第10話 シオン
「なんか、いいことあったみたいだね~」
軽トラックの助手席に座りながら、不規則な揺れに身を任せていると、運転席の槙島先輩がそんなことを言ってきた。
今日は久しぶりの<外奉会>の活動日、以前と同様に槙島先輩とペアとなって外に繰り出している。
活動内容は物資の運搬。各地にある拠点へ日持ちのする食糧等を移動させているのだ。
曲がりなりにも学院は国の施設であるため、中央から定期的に物資の支給がある。
しかし、各集落はその限りではない。
そのため、<外奉会>が物流網の一端を担っているということらしい。
「あ、わかります? 仲のいい友達が増えたんですよ。それがうれしくて」
「おお、それはいいことだ! 本当は<外奉会>でも同級生の友達ができたら一番良かったと思うんだけど……。頼れる先輩で勘弁してね」
「万々歳ですよ、頼れる先輩」
「いい子だね、期待の後輩」
軽口を叩きあいながら、私は窓の外を眺める。
今日もいい天気だ。
真っ青な空に、白くてきれいな雲がいくつか浮かんでゆっくりと動いていた。
「今日の運搬ってほぼドライブみたいですね」
「あんまり気を抜いちゃだめだよ。たま~に、輸送車を狙ってくる輩とかいるんだから」
「まじすか……、うわぁっ!」
破裂音とともに、衝撃で車が揺れ、私は思わず声を上げてしまう。
「……やばいかも」
槙島先輩はそうつぶやくとハンドルを大きく切り、進行方向を180度転換させる。
耳をつんざくような音が聞こえ、伝わる衝撃から、それが銃声であることを理解できた。
「お、襲われてるんですか!?」
「たぶんね!」
やまない銃声の中に、ひときわ大きい、破裂音が聞こえた。
その瞬間、槙島先輩は軽トラックのコントロールを失う。
「やば! タイヤやられた! ……リンちゃん!」
「……はい」
固唾をのむ。やまない音の中であっても、心臓の音が大きく聞こえた。
「やるしかないぞ!」
「はい!」
私は、自動車へのこれ以上の被害を防ぐため、<錬成術>を行使する。
発射されている方向から車を守るように、大きな壁を出現される。すると、車への被害を表す金属音から、鈍い音へと変わった。どうやら、弾丸の勢いを殺すことができており、私達を守る盾として機能しているようだ。
その隙に、槙島先輩は運転席から外へと飛び出し、荷台に積んでいた武器を手に取ると私に耳打ちする。
「作戦は単純だよ。私が機動力で敵の注意を引き付ける。その隙にリンちゃんの土で相手を足元くらいまで埋めて、身動き取れなくしちゃって! 今日のところはそれで引き返そう」
「……わかりました」
そういうと、先輩は、武器を握るもう一方の手に、以前清掃活動で使用した竹ぼうきを手にした。
「なんで箒を」
「こうするの!」
先輩は箒へまたがると宙へ浮いた。
「ええっ!」
「<魔女っ子ユノちゃん>ってね! じゃあ、いくよ!」
先輩は、先ほどまでの自動車の走行速度よりもはるかに速いスピードで、文字通り飛んで行った。
これにより、標的は槙島先輩へと移り、私はある程度の余裕ができる。
少しずつ、距離を詰めると、徐々に敵影がみえてくる。
彼らは、みな同じような服装で、いわゆるサラリーマンのような、スーツジャケット姿だった。
(……なんであんな格好)
疑問は残るが、そんなことを気にしている場合じゃない。
私は、彼らに向けて、<錬成術>を行使する。なるべく大きく<錬成>した土塊を連射。それらは順調に命中していき、彼らの動きは鈍くなっていく。
土は彼らの足元に積もっていき、膝上くらいまでとなったとき、足が動かなくなったようだった。
「先輩っ! 今なら逃げられます!」
私は槙島先輩に向けて大きな声で叫ぶ。
「あいさ! リンちゃん、後ろに乗って!」
勢いよく舞い戻ってきた先輩の箒へと飛び乗る。
「学院まで、全速力で戻るよ! しっかりつかまって!」
そうして、私達は、命からがら学院へと戻っていった。
学院にどうにか戻ると、一目散に仁科先生のところへと向かった。
「先生! 敵襲にあって……! 軽トラ、だめにしちゃいました……!」
「落ち着いて、ちゃんと説明してくれるかい?」
仁科先生は、非常事態に慌てる私たちをなだめてくれる。
槙島先輩が代表して報告する。
「運転中に、突然襲撃にあいました。相手の主要な武器は拳銃で、軽トラックはそれでやられてしまいました。リンちゃんと力を合わせて逃げ帰ってきたというところです」
「そうか。とにかく無事でよかった。その襲撃者はそんな出で立ちだったんだい? 盗賊?」
「いや、スーツ着てる人ばっかりだったよね」
「そうですね、なんでそんな恰好なんだろうと思って印象に残ってます」
私たちの説明を聞くと、その表情は一変した。
「それは……、早くシオンさんに伝えないと……」
「どうしたんですか」
槙島先輩が尋ねると、仁科先生は顔面を蒼白にして答える。
「スーツ姿の武装集団だったと、そう言ったね……」
「そうだったと思います、私は遠目にみただけでしたけど」
「私は、近くで見ましたけど、間違いなくそうでした」
先生は恐ろしそうに口を開く。
「そいつらは、<市民団体>だよ。活動を再開したんだ……!」
それだけ言うと、彼女は足早に部屋を飛び出していった。
○
翌日、<外奉会>のメンバーはクラブハウスに緊急招集された。
「……みんな、今日集まってもらったのは、緊急任務ができたからだ。危険は伴うだろうが、皆の力を合わせれば問題がないはずだ。ぜひ協力してほしい」
仁科先生は頭を下げる。
「任せてください!」
「そのための仲間でしょ」
「頭をあげてください!」
先輩たちは口々に同意する。
「ありがとう……。今回の任務は大きくふたつある。ひとつは、シオンさんと合流し、状況を伝えること。もうひとつは、放置している軽トラックの回収だ」
「ごめんなさい! 私達がうまくやれなかったから……」
「いや、槙島くんたちはよくやってくれていたよ……。<市民団体>と対峙して無事で帰ってきたんだからね」
自らを責める槙島先輩を、仁科先生は優しく慰める。
「すいません、<市民団体>って、いったい何なんですか? 名前は少し聞いたことがありますけど」
私は昨日より思っていた疑問を口にした。
「ああ、そうだったね、すまない。愛川くん、<市民団体>についてはどこまで知っているんだい」
「<錬成術師>じゃない人たちで構成された、過激派の団体だってくらいですね」
私がそういうと、彼女は真剣な表情のまま頷く。
「その理解でおおよそ間違いないよ。ただ、十数年前に壊滅した、とされていたんだ」
「それが、今になって復活した……ってことなんですね」
私は思わず息を呑む。
「ああ、<市民団体>としてなのか、志を同じくする後継団体なのかははっきりとしないけどね」
仁科先生は眉間にしわを寄せる。
「<市民団体>の恐ろしいところは、目的が<錬成術師>の撲滅であること……。つまり、平気でこちらの命を狙ってくる」
「そんな危ない連中だったら、<治安維持隊>に通報しないといけないんじゃないですか?」
「そのあたりは大丈夫さ。すでに手をまわしている。それにシオンさんへ協力を仰ぐのが一番いいはずだ」
仁科先生のシオンさんへの信頼度は相当に高いことがうかがえる。
「わかりました」
私は彼女の言葉を信じ、頷く。
私達は、作戦遂行の準備を進めていく。
備品としてクラブハウスに保管している銃器を持ち出し、突然の襲撃に備える。移動手段としている軽トラックが手元にないため、今回は徒歩での移動となる。
事前に打ち合わせした合流ポイントまで、歩いて三十分程度らしい。慎重に、敵襲に備えながら歩みを進めていく。
「ポイントはこのあたりだったはずだ。シオンさんが来るまで少し休憩しようか」
仁科先生がそういうと、みんなで簡易的な休憩所を設営する。
「あの、少し聞いてもいいですか」
「なんだい」
私は、彼女に疑問に思っていたことをぶつける。
「仁科先生は、シオンさんのことを信頼というか、尊敬してるように見えますけど、どういう関係なんですか?」
「そうだね。今の愛川くんとシオンさんの関係と同じさ。<外奉会>の一員と協力者の卒業生、ただ、その関係が積み重なって早数年というだけさ。ただ、一番はそうだな、彼女の理念に共感したからだよ」
「<錬成術師>の未来ってやつですね」
入会を決めた日に、先生が言っていた言葉を思い出す。
「そう、それさ。まあ、シオンさんのいうことは抽象的だから、本当のところまでは理解できていないんだけどね」
「共感したってことは、もともと先生も同じようなことを思ってたんですか」
私は疑問を更なる疑問を口にする。
「漠然と、だけどね。シオンさんの言葉で、それが私の目指すところだって考えるようになったんだ」
「なるほど……。シオンさんは、仁科先生の指針になる人、なんですね」
「指針って、難しい言い方をするね。でも、うん、その通りだ」
彼女とシオンさんの関係性が少し見えてきた、と思ったところに、以前聞いたことのあるエンジン音が聞こえてきた。
「おまたせ!」
原付バイクに搭乗したシオンさんが到着し、私達に一瞬気のゆるみが生じる。
「シオンさん、ありがとうございます」
「一大事だからね。ボクに教えてくれてありがとう、メア」
シオンさんがねぎらいの言葉をかけると、仁科先輩は嬉しそうに顔をほころばせた。
「リンちゃんもいるのか……、これはいい機会だ」
「それって、どういう……」
「いや、こっちの話さ」
そういうと、シオンさんは踵を返し、次なる目的地へと目を向ける。
「軽トラ奪還戦と行こうか……」
「やっぱり、戦いになるんでしょうか?」
「まあ、ほぼ間違いなく。奴らを殺してないんだろう?」
シオンさんの目つきは鋭さを増す。
「足止めしただけです」
「なら、そのあたりに拠点を構築して立て直しを図っている可能性が高いだろうね」
彼女は冷たい笑みを浮かべながら言う。
「なんでそんなことが……」
「貴重な武器や移動手段をおとりにして、取り返しに来る私達を狩るためさ」
「……狩る、ですか」
「ああ。でも、それを利用して、ボクらが狩るのさ。さあ、行くよ」
そうして、私達は歩みを進めた。
獰猛な獣のような彼女を止める人は、ここにはいなかった。
しばらく歩いていくと、放置された軽トラックと、私が錬成した土が地面へと積みあがっているのが見えた。
身動きをとれなくした<市民団体>たちは姿を消しており、脱出したことがうかがえる。
周りを見渡すと、朽ちた建物が散見され、身を隠す場所は十分にある。
「いるんだろう? かくれんぼは趣味じゃないんだ。正々堂々といこう」
シオンさんは、大きな声で、さらに続ける。
「いや、人殺し集団が、顔なんて晒せるわけないよなぁ! こそこそ隠れて生きていればいいものを」
その表情は、<一般人>への憎悪に満ちていた。
「貴様たちが<ヒト>であるものか!」
こらえきれず、初老の男が武器を構えながら顔を出す。
「お前たち、やってしまえ!」
その合図とともにスーツ姿の集団が、一斉に現れ、発砲を開始した。
「はぁあああ!」
私は、事前の打ち合わせの通り、大きく土壁を展開する。
打合せ内容はこうだ。
まずは昨日、効果を実証している私の土壁と槙島先輩の機動力で防御とかく乱しながら、相手の弾が底を尽きるのを待つ。
『私の<錬成術>は銃弾の錬成だ。事前に認識した武器の銃弾を補充することができる』
仁科先生の<錬成術>のおかげで、私達は消耗戦に圧倒的に強い。弾切れ、弾交換の隙をつき、各々で制圧するという算段だ。
今回、同行している先輩達は、各々戦闘に適した<錬成術>を持っている。さらに上級生ともなると、戦闘の訓練をおおいに積んでおり、ちょっとの武装には引けを取らない。
銃声が鳴り続く。
そして、その悉くを、私の土壁が防ぐ。
「第一段階は成功です! 槙島先輩!」
「りょーかい!」
そういうと、彼女は箒に飛び乗り飛びだしていく。
その手元にはアサルトライフルが装備されており、乱射しながら飛び回る。<市民団体>の連中はそれを無視することはできず、何とかして撃ち落とそうと試みる。
しかし、槙島先輩は、華麗にそれらをすり抜けていく。
「当たんないよっ!」
やがて、銃撃はその頻度が下がっていく、銃弾が底をつき始めているのだ。
「いまだ、行くよ」
仁科先生の号令を受け、私達は飛び出す。
襲い来る弾丸は、それぞれが<錬成術>で対処する。ある先輩は超人的な反射神経で見切る。別の先輩は、念動力で襲い掛かる銃弾を止める。
そして、シオンさんは巨大な鎌を<錬成>し、振り回すと銃弾が叩き切られていた。
制圧はあっという間だった。
無力化し、縄を使い拘束する。この縄も、よほどのことではほどけない<錬成術>で編み込まれたものらしい。
襲撃者は、リーダー格と思われる初老の男性と、男女合わせて六人で全員のようだった。
情報を聞き出すため、彼らは一か所に集められた。
「キミら、<市民団体>の残党で間違いない?」
「ふん、残党などと……。我々は決して残党ではない。なぜなら我々はまだまだ滅びていないからだ」
初老の男性はそう吐き捨てる。まだ戦意を失っていないようだ。
「はぁ……。そういうのいいから。まあ<市民団体>の関係者ってことはわかったからいいか」
シオンさんはつまらなさそうにいう。
「じゃあ、キミらのアジト教えてくれる? 教えてくれたら解放してあげてもいいけど……ってこれじゃあボクが悪者みたいじゃないか」
「はははは! 教えるわけがないだろう! お前たちのようなバケモ――」
シオンさんは鎌の先端をリーダー格の男性の足に突き立てていた。
「っぐ……」
血がにじむ。
「はぁ、拷問みたいなことは趣味じゃないんだけどな」
「シ、シオンさん……、やめましょうこんなこと。早く治安維持隊に身柄を――」
思わず口をはさんでしまう。
襲われたとはいえ、これ以上は正当防衛にはならないように思えた。
「ふぅん、キョウカ先輩は随分と熱心に教育したようで……。甘いね」
シオンさんは不服を隠すことはなかったが、鎌をいったんおさめた。
私は、拘束された彼らの方をみた。
その表情は、憎しみ。
私達を、<錬成術師>を憎み切っているのだと伝わってきた。
しかし、リーダー格の男性と目が合うと、彼だけは、異なる表情を浮かべた。
驚愕の表情。
「な……なぜおまえが、ここに……。やはりお前はま――」
その言葉は最後まで紡がれることはなかった。
同時に、リーダー格の男性の首が、ぼとりと地面に落ちた。
シオンさんが一瞬のうちに、刈り取ったのだ。
彼の命を。
「余計なこと言うなよ」
とだけつぶやくと、次の瞬間には、残りのメンバーも一人残らず切り刻まれていた。
目の前で、命が奪われた。
「なんで、こんな……」
「だから甘いって。まあこれから慣れるよ、リンちゃん」
シオンさんは、満面の笑みを浮かべた。
なんで、こんな状況で、笑っていられるんだ。
理解ができなかった。
「流石です、シオンさん!」
仁科先生がシオンさんを称えると、先輩たちも口々に同調する。
そう思えない私はこの場では異常なのだろうか。
「……慣れないよ。これは」
いつの間にかそばに来ていた槙島先輩がポツリと言う。先輩だけは、私と近い心境のようだった。
彼女はまだ二学年、学院での年月は<錬成術師>を歪めてしまうのだろうか。
もしくは、<外奉会>が。
いや、違う。
きっと彼女だ。
神楽シオン。
彼女が描く<錬成術師>の未来は、血に塗れていた。
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