第2話 クラブ見学(1)

「愛川さん、クラブ活動ってなんでしょう?」

 清浦先生の解散宣言ののち、聖澤さんが私の方へやってきて質問してきた。

「<一般校>の部活動みたいなやつだよ。まあ私はそっちをよく知らないんだけど」

「あ、わたしもです……」

 そういうと、聖澤さんは少し大げさに肩を落としてみせる。

「簡単に言うと、授業後に集まってなんらかの活動をする団体って感じかな。例えば、<錬成術>を使った武術を訓練する会とか、本を読みあったり、普通のスポーツをする会もあるよ」

「そうなんですね……。ということはあの方々もクラブ活動のひとつだったんでしょうか」

 聖澤さんはクラブ活動について心当たりがあるようだ。

「なにか知ってるの?」

「わたし、出身が孤児院なんですけど、かなり昔に、慰問でこの学院の生徒の方たちが来てくださって、絵本の読み聞かせや支援物資を届けてくださったんです」

「え、そんなことやってるんだ」

 私は思わず身を乗り出す。

 この学院は全寮制であり、休日の外出も厳しい制限がある。若い未熟な<錬成術師>の隔離も兼ねている施設なので、仕方ないのだろうが。

 だが、聖澤さんのいう通り、そのようなクラブ活動が存在するならば、<外>に行くことができる。

「聖澤さん、そのクラブ、一緒に行ってみない?」

 思わず、そんなことを口走っていた。

 私は、学院の外の世界を全く知らない。

 もっと言うと、どうせ出られないものだと思ってあきらめていた。

 しかし、突然現れた可能性に、体温が上昇するのを感じる。

「もちろん、いいですよ」

 聖澤さんは快く承諾してくれる。私達は早速、クラブ見学へと向かうことにした。


 入学式から一週間程度の間、学院内は放課後お祭りのような盛り上がりを見せる。クラブ活動の勧誘期間であるためだ。

 各クラブが新入生に声掛けをしたり、ビラを配ったり、路上でパフォーマンスをしたり等、様々なアプローチで勧誘を実施している。

 そんななかで、ひとまず私たちの目的は、学外で活動、特に孤児院への訪問等のボランティアを行っているクラブを探すことなのだが……、これはあっさりと見つかった。

「……<学外奉仕会>」

 クラブ棟の一室の扉に札がかけられており、そこに書かれたそれらしき名前を読み上げる。

「そのまんまだね」

「ですね。行ってみますか?」

「そうしよう!」

 私はその扉を意気揚々とノックする。

「どうぞ」

 室内からは入室を促す女性の声が聞こえる。声に応じ、クラブハウスのなかに入ると、私たちを出迎えたのは妖艶な雰囲気の女性だった。

「やあ。よく来たね、新入生たち」

「ど、どうも」

 その女性は、私達を足の先から頭のてっぺんまで、値踏みするような目つきで見つめていた。

 背丈は普通程度だが、少し瘦せこけており、ゆらゆらと姿勢が定まっていない。

 失礼ながら、怪しげな、という表現の似合う女性だった。

(だ、大丈夫でしょうか! 愛川さん)

(多分大丈夫……)

 というのも、私はその女性を見たことがあった。彼女はこの学院の教師であったはずだ。しかし、話したりなど直接の面識があるわけではなく、名前も知らなかった。着任したのはここ二、三年だったと記憶している。

「はは、怖がらせてしまったかな? 申し訳ないね、こんななりで。これでもれっきとしたこの学院の教師なんだ。あまり心配しないでくれ」

「あ、ごめんなさい」

 聖澤さんは素直に謝罪の言葉を口にしていた。

「それに、外に興味があるなら本心は悟られないようにしないとね……。ふふ」

 彼女はくつくつと笑う。

「……それはさておき、<学外奉仕会>、通称<外奉会>へようこそ。ひとまず、歓迎するよ。……私は<外奉会>の顧問を務めている、仁科メアだ。<外奉会>のことはもちろんそうだし、この学院のこともなんでも聞いてくれていいよ……」

 そういって、仁科先生は口元を緩める。そして、こう続けた。

「……ああ、でも、愛川くんには学院の説明は野暮かな?」

「え、それってどういう……」

 仁科先生の言葉に、聖澤さんは疑問を浮かべる。

 どうやら、このひとは私を知っている。いや、教師なのだから当然というべきか。

「ごめん、聖澤さんにはまだ言っていなかったんだけど、先生の言う通り学院には長くいてね、結構詳しいんだ」

「ううん。お互い事情はありますし、大丈夫ですよ」

「……あぁ、あまり周りに話していないんだね。害す意図があったわけじゃなかったんだ……。申し訳ない」

 仁科先生は、案外、素直に謝罪をしてきた。その表情を見るに、害する意図がなかったというのは、嘘じゃないと思えた。

「いえ、大丈夫です。別に隠しているわけじゃないので」

「そうかい、感謝するよ……。さて、<外奉会>に来てくれたってことは、興味があるってことでいいのかな……?」

「そうですね。特に私が」

「愛川くんの方が興味を持ってくれているのかい……? それは嬉しいねぇ。じゃあ、さっそく説明していこうか……」

 そういうと、仁科先生は<外奉会>に関して説明をしてくれた。

 <外奉会>、正式名称を<学外奉仕会>という。その名前の通り、学外にて奉仕活動、いわゆるボランティアを実施するクラブ活動だ。内容としては、定期的な学院外でのごみ拾いや、孤児院等への支援物資の配達が主のようだ。

「定期的な活動としてはこんなところだけど……。あとは、学外から依頼があったら基本は私達が動くことになっている」

「学外からの依頼、ですか?」

「そう……。例えば、学院付近で行方不明になった住民の捜索とか。最近はめっきりないけれど、<市民団体>が現れた時の緊急対応とかね。まあ、こんな世の中だから、学院の外は危険がいっぱいだよ……。定期的に学外に行ける体勢を整えている私たちには、自然とそういう活動が多くなるってわけ……。もちろん戦闘に向かない<錬成術師>だったとしても、後方支援などに回れるから大歓迎だけどね」

「<市民団体>、ですか……」

 確か、<市民団体>は<錬成術>を持たない<一般人>で構成された武装集団だ。

「……基本的には、<治安維持隊>が対処しているんだけどねぇ。<市民団体>の場合、やらないとやられるのは私達だからね……。名前の割に、意外と武闘派なんだ。ふふ、怖いかい?」

「わ、わたしは無理だと思います……」

 聖澤さんは正直に答える。

「私も普通に怖いですよ、命を懸けた実戦は」

 日頃から母さんに訓練を付けてもらっているとはいえ、命のやり取りをしたことがあるわけではない。母さんの<錬成術>で作られた剣を用いての剣術は、必死に取り組んではいるが……。

「はは、まあ、そうだろうね……。この学院は<錬成術師>にとっては非常に安全な場所だよ。まるで、鳥かごのように外の世界から守られている……。でも、そこから出てみることで、得られるものもあるかもしれないね……。特に、愛川くんは」

 仁科先生は、私を見つめてそう言う。

 その眼は、私の心情を見透かしているようだった。


  ○


 私たちは、<外奉会>の見学を終え、歩きながら話していた。

「愛川さん、本当に入るんですか? 危ないですよ」

「いや~、悩み中かな」

 結局、<外奉会>への入会は保留としていた。仁科先生の言葉に惹かれるものはあった。

 しかし、やはり危険なのではないかと思い、決めきることができない。

「とりあえず、いろいろみてみようよ」

 勧誘期間はさまざまなクラブ活動の情報を確認することができる。私も、学院で生活する中で、有名なクラブ活動をいくつか知ってはいるものの、先ほどの<外奉会>のように、存在すら知らないクラブも少なくない。

 校舎内をあてもなく歩いていると、聖澤さんがなにか気になるものを見つけたようだった。

「愛川さん、あそこ、なんでしょうか」

 聖澤さんはある教室を指さしている。その先にある扉は、蔦が這っていて、苔むしていた。まるで、そこだけ時間が取り残された、遺跡のような雰囲気を漂わせている教室があった。

 そしてそこは、私が言うところの、『有名なクラブ活動』だった。

「あそこは<錬金術研究会>だね」

「<錬金術>……、ですか? <錬成術>ではなく?」

「そう。時間もあるし、ちょっと話聞いていこうか」

 聖澤さんが興味を持っていそうな様子だったので、少し入って話を聞くこととした。

 学院屈指の、優秀かつ変わり者の巣窟へ。

「お、よく来たね、リンちゃん! ……と、そのお友達かな?」

 <錬金術研究会>のクラブハウスに入ると、見知った先輩――ミミ先輩が声をかけてくれた。

「ご無沙汰してます、ミミ先輩。ここの活動について少しお話伺えればと思って」

「もちろんいいよ! じゃあ改めて、<錬金術研究会>所属、四年の三澤ミカです! みんなからはミミって呼ばれてるよ! 君たちもミミ先輩って呼んでね!」

 ミミ先輩は相変わらずのやかましさで自己紹介をしてくれた。ツインテールが似合う、非常に明るい、いや明るすぎる先輩だ。いつもニコニコ、笑顔がまぶしい。

「ありがとうございます。ミミ先輩、こちらは友人の聖澤イクヨさんです。通りがかりにあの入り口が気になったようなので少し寄らせてもらいました」

「聖澤イクヨです。お話聞かせていただけるとのことで、あ、ありがとうございます!」

 聖澤さんは慣れない場所で初対面の先輩を相手に緊張しているようだった。そういえば、聖澤さんは入学式初日に体調を崩していた。あまり、慣れない環境で連れまわすのもよくないかもしれない。

「イクヨちゃんね! よろしく! あのドア、気になるよねぇ! アタシもあの扉が気になって最初来たんだよね! あれは確か六代前くらいの会長の趣味で作ったとか聞いたなぁ。だから、ここが遺跡的な古さを持つ場所かっていうと、残念ながら違うんだよねえ。ただの趣味? ジオラマ的な?」

 ミミ先輩は早口でまくしたてる。

「でも、あれはすごくこの会にあってますよ。怪しげで」

「はははは! 確かに! 間違いないね!」

 嫌味ともとられかねない私の言葉をミミ先輩は笑い飛ばすが、ふと我に返り、つづけた。

「あ、そうだそうだ、ここの説明をしなくちゃいけないんだったよね。じゃあ、イクヨちゃん! ずばり、<錬成術>のはじまりについて、知っていますか!」

 びし、とミミ先輩は聖澤さんを指さす。

「はじまり、ですか? ちょっと、わかんないです……」

 聖澤さんは申し訳なさそうに答えた。

「そうでしょうそうでしょう! なんせ、一年生の後期で習うからね!」

「ミミ先輩、あんまり聖澤さんをいじめないでくださいよ」

「えー。だってリンちゃんはアタシへの耐性ついちゃって、つれなくなっちゃたんだもん!」

 ミミ先輩はそういうと頬を膨らませ、かわいらしく不満を露にする。

「そうですね。じゃあ続きお願いします」

「ほらつれない!」

 ミミ先輩とは、彼女が新入生のときからの付き合いだ。彼女の勢いを正面から受け止めていたらきりがないので、躱していく方法が徐々に身についていった。

「ごめんね、では改めて! なんと、<錬成術>は<錬金術>の研究過程で副産物的に生まれたものなんだよ!」

「副産物……ですか」

「そう、<錬金術>ははるか古代から研究されてきた学問だよね。金属じゃないものから金を作りたいよ~って、昔の人はなかなか強欲だよね~!」

 絶賛<錬金術>を研究している人が何を言うか。という心の中の突っ込みは当然伝わらず、先輩は続ける。

「まあ当然なかなか成功しないんだけど、その研究が現代化学の礎を築いていたりするから面白いものだよね! でも、近代になって、金の錬成に成功した研究者が現れたんだ!」

「金の<錬成>、ですか」

「察しがいいね! そう、<錬成>だったんだ」

 ものわかりのいい聞き手に気をよくするミミ先輩。彼女は満面の笑みを浮かべながら続ける。

「<錬金術>には全く成功していなくて、その研究者は<錬成術師>として覚醒していたんだ! 彼の<錬金術>を成功させたいという渇望が<金を生み出す能力>を創り出した」

 聖澤さんは頷きながらミミ先輩の話に聞きいっている。その様子を確認して、ミミ先輩はさらに続ける。

「でも、そこからが大変でね! <錬成術>なんてものが発見されてしまったから、世間の研究者はそっちに飛びついてしまったんだよ。<錬成術>の仕組みの解析やら、ほかの<錬成術師>の捜索だったりね。実際には、金を生み出した彼が初めての<錬成術師>というわけではなかったんだ。彼が初めて公に見つかってしまったというだけ。世界にパラパラといたんだよ、異能を持つ者として、うまく隠れながら平和にやっていたんだ。世界はその人たちを<錬成術師>と括って掘り起こした……。これが<錬成術>の始まりってわけさ! わかったかな?」

 ミミ先輩はにこりと笑って聖澤さんに問いかける。

「初めて知りました。あまり<錬成術>そのものについて考える機会は少なくて」

「そうでしょうそうでしょう!」

 ミミ先輩は自慢気だ。そこに私は口をはさむ。

「あれは言わなくていいんですか」

「あれってなんだい?」

 彼女はとぼけた顔をしてみせる。

「諸説あり、だって」

「え! そうなんですか」

「ん~。……そうだったかもね!」

 ミミ先輩は元気いっぱいとぼけたあと、コホンとかわいく咳払いをした。

「話をもどしましょう! 諸説ありだのという話は……、まあ、あるんだけど……。でもね! <錬成術>が盛んになってから<錬金術>の研究がおろそかになっている、というのは嘘じゃないんだよね」

 ミミ先輩は<錬金術研究会>の活動に関する話へ舵を切る。

「<錬金術研究会>の活動は、<錬成術>を『道具』にした<錬金術>の研究なんだよ! <錬成術>が<錬金術>の研究を終わらせたなら、逆に<錬成術師>のアタシたちが、<錬金術>の神髄を明らかにしてやろうという、反骨精神あふれるクラブ活動なのです」

「<錬成術>を『道具』に、ですか」

「そう、使える『道具』は多い方がいいから、当然会員は大募集中だよ! それに、えと、『実験とかがメインの活動になる性質上、勉強が好きな子が多くて、所属すると成績アップも見込める』……かもよ!」

 親指を立てウインクして、渾身のキメ顔でアピールするミミ先輩。

「最後のは、会長さんに言えって言われた勧誘文句ですか?」

「そうだよ!」

 やはり彼女は憎めない。


  ○


 これ以上聖澤さんを連れまわすのもどうかと思い、今日のところは、解散することとした。彼女は、<錬金研究会>には入会しないようだが、実演された実験は楽しんでいた。私も入会はしないが、引き続きミミ先輩とは先輩後輩としてよき付き合いを続けていきたい。

 解散したのち、私は、学生寮へと帰宅した。学院の学生寮は校舎に隣接する形で建設されている。

 その部屋は贅沢にも一人一人個室となっていた。<錬成術師>同士でいざこざが起きてしまったら手に負えない事態になってしまうため、プライベートは守りましょうということになっているそうだ。

 私は、今年ようやく手に入れた私だけの部屋のベッドへダイブする。考えるのは今日のクラブ訪問のこと、特に<外奉会>のことだ。

 特に仁科先生の言葉が頭から離れなかった。

『そこから出てみることで、得られるものもあるかもしれないね……』

 私は物心ついたころから学院で過ごしてきた。母さんや周りの教師からも学院の外は危険だから出てはいけないといわれてきた。

 先輩達から聞かされる話や本から得られる情報で、外についてどんどんと空想が重なる。

 聖澤さんから、<外奉会>の存在を教えられた時には、外に出られるチャンスがあるのかもしれないと、柄にもなくわくわくしていた。

 しかし……。

(危なそうなんだよな……)

 仁科先生の怪しい雰囲気もそうだが、やはり学院の外は危ない場所のようだ。そんな環境に喜び勇んで飛び込んでいけるだけの、度胸はなかった。

 母さんから、<錬成術>を用いた戦い方の訓練は受けていたし、母さん曰く特に剣術に関しては上達している……らしいが、それはあくまで訓練。真剣な殺し合いに長けているわけではない。

(どうしよう……)

 どうしても、やりたいことがあるわけでもないし、どうせ、卒業したら外に放り出される。

 あの先輩のように。

 でも気になるな……、と脳裏から興味を消すことができない。深層心理では、すでに答えは決まっていて、背中を押してくれるなにかを待っているのかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る