第53話 大嫌いな従姉妹・1(※マイシャ視点)


 お父様と久しぶりに再会したのは、娘のメイファが産まれて一節が過ぎた頃だった。

 アドニス家の援助を断ってから、全然わたし達に会いに来なくなったお父様は憑き物が落ちたかのように顔つきが柔らかくなっていて、腕に抱くメイファに優しいまなざしを向けている。


(やっと、お姉様の死を乗り越えたのね……)


 わたしの結婚式の時も初孫が生まれた時も険しい顔をしていたお父様の表情がやっと和らいだ事で、こちらの表情も自然と緩む。


「……オイフェも元気そうで何よりだ」

「ああ。一歳になったばかりだというのに、私の事をもうジジ、と言ってくれるようになってなぁ。この子はきっと、私やコンラッドを超える領主になってくれる」


 わたしの隣でオイフェを抱えてるアドニス伯お義父様はオイフェが産まれてからずっとこんな調子。

 ここで孫自慢してる時間があるなら、次期領主として頑張ってるコンラッド様を手伝ってほしいんだけど――


「一歳児相手にそこまで言うとは……流石に孫バカが過ぎるのでは」

「そんな言い方しないで。アドニス伯はオイフェやメイファの為に色々尽くしてくれてるの。お父様みたいに初孫相手に何も贈ってこない人よりよっぽど良いおじいちゃんだわ」


 そう、お義父様が二人の面倒を見てくれる分、わたしにはうるさく言われずに済んでる。

 息子達は目に入れても痛くない位可愛いと思ってるけど、一日2、3時間も言葉も通じない動物に向き合ってられない。


 そう乳母に言うと、そんな心構えでは駄目だと言い返されて。

 うんざりしている所をお義父様が割って入ってくれた。


 ――この子はまだ若い。自分を優先したい気持ちを無理に抑えて接しても子ども達に良い影響は及ぼさないだろう。それに乳幼児の記憶など酷く曖昧な物だ。親として向き合うのはこの子達が喋れるようになり、育てやすくなった頃でも遅くないのではないか?――


 わたしの為、そして子どもの為にそう言ってくれたお義父様。

 その事を友達に話すと「私は産んだ子を乳母任せにしてたら親にも義両親にも叱られたのに……!」「舅に恵まれたマイシャが羨ましいわ!」って羨ましがられた。


 だから、コンラッド様を手伝わずに孫の面倒を見るお義父様に不満はない。それに引きかえ――


「お父様は孫の為に何かしてあげよう、贈ってあげようって気にはならなかったの?」


 お姉様の死を乗り越えられないからって、わたしがコンラッド様と愛しあったり援助を断るように言った事が面白くないからって、ずっと面白くなさそうな顔して――


「わたしがしてる事が気に入らなくても……せめて、わたしがお腹を痛めて産んだ孫には何かしてくれたって良かったんじゃないの?」

「……そうだな。今抱えている件が解決したら、そうする余裕も出てきそうだ」


 お父様が優しいまなざしをメイファに向けたまま呟いた言葉にちょっと驚いた。

 私が文句言うといつも眉間にしわを寄せていたのに。


「……今抱えている件って?」

「それを話す前に……アクアオーラ領のライゼル殿を覚えているか?」

「ええ……確か、アクアオーラで商売をしてる方でしょう? たまにパーティーで見かけるけど……」


 あの人、お父様が余計な事言っちゃったせいで、わたしにまだ熱い視線を送ってくるのよね――なんて、お義父様の前では言えない。


 あの人と――ライゼルと初めて出会ったのは、とあるパーティー。


 わたしを取り囲む男の人の中で、一番カッコ良くて会話も弾んだ事を覚えてる。

 でも爵位は男爵だし、その上、お父様と同じ商人貴族。


 いくら見目が良くて喋りが上手くても商売を生業にしてる時点で(無いわ)と思ってたし、縁談の話が来ていると知った時は絶対嫌だと思った。


 容姿や頭脳、武芸に優れているのは当たり前だけど、高い地位についていて、誰にでも腰が低い人じゃなくて、滅多に都市を離れる事がない人と結ばれたかった。 

 だから、コンラッド様が欲しかった。


 星にも色神様にも一生懸命お願いして手に入れたコンラッド様を手放す気なんて最初から全然なかったのに、お父様ったら『お前がコンラッド様と離縁した時、引き取ってくれる男が必要だろう』なんて言うんだもの。


(まあ……結婚してからそんな視線を向けてくれる人、コンラッド様以外にいなくなっちゃったし、たまにあの視線を浴びるのは悪い気しないからいいんだけど)


 普段してほしい事をしてくれず、してほしくない事をするお父様にしては、珍しく良い事をしてくれたと思ってる。


「それで……その方がどうしたの?」


 わたしの問いにお父様がポケットから取り出したのは、思わず目を奪われる位、鮮やかな青のハンカチ。


「このハンカチは彼の商会で売り出している、スミフラシという染料で染めたものだ。見ての通りとても鮮やかな青という事で、最近アクアオーラの貴族達の間で評判になっている」

「ふうん……確かに、綺麗ね」

「ライゼル殿がこれをラリマー領にも広めたいそうでな……うちの商会に話が来た。しかし、ラリマー領の貴族達はアクアオーラ領の貴族に比べて上下関係が厳しく、保守的だ。……そこで、もうじき領主夫人となるお前に生誕祭でこの染料で染めたドレスを着てもらえたらと考えている」

「……本気で言ってるの?」


 ライゼルがわたしの事を諦めていないのは、お父様だって知っているはずなのに、わざわざ接点を持たせるような真似をしてくるなんて。


「ああ、本気だ。アドニス伯夫人という立場はもちろんだが、美しく華もあるお前が生誕祭でドレスを着ればラリマー領内で評判になるだろう。ライゼル殿も乗り気で、透き通るほど綺麗なレースや青真珠をあしらった、豪華で華やかなドレスにすると意気込んでいる」


 チラ、とお義父様の様子をうかがう。オイフェを膝に乗せたお義父様はどちらでもわたしの好きなように、と言わんばかりに微笑んでいる。


「ちなみにドレスの制作費用はライゼル殿の厚意でオルカ商会が全て持ってくれるそうだ」


 最近、コンラッド様が「アドニス家の資産が心許なくなってきたからドレスや装飾品を買うのは控えて欲しい」って言ってたけど――相手が費用を持ってくれるなら断る理由も無いわよね?

 

(……やっぱり、男には愛想振りまいておいた方がいいじゃない)


 お父様もお姉様もむやみやたらに男に愛想を振りまくなと言っていたけど、わたしに熱を上げる色男がわたしの為にタダで素敵なドレスを作ってくれるんだもの。 


「これがラリマー領に広まれば、オルカ商会と専売契約を結んでいるメルカトール商会も大分潤う……そうなればお前やこの子達に贈り物をする余裕も出てくると思う」


 正直お父様には叱られてばかりで、あんまり良い想い出ないけど――これからわたしと子ども達に尽くすって言うなら、引き受けてあげなくもない。


 せっかくお姉様の死から立ち直ったお父様を拒絶するのも可哀想だし。


「分かったわ。お父様の為に……いえ、メルカトール家の為に引き受けてあげる」


 お父様が私をお説教する事はあっても頼ってくる事なんて、今まで無かったから。

 

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