土ってたいして硬くないですよ」

「そうなのかい? でも、炎から防ぐときにレンガみたく変化させていたじゃないか」

「あれは……、桂木さんの炎と反応してって感じだったので、単独では難しいと思いますけど」

「そういうことだったんだ。まあ、一回試してみてもらえるかな。ある程度柔らかくたって、やりようはあるよ」

「わかりました」

 私達は、少し開けた場所まで移動すると、そこで私は<錬成術>を行使する。

 次の瞬間、私の目の前に、土の塊が出現する。浮遊させる必要はないため、地面へと着地させる。

「じゃあ、この前みたいなイメージで、やってみます」

 イメージするのは、桂木さんの燃え盛るような炎。これで熱されることにより、私の土は、より硬くなる!

 そんなイメージを巡らせる。

「おお、少し変わった!」

 ヨーコがそんな声を上げる。確かに、少しばかり、状態が変わっただろうか。

 しかし、この前の変化には遠く及ばない。

 だが、それだけでも、私にとっては意外だった。

「イメージだけで、変わるもんだな……」

 ひとりごとが思わず漏れる。

 鴫坂先輩はその土に少し手を触れるなり、満足そうな笑みを浮かべる。

「これだったら十分使えるよ。ありがとう」

「それはよかったです」

 使えるという言葉を聞き、ヨーコは大喜びだった。

「たまに様子見に来てよ! リンの土が私の手によって美しく変わっていくところをさ!」

「こら、あんまり調子に乗るなよ。まずは基礎からな」

 ヨーコは鴫坂先輩に軽く小突かれていた。その様子は微笑ましく、仲良くやっているようだ。

「はーい……」

「改めて、愛川さん、ありがとう。宮下の言う通り、たまに遊びに来てくれると嬉しいよ。ついでに材料を提供してくれるともっと嬉しいかな」

「はは、ちゃっかりしてますね。もちろん大丈夫ですよ」

 こうして、初めての<彫刻会>訪問は終了した。

 ヨーコの手によって、私の土がどのように変わっていくのか非常に楽しみだった。


  ○


「桂木さんって、あんまりクラスの誰かといっしょにいるところ見ないよね」

 ある日の休憩時間、私、イクヨ、ヨーコといつもの面子で駄弁っていると、ヨーコが突然そんなことをいった。

「まあそうだね」

「私もあんまり見たことないです」

 実際、今も休憩時間になると、忙しそうに教室の外でいろいろと動き回っているようだった。

「あんまりよくないと思うんだよ! クラス代表なら皆と仲良くしないとさ!」

「でも、無理に仲良くするのは難しいんじゃ……」

 ヨーコの言葉に、イクヨが不安点を指摘する。

「いーや、そんなことないね。誰もやらないなら、アタシからいく」

「ヨーコからって、どうやって?」

「遊びの約束してくる」

 ヨーコはそういって教室を飛び出した。

 そして、落ち込んだ様子ですぐに帰ってきた。

「ダメだった……」

「桂木さん、なんて言ってた」

「放課後はクラブ活動や勉強で時間がないって……」

「まあ、だろうね」

 短い休憩時間ですら忙しなく動いている彼女のことだ。無駄な時間などないのだろう。

「じゃあ、寮で寝る前に……というのはどうですか」

 イクヨがひとさし指を立てながら思いついたことを提案する。

「それじゃん! パジャマパーティーだよ!」

 ヨーコは、イクヨの提案に飛びつく。

 パジャマパーティーとは……、実在していたのか。

「こうしちゃいられない、早く桂木さんに伝えなきゃ」

「でも。もう休憩時間終わるよ」

「机にお手紙を置いておいたらどうでしょう」

 イクヨがかわいらしい提案をする。

「そうしよう。放課後、校舎裏に呼び出す! ふたりとも一緒に来てね!」

「もちろんいいですよ」

「うん、なんか面白そうだし」

 こうして、私達の桂木さんと仲良くなろう計画が練られていった。


「なに、三人して」

 放課後、手紙に記した通り、桂木さんは校舎裏へと来てくれた。貴重な時間をつぶされているからか、少し不機嫌そう。

「桂木さん、放課後は忙しそうじゃないですか」

 ヨーコが少しかしこまった口調で言う。

「そうね、さっきも言ったけど、やることがいろいろとあってね」

 桂木さんは赤い髪をくるくると触りながら答えた。

「じゃあ、逆に何時くらいから暇になるのかな?」

「なんの逆よ……。まあ二十一時くらいかしら」

 桂木さんの返答に、ヨーコはここだ! と言わんばかりに食いつく。

「じゃあその時間からアタシの部屋でパジャマパーティーしよう!」

「……なんでよ」

 あまりに突然の申し出に、桂木さんは思い切り困惑している。

「ヨーコは桂木さんと仲良くしたいみたい。それで一緒に遊んだりできないかなって考えてるんだ。もちろん、私もイクヨも同じ気持ち。どうかな、親睦を深めるという意味でも」

 私は助け舟を出す。

 桂木さんと親交を深めたいというのは当然本音だが、これがダメだったら今後数日は企みが続きそうな予感がしていた。それは防ぎたい。

「そうなの? ……まあ、いいわよ。確かにクラス代表としてクラスメイトとは親睦を深めておく必要もあるかもしれないわ」

「え、いいの?」

 おもいのほか、あっさりと承諾してくれて、思わず聞き返してしまう。

「そっちが誘ってきたんでしょう? じゃあ、その時間になったら宮下さんの部屋に向かうわ。よろしくね。ああ、それと」

 付け加えるような言葉を紡ぐと、桂木さんは不敵な笑みを浮かべる。

「今度のテストでは、せめて二位にはなってよね。愛川さん」

「……悪かったね」

 実はすでに結果発表がされていたのだが、総合順位が四位だったから気恥ずかしくて特に言及しなかったのに。

「がんばりましょうね、リンちゃん」

「がんばれよ、リン」

「……キミらこそなんだけどね」

 とりあえず、この筆記試験赤点コンビをわからせることから、始めなければ。


  ○


 その日の夜、私達はヨーコの部屋へと集まっていた。

 パジャマパーティーだと言っていたので、私は青を基調にした、所有している中でもおしゃれな気がする寝間着を着ていった。

 イクヨは白い寝間着で、フリフリがついたものだった。入学時に新調したと言っていた。

 そして、このイベントの発案者であるヨーコはというと、ピンクのモコモコとした非常にかわいらしい服装であった。ちょっと意外かも。

「ヨーコちゃんのパジャマすごい可愛らしいです」

「そうでしょうそうでしょう。家族以外に見せるの初めてだから、よく見とくといいよ!」

 ヨーコはそんなことを言って胸を張っていると、コンコンと部屋をノックする音が聞こえる。

 きっと少し遅れて到着した桂木さんだ。

「ごめんなさい、少し遅れてしまったわ」

 桂木さんは、白いシャツにハーフパンツというシンプルな出で立ちだった。露出されている足はすらりと細く、白い。

「全然いいよ! じゃあ、そろったところで始めようか」

「で、パジャマパーティーって何するの? 私全然知らないんだけど」

 私は単純な疑問を口にする。

「あ、わたしもです」

「私もないわよ」

 私の言葉に、イクヨと桂木さんが同意する。

 ヨーコ以外の三人は見事に未経験者だったようで、自然とヨーコが仕切る流れとなる。

「まあ、適当にお菓子つまんで、雑談してって感じだよ! 普段言えないようなことも、夜の勢いで言えちゃったりさ」

 なるほど、非日常的な会ではテンションが上がっていろいろとしゃべってしまうということか。

「まずは、お菓子食べようよ! 用意してきたから」

 ヨーコは、カバンから袋を取り出す。

 そこに入っていたのは、クッキーやマドレーヌといった焼き菓子だった。広げると、小麦とバターのいい匂いが部屋に充満する。

「どうしたの、それ?」

「厨房借りて、アタシが作った!」

「宮下さん、料理が得意なのね」

「わあ! 尊敬します!」

 先ほどから意外性をみせるヨーコの、さらに新しい一面を垣間見ることができた。ヨーコが作ったお菓子たちは非常においしく、私達の心は次第にほどけていった。

 ――夜が更けていく。

「でさ、妹とは入学式前に喧嘩して、それっきり顔も合わせてないわけ!」

 しばらく時が過ぎ、ヨーコが悩みがあると切り出し、私達は相談に乗っていた。実は、双子の妹が学院におり、彼女と喧嘩してしまっているというのだった。

 全員が初耳だった。

「でも、いいな。血のつながった家族がいるって」

 イクヨがポツリと漏らした。

「あ……、ごめん」

 途端にヨーコは申し訳なさそうにうつむく。

「あ、ううん! 気にしないでください! ……よかったら私のお話もしていいですか」

 全員が頷くと、イクヨは話し始める。

「ありがとうございます。私、物心ついたころからすでに孤児院のお世話になっていたんです。そこは決して悪い場所じゃなかったんですけど、<錬成術師>の子どもを預かる施設、とかではなかったんです。そこにいる<錬成術師>はわたしだけ」

 イクヨは悲しそうに笑う。

「最初は怖がられてたんですけどね。私が手を出さないってわかると、すごく虐められた。やっぱり、普通の子たちからすると、人と違うっていうのはそういう対象になりやすくなるんですね。だから、はやく仲間に――、私と同じ<錬成術師>に会いたいなって思ってたんだ。入学式の日、リンちゃんが声をかけてくれて、すごい嬉しかった。ヨーコちゃんもいつも場を明るくしてくれて、私が知らない世間のこともいろいろ教えてくれる。桂木さんは、すごいかっこいいな、と思っててこれからもっと仲良くなりたい」

 イクヨは続ける。

「だから私、ここに来られてすごく幸せです」

 学院に来られて幸せ、だなんて考えたことがなかった。ここは負の象徴であると信じ切っていた。

 凝り固まった考えが、イクヨの柔らかさな表情にほだされていくような感覚があった。

「イクヨが幸せだって気持ちでそばにいてくれるからかな、私も最近いい方向に変わってるのかも」

「リンちゃんが、ですか」

 イクヨは意外という顔で聞き返す。

「うん。私もイクヨと同じで血のつながった家族はいない。母さん――愛川先生は私の育ての親なんだ。まあ、そのことを悲しいと思ったことはあまりないんだけど。どちらかというと、私の場合は、育った場所が問題だった」

「愛川さんは、この学院でずっと過ごしているのよね」

 桂木さんが私の言葉を補足してくれる。

「そう、私はこの前、<外奉会>の活動で外に出るまで、学院から一歩も出たことがなかった。学院の中は、結構みんな楽しそうにしてるけど、その最後は、違う。どの先輩も、なにかあきらめたようなそんな顔をして卒業していくんだ」

 私は、昨年学院を去った先輩が打ち上げてくれた花火と、彼女の表情を思い出す。

「……<錬成術師>は生きたいようには生きられない」

「そう。桂木さんも、入学式の時にそう言っていたよね。だから、私も、きっと道なんかないんだって思い込んでた。……でもそうじゃない」

 桂木さんが、イクヨが、ヨーコが私に教えてくれた。

「道はどこかにあるんだって、みんながそう思わせてくれた。まだ私は何をすればいいのかわかんないけど、外に一歩踏み出すことはできた。多分変わり始めてると思うんだ」

「リンちゃん、そんなこと思ってくれてたんですか」

「アタシたち、リンになにもしてないよ?」

 イクヨとヨーコはそういうが、桂木さんは微笑んでいた。

 私の言うことに、彼女は思い当たる節があるようだ。

 これが、パジャマパーティーの魔力なのだろうか。私達は普段では言えないような話をどんどんと展開していった。

 ヨーコが桂木さんのことをヒトミ、と呼び出すようになるまで時間はかからなかった。

 当然、私もイクヨも便乗した。

 桂木さんと仲良くなりたい!というヨーコの目標は、ひとまず達成されたのだった。

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