第3話 混沌を鎮めし者、“マナー講師”


「う、う、うわぁぁぁぁぁ!」


 サークルの一同は、パニックを起こしていた。

 たしかにわるふざけから、『B級ホラーで殺人事件が起きるような山奥の小屋に泊まってみたい』という要望を出しはしたもの、「自分がぜったいに安全な状況」にあればこそそうしたネタを楽しめるのであって、まさか目のまえで仲間にこのような惨事さんじがおとずれるとは、まったく想像のそとであった。


「みんな、落ちついて!」


 そこへひとすじ雷霆らいていのごとき、鋭い声が一同を大喝だいかつした。


 “マナー講師”である。


「こういうときにパニックになってさわぎ立てるのは、マナー違反よ。冷静沈着にマナーをまもれば、今なにをするべきか、わかるはずだわ……」


 くちびるのまえへ指を一本立て、一同を見事におさめてみせる。


「さすが、“マナー講師”だぜ!」


 こうはやしたのは“太鼓持たいこもち”である。

 彼はだれにでも「さすが」と言うが、言われてみると案外わるい気はしない。


「あっ、“ふくよかな尻”……!」


 そのときだれかが気づいたようで、息をのみつつも悲鳴をあげる。

 そう、和室の奥には“調子のり”とともに入った女性メンバー“ふくよかな尻”がいて、奥の畳の一枚に尻をついていたのだ。

 あまりの凶事きょうじに失神し、もらしてしまったらしく、畳の中央がぬれて変色してゆく。


 アッ、そんな粗相そそうをしては彼女もまた無惨むざんに殺されてしまうのでは……といういやな想像ヽヽヽヽヽが一同の頭をよぎったが、突如として命をうばわれてしまったふたりとは異なり、“ふくよかな尻”に畳がおそいかかる気配けはいはない。


「タミ、タミ……」


 と満ち足りたようにつぶやき、デス畳は先ほどかっぴらいていた目をスッと閉じる。

 その姿は、どんなに注意されても満腹になってすぐにリビングで寝てしまうお父さんを彷彿ほうふつとさせた。


「あの畳、相手の発言はしっかり受けとるのがマナーだから、ひとまず呼称こしょうは『デス畳』をもちいましょう。デス畳氏のあの様子から、マナーを基準として考えると、答えはひとつだわ」


 “マナー講師”は立てた人さし指でみなを落ちつかせながら朗々ろうろうく。


「マナー違反よ。マナー違反をされたから、デス畳氏は怒ったのだわ。“調子のり”氏が、命よりも重いマナー違反を、デス畳氏に対しておかしていたこと、みんなはわかった? 彼がおかしたゆるしがたいマナー違反は、そう――」


 キリリと一同を見わたし、断言した。


「畳のヘリを、踏んでしまったことよ」


 “カタブツ”は「そうかなぁ」と首をかしげたが、


「さすが“マナー講師”だぜ!」

 という“太鼓持ち”の声、また、


「なるほど、たしかに畳のヘリ、つまりあの端につけられている帯のような部分を踏むことは古来よりマナー違反とされていたはず……! 武家では相手に対する侮辱になるという見解もありましたし、それでデス畳が激怒しおそいかかってきたということですね」

 という“わけ知り顔”のメガネをクイッとあげながらの解説、


「ウウウワァァァァァ畳のヘリィィィィ!!」

 という“びびり八段”の悲鳴、などにかき消されて余人よじんにとどいた様子はなかった。


「いま助けに行くわ、“ふくよかな尻”氏!」


 “マナー講師”はそう絶叫すると、閉まりきっていない引き戸のドアを3回ノックしたのち、「このケースでは、相手から返事がきようはずはないからしかたないわね……」と自己正当化しつつ「失礼いたします!」と再度絶叫、深く一礼。つまり語先後礼ごせんごれいのマナーを遵守じゅんしゅしつつ部屋へと突入した。


 “マナー講師”が、慎重に、けれどどこか優美ゆうびさをもって舞うように畳の中心へと足をつけ、体重をあずけ、まずはデス畳の上で正座をしてみせる。


 ――なにも起きない。


 それを確認すると、“マナー講師”は上半身をクルリとねじり、ニコリとほほえんだ。


「ほら、マナーをまもれば、どんな相手とだってわかり合える」


 と歌うように一同へ告げた瞬間、ギョロリとデス畳の大きなまなこがひらき――


 バグンッ


 とわれた。

 ビチャリと“マナー講師”の血が、45度の角度で端然たんぜんと深くお辞儀をしているシルエットがた飛散ひさんする。


「ウワ、ウワ、ウワァァァァァマナー関係ないじゃんんんんん!!」


 “びびり八段”がこうさけび、一方で“わけ知り顔”が「あわ、あ、あわぁわわわ」と奇怪きかいな悲鳴で腰をぬかしたのち、「そうか、デス畳は、通常の畳とは異なるということですね……!」とメガネをクイッとあげるなどし、ほとんどの人間は狼狽ろうばいをさらす。

 そんななか――


「いや、どんなに凶暴でも畳は畳だろ。オレっちにまかせとけっつーの」


 こう言いながら、ズズイと前へ出てくるものがあった。

 “カタブツ”は彼を視認しにんし、その名をさけぶ。


「“不用品回収業者”……!」

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