第54話 大嫌いな従姉妹・2(※マイシャ視点)



 お父様のお願いを聞き入れて二節後、ライゼルがやってきた。

 「商売の話なら子どもはいない方がいいだろう」とお義父様が子どもを連れて行き、代わりにコンラッド様が付き添ってくれる事になった。


 パーティーでわたしを見つめる彼の熱い視線はコンラッド様も気づいていたようで、わたしが口説かれたりしないか心配だから同席したいと言ってくれたのだ。


 侍女やメイドに付き添われてあらぬ噂を立てられるよりコンラッド様がいてくれた方がいい。


(それに、コンラッド様は領主としての仕事が忙しいからって、ここしばらく二人の時間を取れてないし……)


 領主の仕事が大変なのは分かるけど、ずっと放っておかれるのは気に入らない。


 わたしを放っておいたら他の男に取られちゃうかもしれない、って危機感持ってくれたらいいな――なんて思いながら応接間に入ると、壁に掛かっていた絵画を見ていたらしいライゼルと目が合った。


「お久しぶりです、マイシャ様。体調はいかがですか?」

「ええ、お陰様で妻も子どもも健やかです」


 わたしに対して握手を求めてきたライゼルの手をコンラッド様が遮った。


(ふふ……男達がわたしを取り合う、このピリッとした緊張感、久々だわ)


 ライゼルはコンラッド様の態度に少し驚いた様子だったけど、懲りもせずわたしに熱を持った眼差しで微笑みかけてきた。


「マイシャ様、すみません……パーシヴァル卿から貴方が了承したと連絡を受け、すぐにでも駆け付けたかったのですが、先に生地やデザイン案を何枚か揃えてからお見せした方が良いと思いまして」


 諦めない、と言わんばかりの彼の微笑みは多くの女性を魅了しそうな位甘いもので。


 この人がコンラッド様と財も身分も同じだったらハラハラしたけど、コンラッド様は都市の領主でこの人は平民上がりの商人貴族だもの。何か仕掛けてくるはずがない。

 わたしはそっと抱き寄せてきたコンラッド様の傍で、安心して彼のやきもちと緊張感を楽しめる。



 挨拶を済ませた後、ソファに座った私達はライゼルから手渡されたデザイン案を見比べる。


 フリルが沢山あしらわれたドレスのイラストに目移りする中、「これらがドレスに使おうと思っている素材です」とテーブルに広げられた、青真珠や透明なレース――その中でも青い絹の巻物は艶があって、ひと際異彩を放っていた。


「これは、確かに美しい青だな……なにで染めたものだ?」

「アクアオーラ領のティブロンという漁村に生息している、スミフラシという生き物の体液で染めています」

「えっ、体液……!?」


 思わず嫌悪の声を上げると、ライゼルは優しく微笑った。


「ははは、安心してください。匂いもしませんし、ベタついたりもしません。きちんと手入れした毛皮や革と似たようなものですよ」


 そう言われても、一度体液と聞いてしまった脳はこの布を拒絶している。

 断りたい――と思ったけど、お父様はこの件が解決したらわたし達に余裕もって接してくれるようになる。


 気持ち悪いと思ったけど、一応匂いを確認してみる。

 確かに、心配したような生臭い匂いはしない。感触も上質な絹そのもの。


(ここで断ったら、お父様とまた面倒臭い事になるわ……アクアオーラ領の貴族達は着てるみたいだし、これで私や子ども達に目をかけてくれるって言うんなら、一回くらいは着てあげてもいいか……)


 嫌悪感と家族の義理を秤にかけて考えていると、


「ライゼル殿……ティブロンというのは、もしやマイシャの伯父が村長を務めている村か?」

「ええ、よくご存じで。村長はマイシャ様の母方の伯父にあたるそうで……今回この話をマイシャ様にお持ちしたのも、村長の娘から従姉妹のマイシャ様が着ればとても映えるだろうと勧められたからです」


 従姉妹、と聞いて物凄く嫌な予感がした。

 母方の伯父、従姉妹――私はその親子を知ってる。


(待って……この話は、お父様が、ライゼルがわたしを頼ってくれたんじゃないの?)


 それを問いただす前に、コンラッド様の言葉が重なる。


「娘……ステラ嬢は息災か?」

「ええ。麗しく奥ゆかしい容姿の割にとても行動的な方で……ウェサ・クヴァレに行商に来られた事が縁で知り合」


「ちょっと待って……! 何でコンラッド様までステラの事を知ってるの……!?」


 無意識に声を荒げると、二人はきょとんとした顔でわたしを見つめてきた。


「何で、って……システィナが生前、文通している従姉妹がいると話していたんだ。体が弱いらしくて、何かしてあげられる事はないだろうかと気にかけていた」


 戸惑いながら答えるコンラッド様に、苛立ちが募っていく。


 確かに、お姉様はステラと文通してた。

 自分が読み終えた絵本もせっせと贈って、お父様やアーティ兄様の印象を良くしてた。


 そんなお姉様が嫌だったけど――あの、気持ち悪い、化け物みたいな舌を持つ従姉妹はもっと嫌だった。


 わたし、あの時本当に怖かったのに。だからお父様のところに行ったのに。

 なのに皆、あの子を庇った。わたしを責めた。わたしを悪者にした。


 ――何でわたしが、あの生臭い化け物に利用されなきゃいけないの?


「……やめた」

「マイシャ様……?」

「貴方にもお父様にも悪いとは思うけれど……わたし、この話受けれらないわ」

「そんな……理由をお聞かせくださいますか?」


 食い下がるライゼルを疎ましく思いながら、頭を巡らせる。


 今ここにはコンラッド様がいる。

 ここで子どもの頃に会った、気持ち悪い子の言う事なんて聞きたくない――なんて正直に言ったら、コンラッド様がわたしに幻滅するのは目に見えてる。


 それなら――


「……ステラはお姉様が誘拐されて以降、全然手紙を送って来なくなった、すごく冷たい人なの」


 これは嘘じゃない。お姉様が誘拐されてからステラの手紙は止まった。

 お姉様から絵本をねだっていたけど、ねだれなくなったから止めたんだ。


 そう――何もかも失ったお姉様の泣き言とか聞きたくないから離れたんだ。

 可哀想な姉様。下に見ていた従姉妹にまで媚びる価値無しと見限られたなんて。


「お姉様が価値を失くした途端見限って、葬儀にも花一輪手向けに来なかった癖に、今更お父様やわたしに取り入ろうとするなんて……許せない!」


 あの生臭くて気持ち悪い子のせいでわたしはお父様に散々叱られたし、いつも慰めてくれるお姉様も庇ってくれなかった。


 お姉様と文通するなら、わたしに不快な思いをさせて申し訳なかった、って一言があったっていいのに、お姉様からそんな事一度も言われた事ない。


 そんな女から頼られたところで気持ち悪いの一言しかない。

 麗しいとか、元気になったとか――本当気に入らない。イライラする。


「しかし、マイシャ様……この話はメルカトール家も関わ」

「帰って! その女と手を切らない限り……いいえ、これがあの女の村で作られているっていうなら、この話は絶対に受けられないわ……!」

「…………分かりました。知らなかったとはいえ、不快な思いをさせてしまって申し訳ありません。本日はこれで引き上げさせて頂きます」


 ライゼルが付き添いの部下達と荷物を纏める中、わたしはコンラッド様に付き添われて退室した。



(ああ……お姉様の怨霊が消えたかと思ったら、次は従姉妹ステラが関わってくるなんて)


 私室に戻り、メイドが運んできた水を一気に煽った後ベッドに横になると、すぐ傍に腰かけたコンラッド様の声が落ちてきた。


「マイシャ……大丈夫かい?」

「取り乱してごめんなさい、コンラッド様……でもわたし、もう天国のお姉様に顔向けできない事はしたくなかったの……」

「マイシャ……君の気持ちは分かってるよ。私も、もうこれ以上システィナが悲しむような事はしたくない。ただ、先ほどの話はメルカトール家にも……」

「ええ、またお父様と険悪になってしまうわ……でも、わたし、本当に……ごめんなさい……」


 そう、お父様もお父様よ。

 会った時にちゃんとあの女の頼みだって言ってくれれば良かったのに。本当、最悪な気分だわ。

 ステラの村で作られた布なんて纏ったら、私まで舌がまだらになる病気にかかってしまうかもしれないのに。


「……マイシャ、大丈夫だ。パーシヴァル卿には私から説明するから。君は何もしなくていい」


 優しく髪を撫でてくれるコンラッド様の指が、心地いい。

 そう、ここには私を責める人なんていない。私の気持ちを尊重してくれない人なんていない。


 ライゼルもお父様も、わたしよりステラを選ぶなら好きにしたらいいわ。

 ステラを捨てたらまた仲良くしてあげても良いけれど、あの女と仲良くしている間は絶対に関わらない。


 傷ついた心を抱えるように身を丸めた後――わたしはいつの間にか眠ってしまっていた。


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