第4話 新歓戦
今日は<新歓戦>の開催日。
授業が終わると、桂木さんの雄姿を見届けるため、クラスの何人かで<闘技場>へ向かった。
イクヨはドキドキとワクワクが混じって落ち着かない様子だ。
一方、ヨーコは興味津々といった様子。
<錬成決闘>のルールは簡単で、相手を十秒間ダウンさせるか、リングアウトさせたら勝ち。
武器は、<錬成術>と自らの体のみで、<錬成>したものであれば、拳銃でも何でも認められる。
制限時間は十分間で、その間は<不死術>が用いられる。
<不死術>は制限時間後に傷を回復させ、死んだ人間すら蘇らせてしまう強力な<錬成術>だ。
それを特殊なカードに付与したものが、一試合ごとに使用される。
「<不死術>って……、やばくね?」
ヨーコが率直な感想を漏らす。その顔は引きつっているようだった。
「だね。<不死術>の能力はすごいよ」
何度かそれが起こす奇跡を見たことがあるが、やはりこの世のものとは思えない。
ふたりに<錬成決闘>に関して知っていることを教えていると、背後に何者かの気配を感じた。
「リン、観戦か」
そちらを向くと、母さんが立っていた。
「うん、あ、紹介するよ。聖澤さんと宮下さん」
そういうと、一緒にいるふたりはぺこりと会釈した。
「よろしく。教師の愛川だ。いずれ授業でも顔を合わせるかもな」
母さんはふっと軽く笑う。この笑みが学院の女生徒からは大変人気が高いらしい。
「そうだ、今日の<新歓戦>について教えてよ」
私は提案する。
「ああ、いいぞ。今年の<新歓戦>は、すでに入会の意思を固めている八名によるトーナメント形式だが――、早速始まるみたいだ」
開幕した後、試合はどんどんと進んでいく。私たちのお目当ての桂木さんは着々と勝ち上がっていた。
「桂木さん、また勝っちゃいました!」
イクヨが驚愕の声をあげる。
「それも楽勝って感じだよね」
ヨーコもこれほどだとは思っていなかったのだろう。驚きを隠せていない。
「すでに貫禄を感じさせる戦いぶりだな」
母さんもそんなことを言う。
<新歓戦>がはじまると、桂木さんの能力が頭一つ抜けていることがすぐに分かった。
一回戦、二回戦とほぼ秒殺といっていいほど即座に決着がついてしまっていた。
炎を操る<錬成術>。練度によってできることは様々だが、桂木さんのそれは幅広い。
まるで意思を持っているかの如くうねり、対戦相手に襲い掛かっていた。桂木さんの能力は既に間近で見たことがあったが、今日は一段とギアが上がっているようだ。
早くも、勝ち残っているのは桂木さんとあとひとりだけ。
すなわち次の試合が決勝戦ということになる。
「母さ――、愛川先生、桂木さんの<錬成術>の強みってどこなの」
「桂木の特徴はあの炎だろうな。かなりの訓練を積んでいるか、天才か……、あるいはその両方か。とにかくあの操作性の右に出る者はいないだろう」
確かに、これまでもその戦い方は一辺倒ではなく、バリエーションが豊富であると感じた。
「なるほどね。じゃあ決勝の相手は?」
「柳井は……、なかなかの問題児だが、幼少期から劣悪な環境で生き延びてきた、命を懸けた実戦経験は豊富だろうな。しかし、今回は相性が悪いな。柳井は氷を<錬成>することができるが、炎に溶かされないほどの純度で<錬成>ができるかが見ものだな」
「柳井さんか」
私――いや、私とイクヨはその柳井さんに心当たりがあった。
ここまでの戦いぶりから、入学式の日に揉め事を起こしていた片割れだと確信していた。
「リンちゃん、柳井さんってやっぱり」
「うん、あの日に揉めてた人だよね。あの時はちらっと顔を見た程度だけど、間違いない」
そんなことを話していると、決勝戦の舞台に上がる二人が入場してきた。
「桂木、こんなに早くやり返す日が来るとはなぁ」
柳井さんは昂って仕方がないという様子だ。
「やり返すって、あの日のこと? まだ懲りてないわけ」
桂木さんは、その赤い髪をかき上げながら冷静に返す。
「ああ懲りてねえよ。気に入らねえ相手はつぶす。そう生きてきたんだ。お嬢様なお前とは違ってな」
柳井さんはそういい、桂木さんをにらみつける。その眼には憎しみがこもっている。桂木さんだけでない、それを通して世界そのものを憎むような。
「ここは最高だな。こうして公衆の面前でつぶす機会をくれるなんてよ」
荒々しい言葉に、桂木さんはすっかり呆れた様子だ。
「はあ……。さっきからつぶすつぶす言ってるけど、つぶされるつもりはないし、この試合も決していい試合にはならないわ」
「んだと!」
桂木さんの冷静な言葉に、柳井さんは冷静さを欠く。そうして、試合開始の時間が近づいていき……。
『それでは、試合開始!』
合図と同時に、柳井さんは自分の周囲にいくつかの氷柱を生み出し、桂木さんへ向けて一直線に射出する。
「……っ」
思わず息を吞む。放たれたそれは、入学式の日見たものより明らかに速い。
しかし、それは届かない。
桂木さんはとっさに炎の壁を生み出し冷静に対処していた。壁に触れた氷は瞬く間に蒸発し、微かな蒸気だけが残る。
「ちぇ」
渾身の速攻を防がれた彼女は悔しげながらも楽しそうな表情を浮かべる。
「速度は磨いたつもりだったんだけどな。さすがに届きはしねえか」
「相性、というものもあるわ。悪いけれど今日はあきらめて頂戴」
「ハッ、なめんなって!」
啖呵を切った柳井さんは再び氷柱を創り出し始める。みるみるうちに先ほどと同じサイズになるがまだ射出しない。
「大きい――。こんなの操作できるの……」
「入学間もないとはいえ、柳井の成長は目を見張るものがある。一つ分程度であれば可能といったところか」
思わずこぼした言葉に、母さんが解説をくわえる。
そして、巨大な氷柱は、射出された。
しかも、先ほど以上のスピードで。
「っ……!」
サイズもスピードもミサイルさながらの一撃に桂木さんは僅かに焦りを見せる。咄嗟に炎の出力を高めるも、氷柱は融けきることなく壁を貫通し、標的を貫かんと迫った。
しかし。
炎を纏った一蹴りでそれは打ち砕かれた。
……体術までこなせるのか。しかも足先に炎を纏わせるなんていう、精緻なコントロールを要する<錬成術>との組み合わせ、なかなかできることじゃない。
「今のが隠し玉ってわけ? 初っ端の不意打ちまがいといい、案外狡猾なのね」
「け、ほざけ。こんなもんじゃ――」
「せっかくとっておきを見せてくれたんだもの。私も、相応のものを見せてあげなくてはならないわね?」
不敵な笑みを浮かべ、桂木さんは右手を天に向かって掲げた。彼女の周囲から大量の炎が噴き上がるのを見て、息を呑む。
炎は、さながら生き物のように空中を駆け巡る。
それはやがて一つの形へと成った。
「な、なんだよそれ……!」
「――<錬成術>は、己を写すものというわね」
彼女の言葉に応えるかのようにそれは唸りを上げる。その音は、大質量の炎が鳴らすものか、長く伸びたその体の奥から鳴っているものか。
「ならば、これこそが私自身を表すモノ! 燃え盛り、天までも駆けていく<燃え盛る天龍>!」
規格外すぎる。
対戦相手である柳井さんに限らず、この場でソレを目撃した新入生は誰もがそう思ったことだろう。
「ハハ、これほどとは……! 鍛えがいがありそうだ」
母さんはそのポテンシャルの高さに驚きを隠せない。
「さて、あなたにこれが受け止められるかしら?」
「こんな……クソがッ!」
桂木さんが手を振り下ろすと共に炎の龍が一直線に標的へと飛び掛かる。柳井さんは氷柱を<錬成>して滅茶苦茶に打ち出すが、その多くが龍に触れることすらなく蒸気と化す。
間もなく、龍は柳井さんに食らいつき――。
「ぐッ、あああアアアッ!」
彼女は全身火だるまになりながら吹き飛ばされ、そのまま場外へと放り出された。
『場外! 試合終了!』
その合図とともに、柳井さんを包んでいた炎は消える。<不死術>の効果により火傷は残っていなかった。
勝利した桂木さんのほうを見やると、少し息が切れている様子だった。
流石にあの龍を<錬成>するのは、桂木さんといえども大変なのかもしれない。
ふと、桂木さんと目が合うと、彼女は私たちのほうへと歩いてきた。
おめでとう、すごかった!とクラスメイト達は桂木さんの健闘を称える。
それを受け、少しはにかむ桂木さんに、険しさはなく、同い年の少女であることが思い出された。
クラスメイト達の声がやんだタイミングで、桂木さんは話す。
「私が学校を、国を変えるって話、少しは可能性がありそうだって思ってくれた?」
「え、それは……。うん、めっちゃ強いんだね」
拙い言葉だとは思いつつも、正直に話す。
「愛川さんが、なにか踏み出すのを躊躇しているようにみえて、私に何ができるかなと思ったとき、力を見せるくらいしかないと思って……」
なんて不器用なアプローチなんだ。
「この私、桂木ヒトミはあなたの、クラスのみんなの、善良な<錬成術師>の味方よ。あなたたちの前に立ちはだかるものがあれば、その悉くを燃やしてやるって、そう思ってる」
私の躊躇、<外奉会>へ入るかという悩みを払拭するために、あの龍を披露してくれたのだろうか。
だとしたら、桂木ヒトミという少女について、大いに、勘違いをしていたかもしれない。
「あなたの進む道、私に応援させて。だから、消極的な選択で、後悔をしないでほしい」
そうだ。……きっと、後悔する。
「……そうだね! ありがとう、桂木さん! 挑戦してみる」
「愛川さん、あなたの決断に、龍の加護がありますように」
そういって、桂木さんは右手を固く握り、掲げた。
私もそれに倣う。
彼女は厳格なだけでなく、人を想う、熱く優しいクラスメイトだった。
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