第10話 もう一体、いる


 一同は、ゴリラの下に屈服するデス畳へと目をむけるが、デス畳は「タミ~」と泣き声じみた音をもらすばかりで、一瞬きこえたうめき声のようなものは発していないように感じられる。


 はてなが一同の頭に浮かんだその刹那せつな

 野生の本能というべきものか、“ゴリラ”がバッと反転しつつ跳びはね、なにかヽヽヽからすばやく距離をとった。


 ほかの人間がなにごとかと目をやったそのとき、“厨二病”の背後に、おそるべき二枚の畳が垂直に立ちあがっている――


「えっ?」


 という声をもらしたのもつかのま、“厨二病”が二枚の畳のはざまへと消え去った。


 バグンッ


 彼の肉が爆散し、その血によってなんかかっこよさげな魔法陣、眼帯、包帯の豪華三点セットがえがき出される。


「ウウウワァァァァァ!!」


 ちょうどそとから走ってこちらへと来た“びびり八段”が、その場面を見るや泣きながら絶叫して尻もちをついた。


「デス畳が、デス畳が増えたぁぁぁぁ!!」


 その言葉のとおり、鎖で拘束されたデス畳のほか、いましがた“厨二病”を葬ったデス畳と、ふた組のモンスターが出現しているのだ。


「そうか……ここは四畳半。デス畳は二畳ひと組のものだけでなく、四畳ふた組がデス畳だったということですね……!」


 そとの騒ぎを察して一旦バス組のもとへ行き、またこちらへともどってきた“わけ知り顔”が、クイッとメガネをあげてつぶやく。


「“ふくよかな尻”さんが無事だったことから、彼女がのっていたところは通常の畳であると誤認させるとは……敵ながらやりますねぇ、デス畳……!」


 デス畳にそのような意図があったかは定かでないが、新デス畳は低い声で「タミ……」とむにゃむにゃと寝起きにもらすような音を発する。


 先ほどの旧デス畳は、尋常じんじょうの畳として床に横たわっているが、今度の新デス畳は床に立っている。

 その身長、およそ180cm。たいていの日本人からしてみれば大男の部類である。


 和室にいるほとんどの者は想像のそとにあった事態に驚愕し、恐怖し、硬直していた。


 その一瞬の硬直ののち、“カタブツ”は“お嬢さま”を見、“お嬢さま”は“カタブツ”を見た。


 ふたりの視線が、まじわる。


「“ふくよかな尻”さま、“玉袋デカ男”さま、ウッドデッキへ……!」


 すばやく動き出し、突然放り投げられた衝撃により床でピヨピヨと目をまわしていた“玉袋デカ男”のもとへ行くと、ささえながら“お嬢さま”が小声でささやく。


 入口のすぐそばには直立した新デス畳がたたずんでいるため、掃き出し窓から見えるウッドデッキを目で指し示した。


「あの窓、最初からあいていたか……?」


 “玉袋デカ男”の玉袋をささえながら、ふと“カタブツ”がもらすが、いまはそんな場合ではないと言いたげに頭を振って雑念を追いはらう。


 一連のさわぎにようやくはっきりと覚醒した“ふくよかな尻”は、


「な、なにこれ! どうなってるの!?」


 とうろたえ、新デス畳の注目を集めることとなった。


 ギロンと、やはり畳の左右に浮かんだ大きな目で“ふくよかな尻”をにらむと、それから鎖で拘束された旧デス畳に目を移し、まるでため息を吐くようなしぐさをしてみせた。


「ウホォォォォォ!!」


 “ゴリラ”の猛々たけだけしい咆哮ほうこうがひびいたのは、そのときである。


 次いで、まるで太鼓のように、速く激しくおのれの胸をたたいてドコドコと精悍せいかんなる音をひびかせる。

 ――ドラミングである。


 腕を床につき、その巨体で、威圧するように真正面からデス畳と対峙たいじした。

 デス畳もまた、圧倒的な剛力ごうりきを体現してみせたような美しき“ゴリラ”の肉体にも、まるでひるまない。


「キェェェイ!」


 さらにそこへ、狭い室内ではあまり剣を振りまわせないと見え、最初はまごついていた“剣豪”がもち直して叫声きょうせいとともに横から突きを見舞った。


 デス畳の横腹といえばいいのか、中心のあたりにブスリと刀が刺さる。


 そのようにデス畳との第二ラウンドがはじまるなか、“カタブツ”が“ふくよかな尻”へ、


「“ふくよかな尻”、立てるか……? 説明はあとでする。いまは急いで“玉袋デカ男”と逃げてくれ……!」


 とうながすと、


「えっ、あ、はい」


 とこたえつつ立とうとする“ふくよかな尻”。

 が、あまりの事態に腰が抜けてしまっているらしく、床に足をつけるやカクンと膝が折れてしまった。


「ムリか……。とにかく、ここを逃げよう。“玉袋デカ男”、“ふくよかな尻”はやはりキミにお願いできるか? ぼくは、できるかわからないが、“剣豪”たちに加勢してキミらが逃げおおせるまで時間かせぎをしてみる。“お嬢さま”、キミはふたりのサポートを」


「“カタブツ”さま、そのヌンチャクは……」


 “カタブツ”は、“厨二病”が殺された際に落とし、こちらまで転がってきていたヌンチャクを手にとっていた。

 ありし日、“カタブツ”は彼とこのようなことばを交わしたことがあった。


「このヌンチャクは、私が創造神から授かった聖なる武具なんだ」

「チェーンは具現化して、ヌンチャクは創造神から授かって、とちょっと世界観がゴチャゴチャしてはいないか? チェーンとヌンチャクで武器がふたつあることになってしまっているし」

「いや、ブラックドラゴンチェーンは拘束用だし。武器っていうか、補助具っていうか、そういうあれだから、武器がふたつになってるとかじゃないし……いや仮になってても二刀流的な、そういうあれだし……」

「すまん」


 といった“厨二病”の半泣きの顔を思い出していたのかどうか、ともかくも“カタブツ”はみごとな手際でヌンチャクを激しく運動せしめてみせた。


「恥ずかしい話だが、ぼくもかつてブルース・リーにあこがれてヌンチャクを練習していたことがあったんだ。父が彼の大ファンで、こどものころからよく見せられていてね」


 残像しかとらえられぬほどのスピードとともに、上へ下へ、左へ右へ、回転するヌンチャクの風切かぜきおんがひびく。

 「ホワァ!」となぜか顔まで劇画調になった“カタブツ”は、怪鳥けちょうのごときごえとともにデス畳へ突進していった。


 そこでは、デス畳に日本刀を突き刺した“剣豪”がまたも抜けなくなっており、


「こやつ、筋肉みたいにいぐさを固く締められるぞ!」


 そう忠告したが最後、日本刀から手を離さなかったがために、デス畳に振りまわされたあげく最後は天井近くまで放りあげられ、まるでスナック菓子がポンと口に投げ入れられるかのようにデス畳のあいだの空間へと吸いこまれてゆく。


「刀は武士の魂、とはいうけれどもそれはそれとして拙者の命だけは――」


 そう命乞いしながら、


 バグンッ


 “剣豪”はむざんにもデス畳に咀嚼そしゃくされた。


 その血は、切腹する武士のごときかたちに飛散ひさんする。


 さらに、ペッとツバを吐き捨てるように、おのれに刺さった日本刀を足もとへうち捨ててみせた。


「ワタァ!」


 “カタブツ”がデス畳のもとへ到着したのはそのときだった。

 ヌンチャクの棒を振りまわし、右から左から縦横無尽じゅうおうむじんにデス畳のおもてをなぐりまくる。


 木製とはいえ、自分が木刀で思いきりなぐられる場面を思い浮かべてみれば、デス畳に到達した衝撃を想像できようというもの。

 ダメージこそ大きくは通っていないようであったが、「タミ……」という不満げなつぶやき、またなかなか二枚の畳をひらくことができないさまから、その打撃をうっとおしく思っていることが見てとれた。


 しかし“カタブツ”の連撃が一瞬やんだスキに、デス畳はガバッと大きく口をひらいた。

 飛びまわるヌンチャクよりも広く口をあけ、ヌンチャクごと“カタブツ”のからだをのみこもうというのだろう。


「ウホォ!」


 “カタブツ”がさっと身をかがめるのと、“ゴリラ”がおどり出たのは同時であった。

 “ゴリラ”は限界までひらいたデス畳の二枚の端を、リンゴをたやすく破壊せしめる握力でつかみ、また人間とは比較ならぬほどに発達した膂力りょりょくでもってデス畳を押し、壁へと押しつける。


「ロープか、鎖か、なにか縛るものはないか!」


 “カタブツ”はさけびながら、目を走らせる。

 和室のそとにまだ若干名の人間がいるが、ひとつの影が走ってこちらへと向かってくる。


「“カタブツ”さま、これを!」


 “お嬢さま”である。


「“お嬢さま”、ふたりは!?」


「おふたりには、ひとまずウッドデッキへ出てもらいました。そのまま家の外周に沿って進めばバスまでたどりつけるはず。それより、これを」


「ありがとう」


 “お嬢さま”が渡したのは、厚みのある麻のロープであった。


「鎖にくらべれば強度には不安がありますが、長さはありますし、何重にも巻けば新デス畳のほうも拘束できるかもしれません。わたくしもまいります。“ゴリラ”さまが抑えてくだすっているスキに、ふたりでかかれば――」


「その、バスのことなんですがね……」


 そのふたりの脇で、“わけ知り顔”がやや言いにくそうにメガネをクイとあげる。

 エンジンが破壊されていたことを伝えようというのだろう。


 が、“カタブツ”と“お嬢さま”はそれには気がつかず、すでにデス畳のほうへと走り出している。

 スルーされた感じになった“わけ知り顔”はなぜか気恥ずかしくなり、メガネをクイとあげてアメリカンしぐさでふうと肩をすくめてみせた。


 和室では、ちょうどデス畳を抑える“ゴリラ”の両の手が、デス畳の怪力によってはじき飛ばされたところであった――

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