第8話 試験
定期試験当日、私達は机に向かって必死に試験を解いていた。
「では、そこまで」
試験官の声が響くと、緊張していた室内の空気が一気に緩和する。いよいよ定期試験となっており、この合図をもって、筆記試験が終了した。
「り、リンちゃ~ん。やっと終わりましたね~……」
すっかりと参ってしまった様子なのはイクヨだ。
「イクヨは見た目とは裏腹に勉強できない系か。意外だねえ!」
対するヨーコは、余裕綽々といった様子。出来がいいのか、はたまた悪くてもかまわないと思っているのか。
「うう……。そういうヨーコちゃんは自信ありそうですね」
「まあなるようになるでしょ。それはそうと、桂木ヒトミさんと勝負をしている愛川リンさん、手ごたえはいかがですか」
「なにその口調。まあ、結構できたと思うよ」
我ながら、試験は上出来だった。
かなりの高得点を期待できるだろう。
「さすがリンちゃんですね!」
「ありがと、イクヨ」
「――じゃあ、決着は実技試験で……ということになりそうかしら」
三人で話しているところに、桂木さんがやってきてそういった。
「そうなるかな。せっかく勝負を挑まれたんだし、全力を尽くすよ」
「当然よ。ここで手を抜くようなら、なにも見つけられないわよ」
「だね」
桂木さんはそれだけ言うと、教室の外へ向かった。
彼女と話していると、自然と闘志がわいてくる。その炎が、周囲に燃え移るのだろうか。少なくとも、私には移っていると思う。
実技試験はその日のうちに校庭で実施される。私達も教室から出て、校庭へと向かう。
「実技試験って、どんなことやるんでしょう」
「たしかに、詳しいことあんまり聞かされてないよね」
イクヨとヨーコは初めての実技試験だ。その勝手をよく知らない。
当然私も受けるのは初めてなのだが、以前からその様子は観察していた。
「独特で面白いと思うよ。あと、きっと驚く」
そんなことを言って、私はふたりの期待をあおってみた。きっと上がったハードルは裏切らない。
そう確信していた。
「やあ、諸君! 筆記試験の方はお疲れ様。これからは楽しい楽しい実技試験の時間だ! 試験官を務めるのはこのわたし、<ドールマスター>十六夜カノンだ。よろしく頼む」
校庭へと移動した私たちを待っていたのは、大仰な身振り手振りの主張が激しい、十六夜先生だった。
<ドールマスター>というのは彼女の自称する異名だ。
自称、とはいえ決して名前負けしていない。
実技試験は彼女の<錬成術>を最大限に生かした形式で執り行われる。
「じゃあ早速、試験開始といこうか。来てくれ、<試験官くん>!」
次の瞬間、マネキンのような人形が三体現れた。
これが、十六夜先生の<錬成術>だ。
「今回呼び出した<試験官くん>はこの実技試験を行う専用のドールたちだ。マンツーマンで試験官を務めてくれるぞ。指名された生徒は、担当の<試験官くん>の指示に従って<錬成術>を行使するだけで、実技能力が点数化されるという優れものさ」
彼女は、様々な用途に調整した人形を一度に三体まで生み出すことができる。今回はそれを、実技試験の試験官という設定で使用しているのだ。
試験官がそれぞれに名前を呼び出す。そのなかの一人の試験官が私を呼ぶ。
「愛川リン、サン。コチラデ試験ヲ実施シマス」
「お、がんばれ~リン!」
「リンちゃん、がんばってくださいね」
「ありがと、いってくる」
そういうと、私は、試験官人形の前に歩みを進めた。
「よろしくお願いします」
「デハ、サッソク始メテイキマス。マズハ、アナタノ<錬成術>ニツイテ教エテモラエマスカ」
「私の<錬成術>は、土の塊を生み出し、操作するものです」
「ナルホド。ワカリマシタ。ソレデハ、行使シテモラッテモヨイデスカ」
「わかりました。いきます!」
気合を入れて、私は可能な限り巨大な塊を生み出す。全力を出すといったので、少しでも高い点を狙うためだ。
そうして生み出されたのは直径1メートル程度の塊だ。
それを、目線の先でふわふわと宙に浮かべている。
「大キサハコレガ限度デスカ」
「なるべく大きくしてこれですね」
「ワカリマシタ。次ニ、コノリングノ間ヲ、ナルベクハヤク通過サセテクダサイ」
試験官の言葉の後、空中に十個の光のリングが現れる。直径は、私の土塊がちょうど通る程度の大きさだ。
「了解っ!」
私は、手をリングの方へとかざし指示を出すように念じる。
この動作は本来不要だが、集中力が上がり、より繊細な操作を可能とする。
ひとつ、ふたつとリングを潜り抜けていき、最後のひとつまで難なく通過させていく。
「リンちゃんすごいすごい!」
「すんごい器用だね~」
私の様子を見守ってくれているイクヨとヨーコもこれには歓声を上げてくれる。
細かい操作は私の得意とする分野だった。
「コレハナカナカ……。デハ次ニ、塊ヲ立方体ヘト、変形サセテミテクダサイ」
「マジか……。がんばります」
ぐぬぬ……と私は今日一番の力をこめる。
「立方体……、立方体……」
思わず口に出してしまうほど集中力を高めていたが、私の思いとは裏腹に、塊は多少歪んだかなというくらいで変化をしていない。
「……変形ハニガテト」
「ハッキリ言う人形だなぁ……」
私の苦手分野ははっきりとしており、形の変化がとても苦手なのだ。
デフォルトは球体のような塊だが、その変化のレパートリーは乏しい。
ひとつは壁のように少し薄い形。
もうひとつは少しだけ尖った細長い形だ。
そして、でたらめな形であればあるほど、操作はしやすい傾向にあった。
「デハ最後ニ、ワタシニ向カッテ、全力デ射出シテクダサイ。手加減ハナシデス」
手加減なしで、というくらいだからなんらかの防御システムが備わっているのだろう。
おそらく、速度や威力を計測する試験だ。ならば、先ほどの低評価を覆すほどの一撃を放ちたい。
私は、一度塊の操作を解除する。制御から離れたそれらは、消えずに、地面へと落ちる。
そして、あらためてもう少し小さい塊を<錬成>する。球と呼ぶのもはばかられる、醜い形状だ。
しかし、これが一番しっくりきた。
私は手を天に掲げる。
「いきまあああす!」
叫ぶと同時に、手を振り下ろす。塊は風を切り、一直線に試験官の方へと飛んでいく。
そして、着弾。
爆発音とともに、土煙が上がる。
視界が晴れて目にしたのは、バラバラになった試験官だった。
「は、話が違う!」
てっきり防御されるものとばかり思っていたのに、あの惨状はいったい何だろうか。
遠巻きに見ていたクラスメイトたちもざわめいている。
「ははは、さっそくかい? 今年は威勢がいいねえ」
「せ、先生! 違うんですよ? 自分に向かって打って来いって!」
「気にするな気にするな」
十六夜先生はそれだけ言うと、木っ端みじんとなった人形のもとへ向かうと、手をかざす。
すると、試験官はみるみるうちに土へと変わっていった。
「まだまだ頼むよ!」
次の瞬間、また同じ人形が現れていた。
「諸君、このように、替えは効く。だから決して手加減することのないように。指示通り<錬成術>を行使するんだ」
十六夜先生の言葉に、生徒は「はい」と返事をする。
「スゴイ威力デスネ、愛川サン。アナタノ試験ハヒトマズ終ワリデス。シバラク待機ヲ」
「わかりました」
軽く礼をしてその場を後にする。
「リンちゃん、最後のアレ、すごくすごいですね!」
「ふふ、まあね」
イクヨに褒められ、大変にいい気分だ!
「でも変化はめちゃ下手だね」
「ふふ、まあね……」
ヨーコ、さっきまでのいい気分を返してくれ。
試験はつつがなく進んでいった。
イクヨは<騎士様>とともに、試験官から出されるお題をこなしていった。
そして、ヨーコの試験では、彼女の<錬成術>を初めて目にすることとなった。
「アタシの<錬成術>は身体強化!」
試験官からの問いかけに、このように回答していた。
<錬成術>の定義は曖昧で、特に物質を<錬成>しないタイプも存在する。ヨーコはちょうどそこに分類される<錬成術師>のようだった。
それを受け、試験内容はほとんど身体能力測定のような種目となった。ダッシュの速度や、跳躍力などを計測していく。
目視では、同年代の倍程度の能力となっていると推測できた。
「絶好調!」
試験を受けるヨーコは非常に楽しそうだった。
「デハ、最後ニワタシヲ思イ切リ、攻撃シテミテクダサイ」
それはお決まりなんだ。と心の中で突っ込みを入れる。
「りょーかい! いくよ! ヨーコちゃんパンチ!」
ヨーコは鋭く踏み込み、握りこんだ右こぶしを試験官へ向けて振りぬくと、だいたい腹部のあたりにめり込み、貫通していた。
「ヨーコちゃんすごい!」
イクヨは純粋にはしゃいでいたが、私はおなかのあたりを無意識に抑え、ヨーコを怒らせるとまずいな、などと考えていた。
ヨーコの試験が終わるころ、別の試験官が実施している会場が騒がしくなっていた。
人ごみの頭上には立ち上る火の粉が見え、それが桂木さんの試験中であるとすぐにわかった。順番的にはもっと早く終わっていてもいいはずだが、できることが多彩すぎて時間が長くなっているのだろうか。
私達はそちらの見学へ向かうことにした。
「はぁああっ!」
桂木さんは声を上げながら、直径三十センチほどの的に向かって、火球を撃ち込んでいた。
着弾した的は派手に炎上する。
「やっぱり華があるねぇ」
ヨーコがそんな言葉を漏らす。
桂木さんの炎は、きらきらと輝いていたし、彼女の風貌とよく似合っている。
「確かに。それに加えてあの<龍>だからね。……特別だよ」
一応、試験で勝負をしている立場ながら、そんなことを漏らしてしまう。
「ナルホド、オオヨソノ能力ヲ把握シマシタ。ヨリ正確ニ評価スルタメ、相対的評価ヲ取リ入レマス」
一連の流れが終わったのち、試験官はそんなことを言った。
相対的な評価って何するんだろうか。そんなことを思っていると、予想外の呼びかけがある。
「愛川リンサン、コチラヘオ願イシマス」
「えぇ! 私?」
「愛川くん、悪いね。追試験といこう」
いつの間にかそばに来ていた十六夜先生が言う。
「……わかりました」
抗っても仕方がない。おとなしく従うことにした。
私は桂木さんと向き合う。
「まさか直接対決で、決着がつくなんて思ってもみなかったわ」
「ほんとにね。こっちは終わったと思って気を抜いてたんだけど」
「だめよ。最後まで気を引き締めておかないと」
話していると、仕切り直しとばかりに、試験官がルールを伝えてくる。
「<特別錬成決闘>ヲ実施シ、採点ノ一助トシマス。今回ノルールハ極メテ簡単。桂木サンガ愛川サンヘ攻撃シ、愛川サンハソレヲ防ギキッテクダサイ」
つまり、私の能力の頑丈さも同時に見たいということだろう。
小細工は一切なしだ。
「愛川さん、実は日頃からあなたのお母様には、なかなかしごかれていてね」
「うん?」
「いけないことだけど、鬱憤が溜まっているの」
「……それが、どうしたのかな?」
なんだか嫌な予感がする。
「今日発散できそう!」
「ちょっと待って!」
「待たないわ!」
桂木さんはそういうと、先ほどまでみせていた火球を私に向けて放つ。
すかさず私は眼前に、土塊を展開し、防ぐ。
より硬く、私を守るようにと念じる。
それに応じるように、土は硬さを増す。
「まだまだぁ!」
桂木さんは次々と火球を放つ。
防げてはいるものの、熱さがひりひりと伝わってくる。
まるで焼かれるようだ。
(焼かれる……。土……)
そう思ったとき、私の中にひとつのイメージがひらめく。
「もっと硬くなれぇぇっ!」
硬く、硬くとひたすらに念じる。
土は、熱せられるほど固くなる。そのイメージを頼りに力をこめる。
桂木さんの攻撃がやむころには、展開していた土はすっかりレンガのように硬い盾となっていた。
「……変わった?」
私の土が姿を変えていた。
桂木さんの能力を利用した形だが、初めての経験だ。
「ふうん。なかなか相性が悪そうね。じゃあ、愛川さん、アレで決めるわよ」
「来い!」
桂木さんは天へ手を掲げる。
足元から噴出した炎がうねりをあげ、やがてひとつの形を成す。
その形は、<龍>。
「この子は狂暴よ。覚悟することね」
「最初から覚悟してるって!」
「そう。じゃあ、いくわよ!」
イクヨが手を振り下ろすと、<龍>が私をめがけて襲い掛かってくる。
しかし、それと相対してなお、なぜか自信があった。
桂木さんの炎は私に届かない、と。
「あああああああああっ! 硬くなれぇ!」
私は、先ほどの要領で力を精一杯こめる。
桂木さんの炎の熱を、私の土の変化に利用するイメージ!
やはり、炎は私に届かない。
――しかし、衝撃はまた別の問題であった。
「がっ!」
私は衝撃により吹き飛ばされる。
「リンちゃん!」
「リンっ!」
私を呼ぶ声が聞こえた。イクヨとヨーコだ。
助けに走ろうとする姿が一瞬見えたが、ふたりの位置は遠い。
地面へ激突する直前、私はふわりと衝撃を吸収しながら抱き留められた。
「また、助けられたね」
「…………」
『彼』は返事をしなかった。
「リンちゃん! よかった、無事そうで」
イクヨが駆け寄りながら、心配そうに声をかけてくれる。
「ありがとうね、イクヨ。<騎士様>のおかげで助けられたよ」
「ううん。間に合ってよかった」
「愛川さん」
桂木さんが吹き飛んだ私の方へ歩み寄り、声をかけてくる。
「桂木さん、さすがだね。敵わなかった」
「それでも、私の炎は通らなかったわ。まともに衝撃を受ける必要のない実戦ではどうなっていたか。だから、今度相対するときは、もっとわかりやすく、あなたごと燃やしてあげるわ」
「物騒だなぁ。でも、私ももっと変わってるかもよ」
レンガへの変化。
桂木さんの能力を受けての変化とはいえ、それが特に苦手だった私にとっては、光明だ。
「もちろん。私が背中を押したんだもの。変わってもらわないと困るわ」
実に桂木さんらしい、自信にあふれた物言いだった。
こうして、本日の実技試験は終了した。
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