第49話 税金問題
これまでずっとティブロン村を放置し、援助もしてこなかった悪主からの手紙。
伯父様の様子から見てもロクな事が書かれていなかったのは明らかです。
「父上……何と書かれていたのですか?」
「……税金の督促だ。来春より使いの者を徴収に向かわせるから用意しておけと」
私が傍に居ると気づいた伯父様は一瞬驚いた顔をした後、誤魔化す事も出来ないと判断したのか諦めた様に呟きました。
ウェサ・クヴァレで行商をして四節、オルカ商会と取引を始めて三節――そろそろスミフラシの布で仕立てられた服や装飾品が社交界に広まりだしてもおかしくない頃です。
だからこそアクアオーラ侯爵に目を付けられたのでしょう。
「……額は?」
伯父様の深いため息の後紡がれた税金の額は今貯蓄している分では足りず、期限とされる来春までの売り上げを含めて何とか支払えそうな額でした。
「それは……村にかける税金として異常では?」
「未納分も含まれているからな……」
「未納分?」
「……私が知っている限り、この村に役人が来た事はない。ゆえに、税金を納める機会もなかった」
伯父様の言う通り、ティブロン村は呪われた村として長年孤立していました。
下手に村を突いて呪われるよりは、村の重要な役目――灯台守が灯台の光を絶やさずにいてくれればそれで良しと捨て置かれていたのです。
「しかしこの村の呪いの原因が生物のスミだった事が周囲に広まり、そのスミで稼いでいる事を知った今、長年納めてこなかった分の税金も納めろと言ってきたのだ」
「つまり……この税金は、これまでの分の税金も加算されていると?」
「そうだ。正確な未納期間は調査中らしいが、少なく見積もっても五十年分は滞納しているらしい。まとめて払う事は難しいだろうからこれから毎年納税する際に一年分の滞納金を納めよ、との事だ」
「……つまりティブロン村は今後五十年間、2倍の税を納めなければならないのですか?」
例えばこれが騎士団に魔物を追い払ってもらいながら未納だったとか、色々援助された上で一切税を納めていないという話であったなら滞納金を納めなければと思います。
ですが、何の援助も保護も受けてないのに、税だけ支払わなければなければならないなんて――納得できません。
「……父上はどうお考えで?」
「腸が煮えくり返る思いだが、どうしようもない。真っ向から歯向かえばこの村は滅ぶ。大人しく従うしかない」
確かに、ティブロン村を覆っていた呪いの原因が広まった今、アクアオーラ侯爵は何を恐れる事無くこの村を制圧する事ができるでしょう。
伯父様の言う通り、逆らうのは自殺行為です。
「それに……不足分があった年は監視役を置くとまで書いてある。監視役を置かれたらこの村の活気はみるみるうちに消え失せてしまうだろう」
監視役とは、その名の通り村を監視する役人の事です。
監視役は領境や辺境を管理する貴族がなる事が多く、民を抑圧する事に慣れている、民を自分と同じ人だと思わぬ者が多いのだと聞いた事があります。
もしこの村にそんな監視役が来たら、監視役はスミフラシで手足も口も青く染まった平民達に間違いなく忌避感や嫌悪感を覚えるでしょう。
何かと理由を付けて侯爵に応援を要請し、村全体が窮屈で険悪な雰囲気になってしまうのは目に見えている以上、監視役を置かれるのは絶対に避けたい状況です。
「……とにかく、決められた税を納めて自治権を維持するしかない」
「伯父様……大人しく従っていたら自治権を維持できるとも限りません。インディグラスの生産が止まっている今、スミフラシの布はアクアオーラ領に……ひいてはラリマー領にまで広がるでしょう。再来春には更に税を上げてくるか、強引に監査役を置こうとする可能性があります」
税を納めれば納める程、価値のある村として侵略して来ようとするはずです。
今回強引に監査役を置かなかったのは、とりあえず噂だけ聞きつけたから――様子見の対応、と考えれば。
「今後、アクアオーラ侯爵の手の者が視察に訪れるかもしれません……子ども達には外で魔法を使わないよう伝えておきます」
村の子ども達が魔法を使える事を知られたら、反乱の意志ありと見なされかねません。
皆に見知らぬ人間が来たら警戒するようにも伝えなければ――と頭を巡らせているといつの間にか伯父様が立ち上がり、お茶を入れてくれました。
「今年の冬の果物はこちらの貯蓄で賄えると思ったのだが……こうなっては今年の分もメルカトール家に頼まなくてはならないな」
「……お待ちください、父上。去年アーティ様は今年の援助は厳しくなると思うと言っておられました。メルカトール家に援助を頼むにしてもこの村で本当に果物を必要としている者の分に絞り、向こうの負担を極力減らすべきです」
「しかし……」
「……どの道、税についても村人達にも説明しなければなりません。その辺りも含めて村の人達と話し合いましょう」
幸い、先に冬に備えて防寒具等を新調していたお陰で去年より大分余裕をもって冬を越せるようになっています。
今飲んでいる香りの良いお茶やささやかな嗜好品、お菓子こそ皆で楽しむ余裕は無くなってしまいますが――
「とにかく、今年だけ……今年だけ我慢してほしいと、伝えましょう。これから重い税を長年課せられると知れば村人達はやる気を失くしてしまいます……ですが、一年だけならこの一年間の私達の功績を汲んで耐えてくれるはずです」
「スティ……これは今年だけで済む話とは思えん。下手に村人に期待を持たせるよりは、高い税ではあるが食っていけなくなる程の税ではない、これまでの生活よりはマシになると説得した方が……」
『それではステラの願いは叶いません』
私の念話に伯父様は眉を顰め、小さく首を横に振りました。
『私は、お前に危ない真似をさせたくない……今のアクアオーラ侯爵は好色な方としても知られている。もし歯向かってお前の身に何かあったら、パーシヴァル卿やアーティ卿に申し訳が立たない』
アクアオーラ侯爵はパーティーで何度か挨拶を交わした事があります。
恰幅のよろしい、品はともかく女遊びも激しい方で有名で、モラルの無さが透けて見える中年。
挨拶の度に肩なり手なりに触れられた事を思い返し、全身に虫唾が走ります。
話した印象や周りの評判を総合すると、性格は気分屋の二枚舌。
下には傲慢に、そして上に対しては取り繕うのが異様に上手く抜け目のない人間という点からして、取り入るという手段も有効とは思えません。
『……私達が侯爵に歯向かっても取り入っても状況は良くならない事は私も重々承知しています。ですが……いくらこれまでの生活よりはマシになろうとも、これまで自分達を放置していた領主が砂糖に群がる蟻のように自分達の益を奪おうとしていると知って、村の人達は心から納得できるでしょうか? 大人しく従ってくれるでしょうか?』
『それは……そうだが……』
侯爵に逆らうのも、村の人達を説得するのも難しいとなると、使える手段はかなり限られてきますが――全くない訳ではありません。
この村で積み上げてきた物は、私の勇気になり、自信になってくれている――それ以上に、心強い武器となっているのですから。
『伯父様……大丈夫です、私を信じてください。この状況を解決すれば、ステラの願いも叶える事ができるはずです。再来春までに、何とか……出来る限り穏便に解決してみせます』
『スティ……お前は本当にあの子の願いを叶えるつもりか? あんな無茶で自分勝手な願いを』
『もちろんです。ステラは文字通り命懸けで私に願ったのです。どんな無茶な願いでも……私はステラの願いに応えなければなりません』
出口の無い闇から強引に引っ張りだされたのも、ティブロン村の海の美しさを知れたのも。
子ども達に勉強や魔法を教える楽しさを知ったのも、子ども達の笑顔が見られたのも。
リュカさんと魔獣達に出会えたのも、旅が出来たのも――全てステラのお陰なのですから。
(そう……全ての価値を失くした私に価値を見出してくれたステラも、私を受け入れてくれた伯父様も、温かく迎え入れてくれたティブロン村の人達も、皆救えるなら)
今から私が歩む道がどれだけ私の心を、プライドを痛めつける茨の道であろうと――私はこの道を歩まない訳にはいかないのです。
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