第3話 クラブ見学(2)

「リン! イクヨから聞いたよ! アタシを置いて二人でクラブ活動巡りしてたらしいじゃん!」

 翌日、登校すると宮下さんが元気よく声をかけてきた。

 怒っているような口ぶりだが、声音は特に怒っている感じでもない。

 いつの間にか名前で呼ばれているが、彼女のコミュニケーション能力にかかれば造作もないのだろう。

 そちらがそう来るのであれば、こちらだって遠慮なく名前で呼ばせてもらおう。

「ごめんごめん、別にヨーコを仲間外れ的なあれじゃなくて」

「わかってるって、ちょっと言ってみただけ!」

 そういってヨーコは、ニコッと笑う。

「というか、実はアタシはもう決めちゃってるんだよね」

「あれ、そうなんだ。どこに入るの?」

「<彫刻会>に入ろうと思って。どデカい彫刻作りたくてさ」

「あー。あのデカいの。すごいよね」

 <彫刻会>は名前の通り、彫刻を作成するクラブだが、<錬成祭>で展示する巨大彫刻が有名だった。その目玉は高さが二メートルにもなる氷の像。モチーフは毎年変わるが、去年はおとぎ話に出てきそうな猫のキャラクターだったはずだ。

「美術とか好きなの?」

「いや、デカいのが好きなんよ」

「なるほどね。ヨーコらしい」

 派手好きなのは容姿だけではないらしい。

「アタシのことはいいんだけど、イクヨが気になるところがあるって言ってたよ」

「そうなの?」

 昨日の段階では特に言っていなかったが、解散後にどこか見つけたのだろうか。

「アタシも今日は暇だし、三人でそこに見学いくってのはどう?」

「もちろん、いいよ」

「じゃあ決まりね! イクヨにはアタシから言っとくよ」

 ヨーコはそういうと、自分の席で読書をしていた聖澤さんのほうへと向かった。

 フットワークが軽いなあ。ぜひ見習っていきたい。

 あと、私よりも先に聖澤さんのことを名前呼びしている。これは負けていられない。私も名前で呼ぼうかな……。


 放課後に聖澤さん――いや、イクヨ、ヨーコと集まり今日の予定について確認をしていた。

「ところで、見学したいところっていうのは、どのクラブなの?」

「<文学研究会>っていうところなんですけど、クラブ活動で本を作っているって聞いて興味があって」

「知らないなあ、リンは知ってる?」

「<文研>ね、知ってる知ってる。図書館で活動してるとこだ」

 私はそれを聞いて、イクヨにぴったりだと思った。

 <文研>はイクヨの言う通り、自分たちで執筆を行い、本の作成をしたり、過去の文学作品を読んで研究を行ったりしている……、らしい。

 私にとっては、図書館で遊んでいるときに色々やっていたお姉さん方という印象が強い。

 目的地も決まったところで、三人でたわいもない話をしながら移動した。図書館は校舎の隣、寮とは反対側の位置に立っており、かなりの蔵書数を誇る。生徒たちが調べものや自習ができるスペースも十分にあり、<文研>はその一角で活動している。

 活動場所に到着するやいなや、ある先輩に声をかけられる。

「あら、いつぞやのかくれんぼの……。もう入学の年になったのね」

 <文研>に所属している、かつて一緒にかくれんぼをして遊んでもらったことがある先輩だった。黒い長髪に白い肌が映える。かつての雰囲気よりも、だいぶ大人びていた。

「ご無沙汰してます。実はそうなんです。今日は友達が<文研>の見学をしてみたいということだったので……。お話伺えますか」

「ええ、もちろん。ええと、お名前をきかせてもらっても?」

「聖澤イクヨといいます。幼少期から本にあこがれを持っていて、このクラブに興味を持ちました」

「宮下ヨーコ、付き添いです」

「同じく愛川リン。付き添いです」

 ヨーコの少しふざけたノリに乗ってみると、先輩は楽しそうに笑った。

「ふふ、イクヨさんとヨーコさん、リンさんね。わたしは五年生の影井アカリといいます。私たち<文研>はこの図書館で活動しているの。学院の許可を取って一部を占有させてもらっている形ね」

 先輩がそういう傍ら、イクヨは落ち着かないようで、周りをきょろきょろと見まわしていた。

「本がたくさん……。わたし、いろんな本を読みたいと子どものころからずっと思ってたんです」

「あら、そうなの? でも読むだけだったら誰でも図書館の蔵書を読めるわよ。……私たちの活動のメインは、これね」

 そういって、影井先輩はある本棚を指さした。

 そこに収められている本は、ほかの本棚とは雰囲気が異なっていた。

「なんかちょっと安っぽい本が多い棚っすね」

「ヨーコ……。もう少し言い方が」

「ふふ、ここにある本は私たちの手作りなの。話から、印刷、装丁までね」

「わあ、すごい……」

 イクヨはその中の一つに手を伸ばして感激していたが、私は気になることがあったので質問した。

「この本って作った後は図書館に保存してるだけなんですか?」

「基本はそうね。あとは<錬成祭>でみんなに読んでもらったり、<外奉会>にお願いして外で読み聞かせしてもらったりね」

「え!」

 その返答に、イクヨが反応する。

「じゃあ、もしかしてあの本は……。あの! 騎士と魔法使いの童話はありますか」

 影井先輩はうーんと少し考えてから、答える。

「そのモチーフだと数年前まで在籍していたあの先輩かなぁ……。ほら、これとか」

 影井先輩は本棚の一角から一冊の本を抜き取り、イクヨに見せた。本の表紙には騎士と魔法少女が描かれており、イクヨが錬成した<騎士様>に非常に似ていた。

「……これ! これです!」

 イクヨは受け取るとその本を抱きしめた。

「あ、もしかして、その本を読んだことがあるのかな?」

「はい……。昔、読み聞かせでこの本を読んでもらったことがあって……」

 イクヨは感極まりつつ、決心を固めたような表情だった。

「影井先輩、わたし<文学研究会>に入会します!」

「ほんとう? ありがとう、歓迎するわ」

 イクヨがやりたいことを見つけられたようでよかった、と思いつつも、これで私だけが決まっていない状態であることに、内心少し焦っていた。


  ○ 


 クラブ活動のことを決められないまま数日が経っていた。

 何事もなく退屈な座学の授業が終わり、放課後の教室でぼーっと考え事をしている。

 イクヨは<文学研究会>に入会し、幼いころから好きで、興味があったものをさらに探求し、自らと同じ境遇の子どもたちに楽しい物語を届けるのだろう。

 ヨーコは<彫刻会>に入会し、<錬成祭>に向け、どでかい彫刻を作るのに夢中になるだろう。

 では私は? と考えるとやはり<外奉会>のことが浮かぶ。

 でもな……という自問自答を自らの席でぼーっと続けていた。

「リンちゃ~ん。暇そうだね」

 清浦先生が、クラスメイト分と思われる紙の束を持って話しかけてきた。

「別に暇じゃないですよ」

 嘘だ。めちゃくちゃ暇をしている。

 しかし、明らかに面倒ごとを押し付けられる予兆のため否定をしておく。

「え~そうなの? まあ忙しくてもお願いするんだけどさ」

「理不尽ですね……」

「まあね。これ、クラブ活動の現状調査用紙、配るの忘れちゃってさ。配って回収しといてくれないかな」

 やっぱり面倒ごとだ。

「ええ……。自分でやってくださいよ」

「そんなこと言わないでよ~。……そうだリンちゃん、もうクラスの全員と話した? これは交流するいい機会だと思うけどな」

 適当な理屈をつけてくるが、案外図星で、クラブのことを考えていて、あまり交流を図る余裕はなかった。

「はあ……。わかりましたよ」

「いいの? ありがと~。なんだかんだいってやっぱり優しいね」

「教師が生徒をおだてても何も出ませんよ」

 軽口を叩きつつも、紙の束を受け取る。その用紙には、入会する、もしくは検討中のクラブ名を記入することになっていた。

「クラブ名書いてもらう感じですね。……そういえば、清浦先生はどのクラブに入ってたんですか?」

 清浦先生も卒業生のはずだが、この面倒くさがり加減で、どのような活動をしていたのだろう。

「<外奉会>だよ~」

 予想外の名前に驚く。

「意外ですね」

 失礼だが、このひとが他人のためにわざわざ外に出向くことが想像できなかった。

「わたしもそう思うよ。でも、ある先輩にほぼ強制的に勧誘されてね」

「あの、<外奉会>ってどうなんですか? 少し気になっていて」

 我ながらひどく曖昧な質問をしてしまったが、清浦先生は真剣に考えこんで、答えを探していた。

「あ~。やめといたほうがいいよ」

「え」

 そう答えた清浦先生の様子に、私は思わず言葉を詰まらせてしまう。

「……じゃ、そのプリントよろしくね~。集まったら教員室までおねが~い」

 手をひらひらとさせて、清浦先生は呆然とする私を残して去っていった。


 既に放課後であったため、翌朝に用紙の配布を行い、授業の合間等に着々と回収を進めていった。お昼ごろにはクラスメイトのほとんどから回収をすることができた。

 しかし、ただ一人、大変な人物から回収ができていなかった。

 彼女は授業が終わると、すぐに教室から出て行ってしまうため、なかなか声をかけられなかった。

 本日、最後の授業終了のチャイムが鳴る。

 すると、彼女は案の定、すぐに席を立ち、教室から出ようとしてしまう。

 私は、意を決して大きな声で呼びかける。

「桂木さん! ちょっと待って!」

「……なにかしら」

 その生徒とは、将来総理大臣になるという目標を入学式でぶち上げたその人、桂木ヒトミであった。

「クラブ活動の現状調査用紙、まだもらってなかったよね」

「ん? ああ、確かにそうね。もうとっくに入会届を出していたから、そちらはいらないと思っていたわ」

「あ、もう決まってるんだ。じゃあ、予備があるから、ここに今書いてもらってもいい?」

「ええ、かまわないわ」

 そう言うと、私が差し出した用紙に、彼女はきれいな文字で、名前などを記入していく。そして、最後に、加入したクラブ名として、<錬成決闘会>と記入した。

「桂木さん、<錬成決闘会>入るんだ!」

 <錬成決闘>は<錬成術>を用いた戦闘競技で、<戦闘系能力>と判断された生徒は必修授業となる。

 そして、このクラブは、授業外における<錬成決闘>の鍛錬を活動としている。

「ええ、まずはこの学校で一番頭がよくて、一番強い生徒にならないと。ここでは桂木の名前もあまり意味を持たないだろうしね」

「流石だね。そういえば、もうすぐ<新歓戦>だよね。桂木さんも出るの?」

 <新歓戦>とは毎年この時期に行われる、<錬成決闘会>の新入生同士による模擬戦である。

 学院の中でも、なかなか目立つイベントなので、何度か見に行ったことがあった。

「詳しいのね。……ああ、そういえば愛川先生の娘さんなんだっけ」

 そういって桂木さんは納得していた。

 ちなみに母さんは<錬成決闘会>の副顧問を務めており、かなり強い。母さんの<錬成>する双剣の前には敵うものがいないとか。

「<新歓戦>はもちろん出るわ。そして優勝する」

「……すごいなぁ」

 思わず口から洩れてしまう。

 自信満々なところが、やりたいことに向かって全力で進んでいるところが、羨ましいと思う。

「愛川さんはどのクラブに?」

「いや、まだ決めてなくて……。気になってるところはあるんだけど、決断できなくて」

「そうなのね。……愛川さん、よかったら<新歓戦>、見に来てよ」

「え、うん。……いいけど」

 突然の観戦の招待に戸惑いを隠せない。

「じゃあ、私は自主練に行くから」

 私は、小走りで去っていく桂木さんの背中を見送った。

 あまり話したこともない間柄だったが、なにか思うところでもあったのだろうか。


 無事に清浦先生から押し付けられた雑用は完了し、私は紙束を持って教員室へ向かった。

「失礼しま~す」

 教員室は母さんのいる場所。昔からよく来ていたため、あまり緊張感はない。

「清浦先生いますか?」

 近くにいた教師に聞いたが、その答えは背後から聞こえた。

「カイリの奴はさっき帰ったよ」

 振り向くと、そこにいたのはよく見知った顔で……。

「母さ……、愛川先生。久しぶりです」

 早速やってしまった!

 教員室からは、やり取りが聞こえていたのだろう、くすくすと微笑ましく笑う声が聞こえた。

「それで、カイリに何の用だったんだ」

「清浦先生にクラブ活動の希望調査用紙の回収を頼まれて――」

「あいつ! それも教師の仕事だろうが……。悪かったな」

 母さんは申し訳なさそうに言う。

「ぜんぜん。おかげでクラスの人とも喋れたし」

「そうか。友達出来たか?」

「うん。二人仲いい子ができた」

 教員室の一角ですっかり親子の会話をしてしまっていた。

 教師たちは微笑ましく見守っていることがわかって、少し恥ずかしくなる。

「クラブは決めたのか」

「いや、悩み中。でも、気になってるところがあって……」

「へえ。どこなんだ」

「<外奉会>。外出れるのいいなと思って」

「<外奉会>か……」

 とたんに、母さんの顔が険しくなる。

「え、やっぱりあんまりよくないかな?」

「いや……。<外奉会>自体はいいんだ。でも、やめといたほうが、いや、リンがやりたいと思うなら……」

 教師陣から<外奉会>の評判は良くないのだろうか。

 母さんは心配しつつも、私の考えを尊重してくれようとしているようではある。

「もうちょっと考えようかなと思ってるけど……」

「ああ、やっぱりそうなっちゃうのかもな……。でも、リンがやりたいようにすればいい。私は応援するから」

「ん? ……ありがとね」

 母さんの言葉に腑に落ちないところもあったが、応援してくれていることはわかった。

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