第4話 デス畳の裸体のごときもの


 “不用品回収業者”は、前に出てくるや、その作業着のポケットに仕込んでいたある工具を手にとった。


 マイナスドライバーである。


「要はよ、畳の上に乗るから挟まれて殺されちまうんだろ? だったらそとから畳をはずしちまえばいいんだよ。かんたんなことだっつーの」


 くるくるっと、まるで西部劇で銃をまわすように、かれいにマイナスドライバーを手のうえでおどらせながら発案する。


「さすが“不用品回収業者”だぜ! 大学にかよいながら回収した不用品の数は100万件!」


 “太鼓持ち”がこう絶叫する。

 実際に100万件も回収したという話はだれも聞いたことがなく、何人かが首をかしげたが、おそらくその場のノリで適当に盛ったものであろう。


「へへっ、オレっちの妙技みょうぎをとくとご覧あれ……ほらよっと」


 部屋と畳のヘリとの境目さかいめにズボッとマイナスドライバーをさしこむや、クイッと畳をもちあげて見せる。

 あっと思う間もなく、一枚の畳を軽々と床からはがしてしまった。


 こうなってはいかなデス畳も、張り替えを待つ一枚の畳である。

 “わけ知り顔”がそのメガネをクイッとあげる。


「なるほど、挟まれるから殺される。ならば、挟むスキを与えることなく表を封じてしまえばいいというわけですね……!」


 “不用品回収業者”はその解説に応じるようにバタリとその一枚を裏返し、先ほど“マナー講師”を圧殺あっさつした二枚をあっけなく重ね合わせた。

 畳の裏側に編まれたワラがむき出しになっており、どこかなさけなくも見える。


 が、そのさまは、人でいえば服をはぎとられた、裸体らたいをさらされたのに近いものなのであろうか。

 それはデス畳以外にはようとしてはかれぬが、「タミ!」と、小料理屋のおかみが「めっ」と酔客すいきゃくをたしなめるのに似た声音こわねでデス畳がひと声鳴いた。


「…………?」


 なにが起きたものか、だれも理解できていなかったが、カタカタと音がしたかと思うとデス畳の上で体重をあずけて抑えつけている“不用品回収業者”が、かすかにゆれはじめた。


 デス畳が、振動しているのだ。

 やがて、その振動はガタガタという大きな音へと変化していき、やがて“不用品回収業者”の全身がまるで暴れ馬に乗っているがごとく大きく上下する。


「ちょちょちょ、なんだっつーのなんだっつーの!」


 と“不用品回収業者”がさけんだ瞬間、デス畳の振動を制御できなくなり、噴火するようにデス畳がはじけたかと思うと“不用品回収業者”のからだがあざやかに宙を舞った。


 その下には、二枚のデス畳がパックリとその邪悪じゃあくなる口をひらいている――


「やめろ、デス畳!」


 “カタブツ”が悲壮ひそうな制止の声をあげるが、デス畳にそれをれる義務などなく、表情を絶望にゆがめたまま声さえあげられずに“不用品回収業者”がデス畳のあいだへと吸いこまれてゆく――


 バグンッ


 “不用品回収業者”はデス畳にわれ、無惨むざんにも、その血は「テレビ無料で回収します」と書かれたチラシのかたちに飛散ひさんした。


「ふ、“不用品回収業者”ァァァ!」


 “カタブツ”が無念をみなぎらせて、故人を呼びもどすことはあたわぬかとこころみるように絶叫する。

 そして、そのすぐとなりで、これまで放心していた“お嬢さま”が


「イヤァァァァ!」


 と頭をかかえ、あふれる涙で顔を、服をぬらした。


「わたくしの、わたくしのせいですわ……。こんな、こんなバケモノがいるだなんて、聞いてなかった……。こんな部屋があるだなんて……」


 “カタブツ”は床にひざをつき、“お嬢さま”に目線をあわせて語りかける。


「“お嬢さま”……いまは、とにかくなにが起きているのかわからないが、知らなかったことで自分を責める必要なんてない。ないが、彼女を――“ふくよかな尻”を助けるために、いまはひとまず冷静になって、現状を把握することは必要なんだろうと思う。あのバケモノはなんなのか、どうしたら助け出せるのか……もしかしたら、キミの知ってる情報で、なにか対策が立てられるかもしれない。どんなことでもいい。なにか知ってることがあったら、話してくれないか」


 なぐさめながら、近くにいた人に和室の戸を一旦閉めるよう手ぶりでお願いする。

 “お嬢さま”がこれ以上のショックを受けないように、という配慮であろう。

 それを見た“可憐”が、痛ましそうに目を伏せつつ、そっと引き戸を閉める。


 とはいえ完全には閉めておらず、まだ奥の畳の上にいる“ふくよかな尻”のふくよかな尻がかすかに見える。

 “ふくよかな尻”は気を失ったまま、いまのところはデス畳にわれそうな気配けはいもない。


「かならず、助けるからね……」


 ひとり、“可憐”がひとみに光を宿し、つぶやいた。

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