第11話 舞いあがる砂塵、最後に立っていたのは……


「バーニー!」


 パートナーである“ゴリラ”の名を呼ぶ、“愛・ゴリラ博士”の悲痛なる声がひびく。

 デス畳を壁へと押しつけ、身動きをとれなくしていた“ゴリラ”であったが、ワニが獲物にらいついて離さぬがごとき、いわば咬合力こうごうりょくによって自身も身動きがとれないでいた。


 ――一瞬でも気を抜いたならば、喰い殺されているのはこの“おれ”であろう。


 “ゴリラ”がそのように思ったかは、人間でないためはかれぬが、全身の筋肉に力をみなぎらせ、地に突き刺すように突っ張る両脚に、また歯をむき出してうなるその美しき顔面にと、あらゆるところから決死の思いがにじんでいた。


 そうして最初はガッチリと、岩のようにデス畳を抑えていた“ゴリラ”。

 が、デス畳のエネルギーに限りはないのであろうか。

 やがて“ゴリラ”の両腕がぶるぶると震え出したかと思うと、とうとうその剛力ごうりきが打ち破られたのであった。


「やめて!」


 “愛・ゴリラ博士”が悲鳴をあげ、デス畳が“ゴリラ”の肉をらかさんと迫る――


「どっせい!」


 そこへ勇ましいさけび声とともに、デス畳の左面に強烈なるドロップキックを喰らわせる者があった。


 “お嬢さま”である。


「あら、貴方あなたもわたくしとおどってくださいますの?」


 着地とともにあおってみせる“お嬢さま”。

 ひらいた口を、獲物の眼前で強制的に閉じられ、不愉快そうに「タミ……」と低く声を発するデス畳。


「行くぞ!」


 スライディングでデス畳の右側にまで到達した“カタブツ”の手には、先ほどのロープがにぎられている。

 移動の途中で端を“お嬢さま”に放って渡すと、ふたりで協力してデス畳にロープを巻きつけはじめる。


「タミ!」


 しかし、黙って縛られるのを待つデス畳ではない。

 また口をひらいてふたりを呑み込もうとするや――


「ウホォ!」


 強烈な“ゴリラ”のラリアットがそのからだを張り飛ばす。

 その衝撃でデス畳は壁まで吹っ飛び、“カタブツ”と“お嬢さま”は何度も練習してきたかと思わせるほど呼吸を合わせ、手早くグルグルとロープを巻いていく。


「さすが“ゴリラ”だぜ! この野生のスペシャル超パワーに、畳ごときが勝てると思うなよ! “カタブツ”と“お嬢さま”の連携もさすがだぜ、おまえらつきあってんのかぁ!?」


 そとからトボトボと歩いてきた“太鼓持ち”であったが、“ゴリラ”の躍動を見たせいか突如興奮し、和室内で奮闘ふんとうする面々をはやてた。


「そのノリがウケるのは中学生までというデータが出ていますよ」


 横から冷静に“わけ知り顔”が指摘するが、“お嬢さま”は


「わたくしと“カタブツ”さまがおつきあいだなんて、そんな……」


 とうれしそうに頬をそめ、


「ぼ、ぼくごときと“お嬢さま”がつ、つきあうだなんて失礼じゃないか、ハレンチだぞ!」


 と“カタブツ”がカタいことを言いつつも、ふたりはロープを巻く手をゆるめない。


 すでに七周もロープによる拘束が成功したことから、一同のうえにかすかながら安堵の空気がただよった。


 ――瞬間、デス畳はふうとため息らしきものを吐く。


 やわらかに脱力したデス畳は、しごく自然に、流れるようにふっと、畳の端をもちあげた。


 なにかを、すさまじいスピードで踏みつける。


 “剣豪”の日本刀であった。

 日本刀は、プロペラのように高速回転して、宙を舞う。


 なにが起きたのかだれも把握できずにいるなか、デス畳は踏み飛ばした日本刀でもっておのれを縛るロープをザクリと裂いた。


「なっ」


 そう声を発したのは“お嬢さま”であったが、最後までしゃべりきることはできなかった。


 デス畳がすべるように体をずらし、てたロープをふりほどきながら、おのれのカドで“お嬢さま”の足をはらったからである。


 そうして、体をかたむけてすくいあげるように“お嬢さま”を喰らおうとする――


「“お嬢さま”!」


 “カタブツ”はとっさにヌンチャクの棒をデス畳に投擲とうてきし、おのれの体を“お嬢さま”に覆いかぶせるが、はたして、デス畳の力は、人間ふたりや木の棒をあわせたら喰い破れないほどのか弱きものであろうか……


「ウウウワァァァァァ!!」


 “びびり八段”は恐怖で目をあけていることができず、絶叫する。

 そのまぶたの裏には、ふたりが無惨に血と肉のかたまりとなって混ざり合う映像が浮かびあがっている――


「バーニー!」


 また彼と同時にさけんだのは、“愛・ゴリラ博士”であった。


 デス畳が日本刀を利用してロープを斬るのを察するや、“ゴリラ”が前傾姿勢をとっていたからだ。


 “ゴリラ”は両腕をのばし、“カタブツ”と“お嬢さま”の服をムンズとつかむと、和室のそと、“びびり八段”たちがいるリビングへとかろやかに放り投げた。


 そして、自身はそのまま一個の巨大な鉄球となるかのように筋肉を肥大させ、その剛力ごうりきを筋繊維のすみずみまで行き渡らせると、ほとばしるエネルギーそのままにデス畳へとぶつかっていく。


 ――デス畳と“ゴリラ”とが、衝突した。


 鼓膜をやぶらんばかりの爆発音が、あたり一帯に放たれる。


 建物が、地震が起きたかと錯覚するほどに揺れた。


 ふたりがぶつかった中心より衝撃波が発せられ、戦いの行く末を見まもっていた“びびり八段”たちが吹っ飛ぶ。


「ウウウワァァァァァ!! これが、これが“ゴリラ”のエネルギー!?」


 砂ぼこりが舞い、和室のなかはどうなったものか、そとからはうかがい知れなくなった。


「ロケットランチャーをぶっぱなしたかと思うほどのゴリラ・インパクト……これは、いかにデス畳といえど、原型をとどめていることはできないでしょう……」


 頭からゴロゴロと回転していき、壁際で尻を天に突き出した姿勢でそうつぶやいたのは、“わけ知り顔”である。

 メガネをクイとあげるが、そのひたいには緊張の汗がにじんでいる。


 “愛・ゴリラ博士”は吹っ飛ばされて和室の壁に激突したあと、かろうじて上半身を起こし、必死に“ゴリラ”のほうへと手をのばしている。

 “ゴリラ”がぶつかるその寸前、自身にウインクをしてきたことが見えていたのは、おそらく彼女だけであったろう。

 それが、まるで別れの合図あいずのように思えて、“愛・ゴリラ博士”は手をふるわせながら涙を流す。


「いやだよ、行かないで……」


 やがて、時間をかけて砂塵さじんが床へと舞い降りてゆく。


 うっすらと、ひとつの影が見えた。


 そこに立つのは、はたして“ゴリラ”かデス畳か――

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