最終話 譲れない想い


 リアルガー公爵家の色神、真紅の巨竜カーディナルロートに乗って戻ってきたリュカさんは、これまでの出来事を一部始終話してくれました。


 ローゾフィアの故郷に戻ってちゃんと父親と話をした事。その場でリュカさんのお兄さんが後を継ぐ事が決まった事。

 これからは侯爵の弟――侯弟として、ローゾフィアに何かあった時には顔を出すようにと言われた事。


 ローゾフィアの民は家族が不慮の事故で亡くなる事は珍しい事はではなく、何処にいるのか無事なのか分からない行方不明という状況の方が引きずる状況だそうで。


「殴られたり怒鳴られたりせず、生きて戻ってきた事を喜ばれてさ……こんなに心配されてた中で俺、10年近く連絡一つ入れずに旅してて……俺、悪い事したなって思った」


 家族と話した後は村中の人達と再会を喜びあったり、10年の間に兄弟や甥姪も増えてて自己紹介したりしているうちにリュゴンが危篤になって付きっきりで看病し。

 リュカさんが生誕祭のパーティーに間に合ったのは、リュゴンが老体に鞭打って頑張ってくれたからだそうです。

 リュカさんとリュゴン達の絆は、聞いているこちらが涙してしまう程のものでした。


 そしてリュゴンを看病している間にリュルフとリュグルは素敵な出会いがあり、リュゴンを弔う時には子どもまで生まれたので村を出るのは子どもが少し大きくなってからの方が良いと判断したそうで。


 それでいざ村を出ようとすると父親から連絡用にと若い飛竜を半ば無理やり押し付けられ。リュルフ達の番も子どもも皆一緒に付いていくと言って聞かず。


 結果、若い飛竜――リュドラとリュルフ親子にリュグル親子と大所帯の旅になり。

 世話になった挨拶を、と思ってリアルガー公爵家に立ち寄った所、

 『会ったついでだし、ティブロン村ってところまで皆まとめて送ってやるよ』とヨシュア様に言われて送ってもらったそうです。


 リアルガー公爵家は他の公爵家に比べてとても気さくで人懐こくて貴族としてはあまりに異質の存在だと聞いていましたが――まさか自ら進んで足を買って出る程とは。


「遅くなってごめん」


 深く頭を下げるリュカさんを責める言葉なんて、一つも思いつきません。

 強いて言えば――


「……リュカさん。どうかこれからは、ステラではなくスティと呼んで頂けませんか?」

「え……よ……呼んでいいの? だって、それ、家族しか……」

「ええ……でも貴方にステラと呼ばれると、ちょっと辛くなると言うか……」


 私の立場も、ウェス・ティブロンも、ステラの願いによって叶ったもの。

 だから私の功績がステラの名で残る事に全く抵抗はありません。


 でも――この人にはステラの名で呼ばれたくない。

 だけど本当の名前システィナで呼ばれる事も許されない。


 それならせめて――伯父様やお父様、兄様が私をスティと呼ぶように。

 ステラとは別の存在として受け止めて欲しい。


「私……貴方だけはステラに取られたくないんです」


 私の訴えにリュカさんが顔を真っ赤にして黙り込んでしまいました。


「あっ……ごめんなさい、まだ正式にお付き合いも始めてないのに、愛称で呼んでほしいとか取られたくないとか、重いですよね……!」

「いや、重くない! めちゃめちゃ軽い! スティって呼んでいいならめっちゃ呼ぶ! 俺の事だってリュカでもリュカイオンでも好きに呼んでくれていいし……!」


 めちゃめちゃ軽いとまで言われるとそれはそれで軽んじられてる気がしてしまうのですが――でもリュカさんがそういうつもりで言ってる訳じゃないのはよく分かっています。


「スティ、さん……あの、俺は正式に君とお付き合いしたいんだけど、いいかな? 結婚だってするつもりだし、ここに骨を埋める覚悟も出来てる。皆もそれ分かった上で着いて来てくれた」


 真剣な目で私を見つめるリュカさんと、キラキラした目で私を見つめる魔獣達。

 私も相当重い女ですが、リュカさんも程よく重いようです。


 その程よく重い、暖かな愛情で私を包んでくれたから。

 溺れそうな程深い愛情で私の心に空いた穴も、傷も埋めてくれたから。


「喜んで、お受けします……リュカイオン」

「あ、ありがとう、スティ……」

「……何だか、照れますね」

「……ああ。でも俺、今すごく幸せ。君に名前呼んでもらえて」

「……私も、幸せです」



 翌日――リュカさん達が戻ってきた事で村は大いに賑わい、そこからすぐに温かな春が訪れ――私は村人達とこれからの村について話し合いました。


 予想通り伯父様が『伯爵位は荷が重すぎる』と辞退した為、私がウェサ・ティブロンの領主、つまり女伯爵になったのですが――


「女伯爵の結婚に備えてちゃんと教会作った方がいいよなぁ」

「皆さん、私の事は気にせず」

「でも、また突然公爵来るかもしれねえし……紺碧の大蛇様祭ってる場所が無いとバチが当たっちまうんじゃないか?」


 確かに――以前ルヴィス公爵達が村を訪れた時はあまり村に興味が無いようでしたが、教会があれば再び訪れた時の心証が良くなるかもしれません。


「学校作る許可も貰ったんだろ? なら少し大きめに作れば学校にも倉庫にも使えるしな」

「そうだそうだ、フカワニサメもいなくなったし、小舟を置いておく場所も必要だ」

「リュカの魔獣達の小屋も作ってやった方がいいんじゃないか?」

「青ペンギン達の小屋も必要だろ。もう雪洞作り直しは勘弁だ」


 様々な意見が飛び交う中、村の皆さんが最優先で作り出した教会は、夏に入る頃には立派に出来上がっていました。


 メルカトール商会のツテを頼って購入した紺碧の大蛇をモチーフにしたステンドグラスが中央に飾られて、そこから陽の光が紺碧に変わって差し込まれる教会はとても神秘的で、村人達に好評でした。


 そして教会が完成したらすぐ結婚式をあげよう! という話になっていた為、お互いにお世話になっている方へ招待状を送り。


 教会の完成と時ほぼ同じくして届いた、ライゼル卿のプレゼントと、約束通り友情価格で用意してくれた朱色のドレスも、シアークヴァレのヴェールもとても美しく。


 そして、結婚式当日――よく晴れた空の下、教会で朱色のドレスを纏った私を見に来た子ども達から感動の声が上がりました。


「うわー、先生、すっごく綺麗……!」

「このプルプルしてるヴェールも、凄く可愛いの!」

「ふふ……このヴェールには色がついていないから、ヨヨも結婚する時に使うと良いわ」

「あっ、いいな! 私も被りたい……!」


「うわー! 紺碧の大蛇様に続いて真っ赤ででっかい竜も来たぞー!」

「えっ、でっかい竜……!?」


 バタバタと駆け出す子ども達を見送った後、教会の窓から海を眺めます。

 陽の光を受けてキラキラと煌めく海は、私がここに来た頃と全く変わっていなくて。


(ねえ、ステラ……私は貴方の願いを叶える事が出来たかしら?)


 歴史に名を刻みたいと貴方は願っていたけれど――それまでの貴方の手紙はこの村の事でいっぱいだった。


 退屈で何もない村だと書いていても、海がとても綺麗な事。伯父様やおばあ様の事。村の人達の事。

 貴方の手紙は色んな愛で溢れていた。


 どれが貴方の本当の願いだったのか、私には分からない。

 だからこれからもできるだけ、貴方が願いそうな事を叶えていくわ。


 このウェス・ティブロンとここに居る人達を守って、歴史に名を刻むような功績を残して。

 おばあ様や伯父様を助けたり、もっといっぱい本を集めたり。貴方が喜んでくれそうな事を、できる限りやってみせる。


 それが私の、貴方への精一杯の恩返し。

 私の功績は全部、命懸けで私を助けてくれた貴方の功績。



 教会のドアが開く音で我に返ると、入り口にリュカさんが立っていました。


「あ、ごめん……式が始まる前に、これ渡しておこうと思って」


 近づいて来たリュカさんが手に持っているのは、小ぶりで可愛いブーケ。

 朱色の花と明るく紫がかった青の花――この辺りでは見ない花です。


「リュグル達が見つけて、今朝リュドラに乗って俺が摘んできたんだ。それで、村の人達が綺麗に纏めてくれて」

「まあ……」

「それで、あの……スティ、すっごく綺麗だ……一瞬、女神様かと思った」

「ふふ……リュカさんも、とっても似合ってます」


 私の魔力の色に極力寄せて染め上げたスミフラシのタキシードはとても鮮やかで。


「……相手が自分の色に染まるって、こんなに嬉しいものなんですね」


 皇国の結婚式では互いに互いの魔力に寄せた色のドレスやタキシードを纏うのが慣習で、私も何度も人の結婚式を見てきました。

 その時の新郎新婦達のように、幸せいっぱいな笑顔に私もなれているでしょうか?


「……リュカさん、私、今、すごく幸せです。本当に……」


 価値を失くした時に、もう二度と私を愛してくれるなんていないと、幸せになる事なんて出来ないと思っていたのに――


「……俺も、幸せだよ」


 リュカさんにギュッと抱きしめられるこの、温かい感覚――続いて重なる、温かくて柔らかい唇の感触。


 この人となら、きっとこれからも幸せを紡いでいける。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 これにて本編終了です……! ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました!


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