第77話 朱色の流れ星
伯父様を助けた後、家に場所を移し村人達にティブロン村がウェス・ティブロンになった事を説明しました。
アクアオーラ領からラリマー領に変わる事でティブロン村がどう変わるのか、と言われるとこれまでと特に変わる事はなく。
ただ、アクアオーラ領から課せられていた重税をもう支払わなくて良くなった事、今後アクアオーラ侯爵家から干渉される可能性は限りなく低い事を伝えると、歓声が沸き上がりました。
嬉しそうに集落に帰っていく村人達や子ども達を見送った後、青ペンギン達の治療で疲れきって机に突っ伏している伯父様から何故リュカさんに私の事を話したのか尋ねると、
『ゴーカがリュカ君を連れて君をステラじゃないと言い出したから、言うしかなかった』
まさか、ゴーカが私がステラじゃないと気づいていたなんて――聞いた瞬間は冷や汗が滲みましたが、彼がこの事を大事にするつもりはなく、今の時点でも一切話も広まってないと聞いて、肩の力が抜けました。
青ペンギン達の前で話していた時も彼はいつもと変わらない態度だったので、私もこの話題を掘り返さない方がいいのでしょう。
翌日から村は青ペンギン達の朝の盛大な鳴き声以外は穏やかな日常に戻りました。
ただ、青ペンギン達は冬になる前に美味しいエサが豊富に食べられる北の海の方に行くそうで。
紫の節も終盤に差し掛かった頃、ここが気に入っているリュペン親子や体の弱った老ペンギン達や子ペンギン達、十数匹だけが残りました。
ペンギン達はちょこちょこと真珠を集めて来ては村人達にナデナデを求めてきます。
撫でさせたら人が喜ぶ、と覚えているのもあるのでしょうが、彼ら自身、撫でられる事自体結構好きなようです。
ニア達、魔獣使いと楽しそうに過ごすウミカモメや青ペンギン達はまるでリュカさんとリュルフ達のようで、見ている私も癒されます。
ただ、老ペンギンも子ペンギンも体調を崩しやすく、伯父様はいつもヘトヘトです。
私も夕方には伯父様が治療しきれなかったペンギン達を治すのに2、3回は治癒術を使う事になり、これがなかなか疲れます。
これは一日も早く治癒術を使える人を増やさなければ――と決意を固めた後、ルヴィス公爵とレイチェル様が空から
岩場でスミフラシを心ゆくまで観察するレイチェル様の隣で、死んだ魚のような目をしている公爵に海真珠で作られた二連のネックレスをお見せしながらここの村人達に魔法を教える必要性について伝えた所、公爵の目に一気に光が宿りご機嫌で学校を作る許可を頂く事が出来ました。
これで堂々と治癒術を教える事が出来ます。これもせっせと海真珠を集めてくれた青ペンギン達のお陰です。
また海真珠が採れたら娘の装飾品や家臣に贈るブローチやバッジに使いたい、と公爵の希望を賜った後、紺碧に輝く翼を広げる大蛇に乗って帰るお二人を村人総出で見送りました。
夜空に映える紺碧の翼はとても綺麗で――リュカさんと一緒に見られたら良かったのに――なんて、思ったり。
公爵達の突然の来訪から間をおかずに桃の節に入り、アーティ兄様がスミ落としの薬を持って来てくれました。
もうメルカトール家からの果物の援助はありません。重税を払う必要もなくなり、オルカ商会に果物を依頼すれば輸送費がだいぶ軽減される事もあり、村の稼ぎで十分補えるようになったからです。
これからはウェス・ティブロンがメルカトール商会に恩を返す番――と思ってスミ落としの薬を少し高めに買い取る事。
手に入れる手間やこれまでの恩を考えるともう少し値を上げたかったのですが、お父様と兄様から『この位に抑えておいた方が、未来の村人達の為になる』と説得されました。
そしてスミ落としの薬を使ってゴーカがスミを落とした事をライゼル卿に伝えると、彼の厚意で
迎えの馬車が来る日の朝――ゴーカが私を訪ねてきました。
「先生……俺、戻ってきたら麗しの女王様にふさわしい凄い装飾品作って、先生の願いを叶えるの手伝うから」
「ありがとう、ゴーカ……でも、私が言われているのは女傑で、女王様とは違……あっ!」
大切な訂正をちゃんと聞いてくれないまま、ゴーカは走って行ってしまいました。
そして村を出るゴーカが羨ましくて「オレも」「私も」と子ども達がスミ落としの薬に次々挑戦したのですが――想像以上の悪臭に耐えかねて皆断念しました。
「どうしてもここを出たくなった時にまた挑戦する……!」
「私も……!」
ガックリと肩を落として帰っていく子ども達ですが、いざという時にスミを消す方法がある、という事実はこれから彼らの支えになってくれるでしょう。
そして、あっという間に冬が来て――リュカさんがいない冬はとても大変でした。
防寒具を纏った村人達が雪かきを手伝ってくれたのですが、それでもリュカさんがこなしてきた雪かきの量には半分にも及ばず。
雪洞もリュカさんが作った物とは質が違う! とリュペン達が不機嫌になり、村人達が何度も作り直しを要求されていました。
リュカさんに雪洞を作るコツ、聞いておけば良かったです。
「あの子達はいつ戻って来るのかねぇ……」
おばあ様もリュカさんや魔獣達がいなくて寂しがっています。
灯台灯の熱に加えて、おばあ様の身の回りの物――衣服や布団なども温かい物に買い替えて以前よりは大分過ごしやすくなっているはずなのですが、おばあ様はリュルフのモフモフの毛を撫でたくて仕方ないようです。
「もうすぐ春になるけど……あの子達が本当に戻って来てくれるのか、あたしゃ心配で仕方ないよ……ステラ、あんたは心配じゃないのかい? 告白されたんだろう?」
「……リュカさんは絶対私の所に帰ってくるって言ってたから。全然心配してないわ」
――絶対に君の所に帰ってくるから!
ヨシュア様に時間を急かされての、ごくごく短い時間で交わしたリュカさんの言葉は思い返す度に私を温かく包んでくれるのですが――
「……あんたのお爺ちゃんも同じ事言って帰って来なかったんだよ」
悲しい事に私を元気づけるリュカさんの言葉はおばあ様の逆鱗に触れてしまったようです。
「オズウェルができたら『絶対帰ってくるから』ってフラッと何処かに行って、数年後に本当に戻ってきて……でもマデリンができたらまた同じ事言ってそれっきり……一回目はまだいいけどね、二回目の『絶対帰ってくるから』は絶対に信用しちゃいけないよ」
リュカさんが誠実で良い人なのはおばあ様も分かっているはずなのですが『絶対帰ってくるから』はおばあ様にとって本当に禁句だったようで。
聞けば聞く程酷い話にどう答えていいか分からず、風が吹いてきた事を理由に灯台を下りました。
おばあ様の話を聞いても、私の心は揺らぎません。あの人は絶対に帰って来てくれる。
けれど――世の中何が起きるか分からないものです。
いくら本人が戻ろうとしても、事故にあったり、賊や魔物に襲われたり、病気になったり――
(……おじい様ももしかしたら、そういう理由で戻って来れなかったのかも知れません)
けれどそれをおばあ様に言ったところで、おばあ様を苦しめてしまうだけ。
何が真実か分からない以上、綺麗な絶望の可能性を突きつける必要もありません。
リュカさんは今も無事に過ごしているのか――不安な気持ちを抱えて外に出て、踏み慣らされた雪に足を取られないように気を付けながら再び空を見上げると、丁度一筋の流れ星が見えました。
かつて、私とマイシャの願いを叶えた流れ星――あの時は星に一生懸命祈る妹の願いが叶えば、と思いましたが――
(……今度はちゃんと自分の為に願いましょう)
両手を組んで、しっかりと空を見上げて――キラッと星が動いた瞬間、強く願います。
(リュカさんが無事に帰ってきてくれますように……!)
リュルフ達と一緒に。笑顔で。そしてまた、あの時の様に抱きしめて欲しい――
(……あら?)
流れ星が消えるまでにいっぱい願いを込めていたところで、流れ星がなかなか消えない事に気づきます。
夜空で不思議な軌道を描く流れ星は、徐々に赤みを帯びて段々大きくなっていきます。
何だか段々、こちらに近づいてきているようにも見える真紅の流れ星――そして、その中央に、ほんのり見えるのは、朱色。
(まさか……)
そのまさかに答える様に星の中心はハッキリと竜の形になり、ブワりと羽を広げて雪面へと降り立ち。
「ステラさん、ただいま!」
「……おかえりなさい、リュカさん」
真紅の巨竜から飛び降りたその人は、5節ほど前に別れた時と変わらない優しい笑顔を見せてくれました。
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※本日2回目更新。明日10月11日(金)7時頃最終話更新予定です。
(まだ最終話書きあがってないので7時~8時の間に更新できたらいいなぁ位の気持ちでいます)
本作は主人公の「精神的に物凄く落ち込んだお淑やかお嬢様」の感覚を掴むのに苦労し、展開についてもこういう展開で読者は面白いと思ってくれるだろうか? と度々悩まされました。
それでもここまで書ききれたのはフォローや☆や❤、コメント等で応援してくれた方々のお陰です。
本当にありがとうございました……!
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