<錬成術師>の行く道は、きっと
第5話 <外奉会>
「やあ、待っていたよ……」
翌日、私は<外奉会>の活動場所であるクラブハウスへと足を運んでいた。本日も以前と同様、仁科先生が出迎えてくれる。
彼女の口ぶりは、まるで私が来るのを知っていたかのようだった。
「ありがとうございます。決心がつきまして」
「ふうん……、決心、というと?」
仁科先生は私の言葉の真意を探ろうとする。
「一歩踏み出す決心です。先生もご存じの通り、私はずっと学院の中で過ごしてきました。外に出たことは一度もありませんし、そんな機会はないと諦めていました。でも、出られる機会があるのだと思うとどうしても興味がわいてきて」
「この前は怖いと言っていなかったかい?」
そう問いかける仁科先輩の目は、相変わらず私を値踏みしているようだ。
「当然、怖いですよ。でも、たとえ不安だったとしても、進んでいいって、ある人に教えてもらったので」
「……なるほど、いい出会いがあったようだ。なんにせよ歓迎するよ、愛川くん」
彼女はにやりと笑った。
「ところで、私のほかに新入生の入会希望者はいないんですか?」
クラブハウスを見渡しても、仁科先生以外の姿はみえなかった。
「申し訳ないけど、今のところキミだけだね……。まあ安心してくれ、来月くらいまでにはひとりふたり捕まえてくるさ」
「……強引な勧誘は禁止されてますよ」
「決して無理強いはしないさ。素敵な活動を熱心にアピールするだけだよ」
彼女はわざとらしく大きな身振りとともに言ってみせる。
「それを強引というんでは……?」
「はは、そうかもね。あと、クラブハウスに私だけなのは、<外奉会>の活動形態のせいだよ。私たちは定期的に学院の外で活動をするわけだけど、とてもじゃないが毎日なんてのは不可能だ。そんなに簡単じゃない。だから外へ行かない日は各々準備を整えている……という名目の休みなわけだ」
「なるほど。じゃあ仁科先生は今日の留守番係、ということですか?」
「……そうだね、それもあるけど。顧問権限でここには私物が結構置いてあるからね、ここが一番居心地がいいのさ」
彼女は笑いながら言った。意外とお茶目な人なのかもしれない。
「新入生がいないのは残念ですけど、改めて。一年、愛川リンです。<学外奉仕会>への入会を希望します。よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしく頼むよ」
改まって挨拶をすると、自分の意志で選択をしたという実感がわいてきた。よくよく考えてみると、自分自身の進路を選ぶ、というのは初めての経験だ。
「今後の予定だけど、まずは、新入生歓迎のオリエンテーションを予定しているよ。学院の外で歓迎パーティーといこうじゃないか」
彼女は大仰に言った。
「パーティーですか? 外は危ないって話じゃ……。いや、やっていただけるのは嬉しいですけど」
「今回は卒業生の協力者が引率してくれる手はずになっているから大丈夫さ。その人はかなり強力な<錬成術師>だから、安心してくれ」
「……なら、大丈夫ですかね。ぜひ行きたいです」
不安ながらも、わくわくする申し出だった。
ひっそりと浮かれていると、仁科先生は何かを思い出したように口を開く。
「ああそういえば、聞いておかないといけないことがあった……。愛川くん、キミは<外奉会>で何がしたいんだい?」
「したいこと……ですか」
難しい質問だ。
それが見つからない、見つけかけてどうせ無理だとあきらめてしまうことに悩んでいたのだ。
しかし、今の私には答えがあった。
「わからないので、探したいです。学院の中で見つからなかったのなら、外にはあるかもしれないと、そう思うので」
「……なるほど、探し物というわけか。なかなか大変になりそうだ……」
「だと思います。……ちなみに先生がこのクラブの顧問を務められている理由はなんですか」
「……そうだねえ」
そういうと、彼女は腕を組んで考え込むような仕草をする。
「まあ、<錬成術師>の未来のために、といったとことかな」
仁科先生は誇らしげに、そう宣言した。
○
その日。私が初めて学院から足を踏み出す日はすぐにやってきた。事前の説明によると、校門近くの広場に集合ということのようだった。
初めてイクヨと会ったのもここだったな、と思い出す。既にあれから一か月は経過しようとしていた。
私は、だいぶ早い時間に到着してしまっていた。というのも、昨夜はあまり眠れなかったからだ。創作物のなかで、子どもが遠足の前日に眠れなくなるという現象のようで、少し恥ずかしい。
しばらく待っていると、先輩たちが何人かやってきた。
今回同行する、<外奉会>の諸先輩方だった。今日は総勢で十人。
「<外奉会>でお世話になることになりました、新入生の愛川リンです。よろしくお願いします」
その場に来た先輩方に自己紹介をしていると、校舎の方から、機械の駆動音が聞こえてきた。そちらに目を向けると、随分と年季の入った自動車が走ってきているのがわかった。
自動車とは、珍しい。
今までの人生で、数えるほどしか見たことがなかったが、これは後部が荷台になっている、いわゆる軽トラックと分類される自動車のようだった。
その自動車は、私たちのそばまで来ると停車し、窓から運転手が顔を出した。運転手の正体は仁科先生であった。
「やあ。この前ぶりだね、愛川くん。びっくりしただろう、これ」
「はい、こんな目の前で見るのは、初めてかもしれないです。あの、もっと近くで見ても?」
「もちろんいいよ。いまやこのあたりでは、馬車なんかが主流だからね。燃料もないし……」
「そうですよね、ガソリンなんて、入手困難なはずですし」
私は近寄ってまじまじと見ながら、返事をする。
「三年の<石油姫>に頭を下げてるんだよ……。格安で協力してくれてる」
<石油姫>とは、なんとも嫌なネーミングだが、どのような<錬成術師>かは想像に容易かった。
「そんな<錬成術>もあるんですね。まだまだ知らないことだらけです」
「ああ、だが、外はその比じゃないくらい、キミの知らないことだらけさ。覚悟はできているかい?」
「ええ。大丈夫です」
「そうかい。じゃあ早速後ろの荷台に乗ってくれ。我々の拠点施設まで向かうとしよう」
その言葉に応じ、私は自動車の荷台へと乗り込むと、先輩たちもそれに続く。
荷台には先客のようにいくつかの荷物が積まれていた。中身を少し確認してみると、保存食だったり、掃除用品だったりが詰め込まれている。
そのうちの一つの箱からは銃器がのぞいていた。見慣れない、恐ろしいそれらに身震いがする。
改めて、気を引き締める必要があることを実感した。
しばらくの間、荷台で揺られていた。
時折訪れる大きな揺れが、道路の舗装が乱れていることを身をもって教えてくれる。
街並み、といえるものはもはや存在していなかった。
いや、街だったのだろう。
しかし、その悉くが破壊や、放置により朽ちていた。倒壊したビルや、アスファルトが剝がれてしまった道路。さらにそれらの上では、植物たちが多く顔を出していた。
改めて、学院の周辺にはだれも住んでいないことが分かる。
「初めて見る学院の外がこんなんで、ショックだよね」
話しかけてくれたのは、隣に座る槙島ユノ先輩だ。
三人いる二年生のうちのひとりで、肩くらいまでのサラサラなボブヘアがかわいらしい。
少し話しただけだが、物腰が柔らかく、優しい印象を受ける先輩だった。
「……そうですね。でもこのあたりの話は何となく聞いてました」
「そっか。このあたり、昔は大きな街だったんだよ。それこそ国で三番目くらいの都市だった」
聞いたことがある。
数十年前から<錬成術師>を標的とした紛争が多発していた。
学院が立地しているのは、その最後の砦だった場所だ。正確には、昔から学院が立地していた場所が、地理的に優れており、そこを後々砦として活用した、という順序のようだが。
「ここは紛争終盤では最前線だった場所でね。<市民団体>による破壊工作も頻繁に行われてたらしいんだ。こんなふうになっちゃったからさ、今じゃこの街のみならず、車で一時間程度の範囲には<錬成術師>とその関係者以外は住んでいないよ」
「<錬成区域>と呼ばれている範囲ですよね」
「そう。さすが、詳しいね」
歴史的な背景もあり、国は都市計画でこの範囲に<錬成術師>を集中させようと目論んでいた。
<錬成術師>たちが暮らす<錬成区域>。
それは<一般市民>と<錬成術師>の隔たりを象徴するもので、<錬成術師>が普通の社会で生きるのが難しいことを示していた。
迫害を受けないためという建前と、一か所で管理したいという思惑によって生まれた区域。その最奥に位置するのが<錬成学院>。知識でしか知らなかったが、実際に見ると、実感が湧いた。
そんな悲しい背景がある場所ではあるが、私はというと、目に映るものを、全身で感じるすべてを楽しんでいた。
自動車の走行によって感じる風。
どこまでも続くのではないかと思う道。
広い空。
学院の、高い塀によって切り取られた空とは違う。
初めてみるはずなのに、帰ってきたんだと思えた。先祖から受け継がれた、遺伝子に刻み込まれた記憶なのかもしれない。
空は青い。
私の旅立ちを祝福してくれているかと勘違いしてしまいそうなくらいに、晴天だった。
道なき道を、とまではいかないが、かつて道だったであろう道を進んでいると、一台の原付バイクが近づいてくることに気が付いた。
先輩たちはそれに気が付くと、それぞれ手を振ったり声をかけたりしていた。
「シオンさーん! お久しぶりです」
そういうのは槙島先輩。どうやら、話に聞いていた卒業生の協力者のようだ。
シオンさんというらしいその人は、くるくるとかわいらしく巻いた髪が揺れているのが印象的な、小柄な女性だ。
これからお世話になる人なので挨拶をと思い、会釈をする。
顔を上げると、彼女と目が合う。
彼女は驚いた表情をしていた気がしたが、すぐににこやかな笑顔になってこちらに手を振っていた。
シオンさんの乗る原付バイクとしばらく並走していると、とある集落へとたどり着く。一階建ての平屋が立ち並び、何人かの住民も確認できた。私がその街並みに見入っていると、槙島先輩が教えてくれる。
「ここは<スノマタ>と呼ばれている集落だよ。住民のほとんどは、<錬成術師>とその家族、あとはその支援者だね。リンちゃん、歴史は詳しい?」
「一般常識程度ですかね……」
「じゃあ一夜城の話は聞いたことがある?」
「……あんまり詳しくはないですけど、名前くらいなら」
<スノマタ>の一夜城伝説といえば、ある武将が一夜にして砦を築き、戦況を逆転させたというものだ。
「あの伝説も、今では<錬成術師>が関与していたんじゃないかって説が有力なんだ。当然、当時はそんな名前を付けられていないんだけどね」
「そうなんですね」
歴史的な偉業の傍らには、<錬成術師>の助力があったのではないか、とする考え方は昨今の主流であると、どこかで聞いたことを思い出していた。
「そんな<一夜城>の跡地が、今日の目的地になってる<スノマタベース>だよ」
<スノマタベース>は川のほとりに建っていた。装飾は華美ではなく、町工場のような印象を受ける。正面には大きく頑丈そうなシャッターがあり、物資の搬入がしやすい作りになっている。
私たちはその入り口までたどり着く。
「この建物、だれが作ったんですか?」
「紛争が激化しはじめた時代に、<錬成術師>の有志団体が作ったんだ。今はもう存在しない団体なんだけどね。今使えるのはシオンさんが所属している<錬成術協会>の人と、わたしたち<外奉会>だけみたいだよ」
槙島先輩は教えてくれる。
<錬成術協会>とは、はじめて耳にする団体だった。私は訝し気に思い、問う。
「あの、<錬成術協会>というのは……」
「それはボクからお答えしようかな」
背後から、甲高い少女のような声。
振り向くとそこにいたのは、シオンさんと呼ばれていた女性。くるくるとかわいらしい巻き髪からはほのかに甘い匂いがした。
「キミが新入生ってことでいい? ボクは神楽シオン。キミたちの先輩で、<錬成術協会>の会長だよ。キミの名前も聞いていいかな」
シオンさんは、同年代だといわれても全く疑わないほど、若々しくかわいらしい印象の女性だった。その声音は明るく、朗らか。
「新入生の愛川リンと申します。本日はよろしくお願いします」
「愛川……。ふーん、なるほどね」
そういって彼女は意味ありげに微笑み、続ける。
「じゃあリンちゃん、今後とも末永くよろしくね。じゃあ早速<錬成術協会>についての説明を……、といきたいところだけど、まずは中に入ろうか」
そうして私たちは<スノマタベース>に足を踏み入れた。
○
<スノマタベース>は倉庫の役割を果たす大部屋と、いくつかの小部屋で構成されていた。
私達はその廊下を歩きながら、シオンさんの説明を聞いていた。
「<錬成術協会>はその名の通り、<錬成術師>で構成された団体だよ。ただ、『協会』とは名乗っているけど、別に国に認められた組織とかではなくて、それっぽいネーミングなだけ」
彼女はさらに続ける。
「目的は大きくふたつ。ひとつは<錬成術師>の団結を促すこと。もうひとつは、表現が難しいんだけど、そうだな、<錬成術師>の未来をつくることかな」
「<錬成術師>の未来……、確か、仁科先生も同じことを」
入会の希望を伝えた日、<錬成術師>の未来のために<外奉会>の顧問となったと言っていたはずだ。
「メアが? そうなの?」
「え、ええ……。恐れ多いですが」
仁科先生は恐縮しながら同意していた。
「はは、そんなことないよ。メアは特にボクの理念に共感してくれているから、そう言ってくれるのは嬉しいな」
「シオンさん……」
怪しげだと思っていた教師が、照れた様子でもじもじとしていた。彼女もシオンさんの前ではすっかり後輩になってしまうようだ。
「具体的な活動は――、いや、今日は<外奉会>の新歓だった。ボクはその護衛。今日のところはこの辺にしておくよ。メア、続きをお願い」
「わかりました。今日の会場はこちらです」
仁科先生はそういうと、ある扉の前で立ち止まる。その扉はほかの部屋のものよりも幾分か大きい。
「それでは、改めて、愛川リンくん。<外奉会>への入会、歓迎する。今日はシオンさんをはじめ<スノマタ>の方たちが宴を開いてくれる。思う存分楽しんでくれたまえ」
仁科先生はそういって扉を開ける。すると、その中から盛大な拍手が起きた。歓迎されていると実感し、気恥ずかしくもうれしい。
宴は大部屋にて執り行われた。
<外奉会>の面々とシオンさん。それに、<スノマタ>の有志数名といった顔ぶれだ。
振舞われた料理は郷土料理らしく、漬物を卵と炒めたものや、豚の内臓を味噌で味付けした料理など、見たことがないものがたくさんあった。私は、これも経験だと思い、なるべく見たことがない料理に手を付けていた。
そんなとき、シオンさんに話しかけられた。
「リンちゃん、少しいいかな」
そういいながら、シオンさんは部屋の隅に置かれたベンチを指さした。
彼女の表情はにこやかながら、何かを探るような、そんな様子が見て取れた。
「あ、はい。もちろん」
しかし、断る理由もなく、ともにベンチのほうへと向かい、隣り合わせに腰掛けた。
「リンちゃんは、愛川キョウカさんって知ってるかな。学院で教師をやっているらしいんだけど」
「え」
急に母さんに関する質問を受け、思わず声を漏らしてしまう。
「あ、愛川キョウカは私の母です。もしかして母とお知り合いなんですか?」
「母……。そっか。うん、まあそんなとこだよ。ひとつ上の先輩なの」
シオンさんが母とひとつ違い……? とてもそんなようにみえなかった。
いや、母さんが老けているというわけではなく、シオンさんが若すぎるという意味でだが。
「苗字を聞いたときにもしかして、と思ってね。家柄も婿養子をとってもおかしくなかったはずだし」
「そうなんですね」
母さんの家柄の話は、正直あまり知らない。
なんでもほとんど絶縁状態にあるらしいが……。
「ごめんね、それだけ確認したかったんだ」
「いえいえ、大丈夫です」
そうして、私たちはベンチから立ち上がり、再び宴の輪の中に戻っていった。
その途中、ぼつりとシオンさんがつぶやいた。
「キミがここに来るのは、運命だったのかもね」
シオンさんは本当に心の底から嬉しそうな表情を浮かべていた。
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