第59話 再会


 ウェス・セルパンは公爵家が直接統治するラリマー領の主都という事もあってウェスト地方で最も大きく、最も美しいとされる最高の都市です。


 公爵家が美しい物を好む縁で、私も何度か<ウェス・アドニスの花>として生誕祭のパーティーに招かれた事があります。

 その頃と変わらぬ、様々な青色が他色と綺麗に調和した、洗練された街並みに懐かしさを覚えます。


 そして、都市の中央にそびえたつ――見上げても横を向いても先が見えない、美しく壮大で厳かな青の城。

 城門から城まで張り巡らされた水路や至る所にある噴水が響かせる水の音と、済んだ空気――空が赤く染まってもなおその青をくすませない幻想的な城に向かう、多くの貴族達。


 その中でキョロキョロと物珍し気に周囲を見回すライゼル卿は周囲から生暖かい視線を向けられていますが、彼はその視線を何とも思っていないようで。

 嬉しそうな表情で振り返った彼は、驚いたように目を丸くして私を見つめます。


「……この城を見ても全く動じない貴方は本当に度胸がおありで」

「いえ……私はあまりの美しさに感動して言葉が出ないだけですわ」


 ライゼル卿と3歩分の距離を保って立ち止まると、ライゼル卿の表情は驚きから苦笑に変わりました。


「そうですか……ところで、ステラ嬢……一応、連れという形で貴方を連れている以上、もう少し寄り添って歩いた方がいいと思いませんか? 他の招待客は皆仲睦まじく寄り添っていますよ?」


 この場に招待された者が連れて来るのは、大抵伴侶か結婚間近の婚約者、あるいは身内です。

 仲睦まじく寄り添って当たり前の方々ばかりの中、人一人分の距離を置いて歩く私に苦言を呈するのは仕方ない事かもしれませんが――


「ライゼル様……私と二人で来ている時点で十分マイシャ様を煽っているのです。この場でマイシャ様をこれ以上煽っても、良い事など何一つありませんわ」

「そうでしょうか? 私はマイシャ嬢にコンラッド卿と仲睦まじい姿を見せつけられた時、何としてでもその瞳に自分を写させたいと思いましたが」

「ライゼル様はそうだったかもしれませんが、マイシャ様は違います。私達を見てマイシャ様が私の事はもちろん、ライゼル様も『敵』として認識すれば、オルカ商会のウェス・アドニス及び周辺での商売は上手くいかないでしょう……メルカトール商会ともどうなる事やら」


 都市の領主夫人であるマイシャに敵として憎まれる事がどれだけ不利益を被るか。

 短い沈黙の間にライゼル卿は考え直したのでしょう。

 

「……そうですね。壮大で美しい城と、その城にふさわしい絶世の美女を前に、少々気が大きくなってしまったようです」

「冷静になって頂けて良かったです。マイシャ様に意趣返しされたいのであれば、どうか私以外の女性に頼んでくださいませ」


 にこやかに返すとライゼル卿は視線を逸らし、再び前を向いて歩き出しました。

 彼の後に続いて歩いていると、チラチラと周囲からの視線を感じます。


 不自然にならないように視線を向ければ、こちらを見ているのは美しく着飾った貴族達。


「……あの美しい方はどなた?」

「あのドレス、とても綺麗だわ……」

「なあ、あの女性……誰かに似ていないか……?」


 ちらほらと聞こえてくる言葉の中には不穏な言葉も混ざっていますが、大体が好意的な声でホッと息を付きます。

 

 オルカ邸で過ごすようになってから、私は以前の私に――アドニスの花と呼ばれた頃の私に近づけるように全力を注ぎました。


 体型はもちろん、髪や肌の艶、声色、言葉遣い、表情や仕草――元に戻るだけ、いえ、その頃以上の威厳を、と目指した結果、このパーティーに出ても恥じぬ状態に持ってくる事が出来ました。


 長い間手入れを怠った身で、ここで通用するような美を再び手に入れられるだろうかと不安はありましたが、持って生まれたものとそれを活かせる環境に恵まれた幸運に感謝します。


 そして私が今身に着けている、ドレス――スミフラシで染めた絹のスレンダーラインのドレスは胸元や袖に藍色の細やかなレースが縫い付けられ、裾には大小の真珠やスパンコールをちりばめた、周囲を惹き付けながらも着ている者に威厳を持たせる物に仕上がっています。

 更にオルカ商会がスミフラシの布同様に推している素材で作られた、半透明の薄く艶やかなショールが付ける者の神秘性を強調しています。


 最後に、青真珠のネックレスとイヤリング――これらは珍しい物ではないのですが、ティブロン村でリュペン達が取ってくれて、子ども達が粒をそろえてくれて、ゴーカが装飾品にしてくれた物。

 私の笑顔を作ってくれる、とても心強い装飾品です。


(ここにはお父様も兄様も、伯父様もいないけれど……大丈夫。皆が私を支えてくれる)


 伯父様は私がステラの願いに固執している事を心配していましたが、違うのです。

 歴史に名を残したいというステラの願いと一緒に――私も自分の願いを叶えたいのです。


(そう。大丈夫……私はもう、大丈夫)


 そう自分に言い聞かせていると、心配そうに私を見つめる、あの人の姿が脳裏を過ぎり――


(本当に……貴方がいなくても、私は……)


 小さく首を振った後、大きく息を吸って城の中に入り、案内に従って大広間に向かいます。



 生誕パーティーは大広間の他にも複数のサロンを解放するので、広い廊下も常に貴族達の往来があります。


 多くの人から動揺と好ましい視線を半々に浴びる中辿り着いた大広間には既に多くの貴族達が集まり、ところどころで談笑していました。


「侯爵家のパーティーにも呼ばれた事があり、その時もかなり感動したものですが……公爵家のパーティーはスケールが違いますね……」


 感心しきりのライゼル卿はウェサ・クヴァレに驚いていた子ども達の姿が重なり、微笑ましい気持ちになります。


「さて、ステラ嬢……お目当ての方はこの辺りにはいないようですが?」

「サロンの方にいらっしゃるのかも……どうしましょう? もしライゼル様が声をかけたい方がいらっしゃるなら、そちらを優先して頂いても……」


 

「システィナ……!?」



 聞き覚えのある声が私の周囲の喧騒を静めました。

 声の方を向けば、少し離れた場所にいる、コンラッド様とマイシャが驚いた様子で私を見つめていました。

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