第6話 宣戦布告

 新歓パーティーから数日後、ホームルームの時間に議論が紛糾していた。

 いや、正しくは、ある生徒から担任教師への糾弾が一方的に行われていた。

「清浦先生! もう少し真面目にしていただきたいです! ほかのクラスが決めている事項をまだうちだけ決めていないそうじゃないですか!」

「え~ごめんって……。今からやるから……」

「それは当然です。今後このようなことがないようにしていただきたいと言っているんです」

「それは、保証はできないよ~……」

「してください!」

 こんなやりとりが行われていた。

 そんななか、私はというと、まだ夢見心地であった。なぜかというと、それは当然、<外奉会>の新歓パーティーのことを思い出していたからだった。

 ついに学院の外に出たのだ。私にとって大きな一歩。

 そう思えてならない。

「わかったよ、桂木ちゃん。まじめにやる。だから今日のところは落ち着いてくれないかな」

「わ、わかりましたよ……。絶対ですからね」

「うん」

 これほど信用できない返答もこの世にはなかなか存在しないと思うのだが、桂木さんは、清浦先生の返答にひとまず納得したようだった。

「じゃあ、クラス委員を決めていくよ~。まずは、クラス代表なんだけど……」

「はい! クラス代表は私にやらせてください」

 元気よく手を挙げたのは、桂木さんだった。

「やっぱり? そうなる? ほかに~、リンちゃんとか……」

「なんで私なんですか。桂木さんがふさわしいと思いますよ」

「う~ん、異論ある人は~?」

 なぜ清浦先生が桂木さんがクラス代表になるのを拒んでいるかというと、きっと面倒だからだろう。私に押し付けた方が楽に進むと思っているのだ。そうはいくか。

「じゃあ、けっていで~す……」

 残念そうに清浦先生が言う。

 桂木さんはすっかりあきれたような表情だ。

「先生、副代表は私の推薦でいいでしょうか」

「え、まあそれで早く決まるならいいよ」

「では……」

 そういう桂木さんと、ふと、目が合った。

 次の言葉が察せてしまった。

「副代表は愛川さんにお願いしたいと思います」

 どうしてそうなる!

「じゃあそれで決定ね~。じゃあ今日はかいさ~ん」

「あの、私の意見は!?」

 私の異論が教室にむなしく響いた。


「桂木さん、少しいいかな」

「ええ、もちろん」

 ホームルームが終わると、私は桂木さんに推薦の理由を伺うべく、自らの席に座っている彼女に話しかけた。

「どうして私を副代表に推薦したのか、理由を教えてもらえないかな」

「嫌だった?」

 そういって彼女は首をかしげて見せる。赤い髪が揺れる。

「嫌では……ないけど」

 それは本心だった。

 別に副代表が嫌なわけではない。特段やりたいわけでもないが。

 なぜ、という部分が私には重要だった。

「ならよかった。愛川さんが、一歩踏み出したって、風の噂で聞いて嬉しくなってしまったのよ。私の激励が届いたんだって」

 彼女はとても嬉しそうに言う。

「それは……。うん、ありがとう」

「私ね、歩いていく人が好きなの。だから、一歩踏み出したあなたをそばで見てみたいと思った。それが副代表に推薦した理由」

「なんか抽象的だ」

「<錬成術>は抽象的にとらえた方が、用途が広まったりするものらしいわよ。抽象的な話は<錬成術師>の得意とするところなのかもしれないわね」

 桂木さんは冗談っぽくそんなことを言った。

「ああ、あとひとつ理由があるとすれば……」

「あるとすれば?」

「今度の定期試験、ライバルになるのは愛川さんなんじゃないかと思ってる」

「え、私が?」

 彼女は不敵に笑ってみせる。私が桂木さんのライバルとして認定されているなんて、意外だった。

「やっぱり……、自己評価が低いのね。これも愛川先生から聞いた通りだわ。とにかく、今度の定期試験、全力で取り組んで頂戴。私は全力のあなたを負かして、試験でも一位になってみせるわ」

 定期試験はおよそ一週間後に実施される学力と<錬成術>の能力を測るテストだ。

 桂木さんはすでに臨戦態勢と言わんばかりの闘志をむき出しにしている。対する私は、その闘志に圧されていた……だろう。

 いつもだったら。

 しかし、今の私は夢見心地で、調子に乗っているのだ!

「その勝負、受けよう!」

「そうこなくちゃ。私と対等に渡り合ったら、多少の自信も出るんじゃない!」

「すごい自信家だ」

「ええ、努力と才能に裏打ちされた、ね」

 桂木さんはその勝気な目を片方、パチリとさせた。

 

  ○


 桂木さんの宣戦布告から数日後、私は、絶賛後悔中だった。

 母さんから事前に勉強を教わっているため、あまり勉強しなくても、まあ大丈夫だろうと高を括っていたが、真剣に取り組む必要が出てきてしまった。

 見事に調子に乗った。

 いや、だがこれも、私の怠惰な部分を見越した、桂木さんからの試練なのかもしれない。副代表として隣に立つにふさわしい生徒となるように、ビシバシと鍛える腹積もりだろうか。

 ついていくのは大変だが……、それもいいかもしれない。

 彼女は、私に一歩踏み出す勇気をくれた人だ。その背中を追うというのは、なんと素敵な目標だろうか。

 そんなこんなで、私は本気で勉強に取り組もうと意気込んでいた。

 しかし、私の場合、寮の部屋で勉強に取り組むのは難しかった。ここ最近の生活で、一人部屋はなんとなく落ち着かないと気が付いた。ある程度人の気配があった方が、集中できるタイプのようだ。

 より集中して勉強に取り組むため、私は図書館を訪れた。自習スペースの一角に腰掛け、参考書を開く。

 同様の目的で訪れている生徒がちらほらと見え、私もやらねばという気持ちにさせてくれる。

 今度実施される定期試験までの期間は、およそ一週間。

 科目は<一般校>で実施されるような数学、国語のような科目に加え、<錬成術>に関する基礎知識を問われる<錬成術基礎>といった特殊な科目も実施される。

 そして、なによりも特徴的なのは、実技試験の存在だろう。

 実技試験はその性質上、当日まで何をやらされるかわからない。

 そのため、やれることは、母さんから言いつけられている日々の鍛錬くらいのものだ。土の塊を作っては、空中で操作し、それを解除するという単調な繰り返し。

「あれ、リンちゃん。どうしたんですか」

 試験勉強を進めていると、聞きなじみのある落ち着く声音で話しかけられた。

「見ての通り試験勉強だよ。そっちはクラブ活動?」

 声の主は、イクヨだ。

 そちらを向くと、彼女の手には何冊かの本が抱えられており、彼女の雰囲気も相まって、まさに文学少女といった感じだ。

「はい! 今日はほら、絵本をたくさん読んでいるんです」

「楽しそうでよかった」

「楽しいですよ! ……たった今、リンちゃんが試験のことを思い出させるまでは、ですけど」

 イクヨは大げさに落ち込んでみせる。

「はは。ごめんって。イクヨは勉強あんまり得意じゃない?」

「うーん、そうですね。今後はしっかりやっていきたいと思ってますけど、なんせ基礎がなくて。だから、今度教えてもらえると嬉しいです」

「私でよければ、もちろん」

 友人同士で勉強会というのも非常に楽しそうな催しだった。今度、ヨーコも誘ってやってみようかな。私のクラブ活動での話もしたいし、それぞれの話ももっと詳しく聞きたい。

「イクヨは今どんな活動をしているの?」

「今ですか? 実は、絵本を作っていて……。昔、読み聞かせてもらった絵本が大好きだったので、私も、あの頃の私みたいな子どもたちに、素敵なお話を届けられたらって思って」

 イクヨらしい、優しくて素敵な目標だ。

 そして、それを聞いて、私の頭の中にはひとつのアイデアが浮かんだ。

「そのイクヨの本、私が外に持っていって外の子どもたちに読み聞かせてあげたいな。ふたりでそれができたら、素敵じゃない?」

「それ……。すごい素敵です! 絶対そうしようね、リンちゃん」

「うん。約束ね」

 私たちは、初めて友人と結んだ約束が楽しみすぎて、ついついはしゃいでしまう。図書館では静かに、と司書さんから怒られるまで、時間はかからなかった。

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