第60話 冷たい火花・1
(遅かれ早かれ、会う事になるとは思っていましたが……)
周囲の注目を集める中、ふらふらと近寄って来るコンラッド様と私の間をライゼル卿が遮りました。
「これはこれは、コンラッド様。お久しぶりです」
「……ライゼル殿、この女性は君の連れか?」
「ええ。ティブロン村のステラ嬢です。マイシャ様に断られたと言ったら自分のせいで申し訳ない、と謝られまして……悪いと思っているなら自らドレスを着て宣伝してもらおうと思いまして」
動揺の色を隠せないコンラッド様には、ライゼル卿の言葉があまり耳に入っていないようで、まじまじと私を見つめています。
「……貴方がコンラッド様ですね。システィナ様から手紙を通して色々聞いております」
「本当に、システィナじゃ、ないのか……? 確かに雰囲気は違うが、魔力は……いや、魔力も少し違う、か……?」
私を注視するコンラッド様の表情は徐々に動揺から困惑へと変わり。
(ここに来る前に
顔つきや雰囲気は化粧や態度で変えられても、魔力の色は変えられません。
他人の魔力を受け止めたり、特殊な魔力を帯びた食べ物を食す事で一時的に本来の魔力を誤魔化せる程度です。
公爵家のような特殊な色でもない限り、他家や個人の魔力の色を鮮明に覚えているのは余程近しい家や、家族や恋人くらいのもの。
コンラッド様というより、長年共に過ごしたマイシャに気づかれてしまう危険性を考慮して食べておいたのですが――
(……コンラッド様は私の魔力の色を、まだ覚えてくれているのですね)
微かに疼く心を宥めながら、眉を下げて微笑みを張り付けていると、コンラッド様と腕を組んでいるマイシャにも声をかけられました。
「……久しぶりね、ステラ」
ちゃんとマイシャと向き合うのは、3年ぶり――でしょうか。
艶のあるゆるやかな銀髪に、ぱっちりと見開いた青の目、お人形のような可愛らしい顔立ち――子どもを二人も産んでいるにもかかわらず、あの頃と変わらぬ華やかな美を湛えている。
育児も放棄して贅沢三昧しているとは聞いていましたが、自身の美に関しては並々ならぬ努力しているようです。
「わざわざアクアオーラの辺境からこんな遠い所までやって来るなんて……病気はもう治ったのかしら?」
「ええ、マイシャ様。お陰様ですっかり治りました」
嫌味な挨拶は想定内。お礼の言葉を返したものの、マイシャはその程度では気が済まないようで。
「そう……そんなに元気ならお姉様の葬儀にも出て欲しかったわ」
「申し訳ありません、その頃は立って歩くのがやっとで……システィナ様を慰める手紙も書けませんでした」
「へぇ。それで元気になった途端、こんな所まで来たの? 私だったら罪悪感で押し潰されて来れないわ」
「マイシャ、そんな言い方は」
先程コンラッド様の動揺で周囲の喧騒が静まっていた中、マイシャの明らかに悪意に満ちた言葉が響き、聞きつけた周囲の視線が一層集まります。
コンラッド様が驚いた様子で諫めるも、マイシャは止まりません。
(……悪意)
そう。これは間違いなく、私とライゼル卿に対する悪意――何を言っても全て悪いように受け取られます。
こんな人目に付く場所で、コンラッド様が横にいる中で表立った悪意はぶつけて来ないだろうと思っていたのですが――私が想像していた以上に私がライゼル卿といるのが面白くないと思っているようです。
さっさとこの場所を離れたい、と思うもののここで離れて別の方々とお話している間に再びマイシャに絡まれたら厄介です。
それに――先程までコンラッド様達とお話していたらしい貴族の方々が興味津々で私達の様子を伺っています。
「本当に……お姉様が不憫だわ。こんな薄情な人の為にせっせと大切な絵本を贈っていたなんて……」
目を潤ませて、悲しそうな声で悲劇のヒロインを演じて周囲の同情を惹こうとしているマイシャを放置した途端、彼女は野次馬に囲まれてある事ない事言いふらすでしょう。
ここは言い返さずに、やり過ごすのが最適――
「それに、そのドレス……スミフラシで染めた物でしょう? よくあんな気持ちの悪い生物の体液で染めたドレスでここに来られましたわね?」
周囲がざわつくと共に、
「ライゼル卿が帰った後、わたし、嫌な予感がして調べさせたの……スミフラシってどんな生き物なんだろう? なんで貴方はわたしを頼ったんだろうって……」
抑揚をつけたマイシャの言葉に皆聞き入っています。
「調査員が持って帰って来た写真を確認すると、想像以上に気持ちの悪い生物でしたわ……そう、例えるなら……大きな
マイシャが恐怖で肩を竦める仕草をすると同時に、こちらに一斉に嫌悪の視線が向けられます。
(この場で、ここまであからさまな嫌がらせをしてくるなんて……)
「いくら美しくても、蛞蝓の体液で染めたドレスなんて、わたし絶対着られませんわ。貴方も、ライゼル卿もそんな物を黙って私に着せようとするなんて……わたし、凄くショックだったわ……!」
あの時――私に家の為の選択を迫ったマイシャも、こんな顔をしていたのかもしれませんね。
そう、本当に辛そうな顔で――心の中では自分の優位性に浸って笑っているのでしょう。
「マイシャ様、私は貴方を騙すつもりはありませんでした。スミフラシがどういう生物かを説明する前に『ステラ嬢の話は受けたくない』と私を追い出したのは、貴方ではありませんか」
「ライゼル卿……貴方はこの女に騙されているの。私、ステラの村の事も聞いたのよ。スミフラシのスミは一度着いたら落ちない……だから村人達の手足も口も真っ青に染まっていて、呪われた村と蔑まれてるそうね? わたし、ラリマー領の一都市の領主夫人としてそんな危険な物絶対広めさせるわけにいかないわ」
「スミフラシのスミは一度乾けば色移りしません。マイシャ様が恐れているような事にはなりませんよ……それに私もパーシヴァル卿もアーティ卿も、その特性を十分承知した上でこの美しい青を広めようと思ったのです。ステラ嬢に騙された訳ではない」
ライゼル卿の淡々とした説明の中には「この話はメルカトール家も関わっている話だぞ」という警告も含んでいるのですが――ライゼル卿が引き下がらないのが気に入らないのでしょう。
「そもそも、万が一色移りするような危険性がある服をステラ嬢自ら着てここまで来ると思いますか? 貴方が『冷たく狡猾な女』と毛嫌いしている女性が自らリスクを背負う物でしょうか?」
「……ステラがスミフラシの服を着られるのは当たり前よ。元々汚れている部分が汚れた所で大した事ないでしょう? それに……ステラはスミフラシを食べる位スミフラシが好きなのでしょう?」
調べさせたと聞いた時点で、嫌な予感はしていましたが――
私に集まる視線が感嘆から嫌悪や恐怖に変わっていきます。
「お父様は病気だと誤魔化していたけれど、そんな気持ち悪い物を食べてたからだったのね? それとも、そんな物を食べ続けていたから変な病気にかかったのかしら? そうなると……自業自得で病気になった癖にメルカトール家のお金を使って治したの?」
「マイシャ様……!」
「ライゼル卿……この場でこの女を庇っても、貴方の名誉が貶められるだけよ? それにこの女に協力して、誰かが被害にあったら貴方も身を滅ぼしてしまうわ……わたし、貴方の為に言ってあげているのよ? この女と関わり続けている限り、ラリマー領では一切商売できないと思いなさい」
ああ、またこの子は誰かの為と言い訳して、自分の意見を押し通そうとしている。
悲劇のヒロインを気取りながら、自分を不快にさせただけの女を公の場で率先して貶すという暴挙にまで出て――
(お父様、お母様、アーティ兄様……私がマイシャを貶める事、どうかお許しください)
私はもう――誰にも大切な物を奪われたくないのです。
「……システィナ様が仰られていた意味が、よく分かりました」
「……は?」
「システィナ様から送られてくる手紙には<マイシャはとても可愛らしいけれど、他人の為と言いながら自分の我儘を押し通す悪癖があって困っている>と、しばしば悩みが綴られていましたの……今のマイシャ様を見て、システィナ様の心労が手に取るように分かりましたわ」
マイシャの表情が固まり、周囲がどよめきました。
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