第39話 魔獣使いの献身・2(※リュカ視点)
とっぷりと日が暮れた頃、道の両脇に草原が広がる場所で俺達は野宿する事にした。
賊や魔物に狙われやすい場所だけど、そいつらの気配が分かりやすい分、対策を立てやすい場所でもある。
道の傍でテントを広げて、背負っていた荷物を中に置いていく。
そして夕食として買っておいた木の実が入った固めのパンを取り出し、外で本を読んでいたステラさんに手渡した後、火を起こす。
春になったとは言え、夜はまだまだ冷える。
鍋を取り出してステラさんに魔法で水を出してもらった後、塩と干し肉、乾燥昆布を入れて出汁が出るのを待っていると、ステラさんが読んでいた本が視界に入った。
ウェサ・クヴァレの本屋の店頭に並んでて、ステラさんが中を確認するなりすぐに買っていた本だ。
「それ、何の本?」
「これは祝福について書かれた本です」
祝福っていうと――装飾品に
アクアオーラ領を回っていた頃、祝福が込められた首飾りや腕輪を買ってる冒険者達をよく見かけた。
「これがあるから安心して旅ができる」って言って、けして安い値段じゃないのに予備用にっていくつも買ってる奴も少なくなかった。
そんなに人気ならって俺もリュルフ達に買おうとしたけど、水色系統の色合いのせいか皆つけるの嫌がって、俺自身もあんまり興味湧かなくて買わなかったけど――
「……祝福って持ち主がピンチになると発動するらしいけど、何で持ち主がピンチになったって分かるんだ?」
「この本によると、持ち主の魂の動き……死ぬ、という本能的な恐怖を感じた時の独特の波長を感知して発動するそうです」
って事は――後ろからの不意打ちや落雷には発動しないって事か。
(即死でなけりゃその後すぐ
なんて、素直に口に出してしまったら楽しそうに話してるステラさんが表情を陰らせてしまいそうだから、他の返しを必死に考える。
「えっと……祝福って確か、ここの何世代か前の侯爵がこの地に広めたんだっけ?」
「ええ。以前、辺境の田舎に過ぎなかったこの地を大きく栄えさせた事柄の1つが祝福です。当時、賢人と唄われたアクアオーラ侯爵が『この領地特有の物を作り出さなければこの地の発展はあり得ない、それは一つ二つの家で独占するような物であってはならない』という理由でこの地の民に祝福を広めたそうです。この本に書いてある通りにする事で魔法の知識が無くても水色系統の魔力を持つ者であれば祝福を込める事が出来るようになるそうです」
「……魔法について何の知識もない人間が魔法扱うのって、危なくないのか?」
「もちろん危ないですよ。これにはその事もしっかり書かれていて、この本の通りに作らない事のリスクも書かれています……流石、賢人侯として名が知れ渡るだけの事はありますね」
魔法が使えない者でも水色系統の魔力の持ち主なら祝福を込められるようになる本――って事は。
「……もしかして、その本を買ったのも村の為?」
「ええ……村で作った装飾品に祝福も込められれば、もう一価値加えられるのではと思いまして……水色系統の魔力の人は村に何人かいますし。文字が読めなくても私が理解して口頭で説明すればいいかなと」
俺、村興しはスミフラシで染めた布とか皿貝を売ってお金を稼ぐ事だけだって思ってたけど――ステラさんはそれ以上に色々考えていたらしい。
「なるほど……冒険者にも祝福付きの装飾品は人気だもんな。ニアちゃんが作ってた貝殻のネックレスとか、祝福も込めれば売れそうだし」
「いえ……個人的にあのネックレスは何物にも代えがたい物ですが、市場価値で言えば子どもへのお土産程度の値段しか付けられません。装飾品として売るには糸は高級な物に、貝も形を整えて艶を出したり、穴も綺麗に開けなければなりません。ですのでその為の細工道具も購入したんです」
淡々と、だけど嬉しそうに話すステラさんは俺の相槌を待たずに言葉を重ねた。
「元々は貴婦人の護身具として売り出す事を考えていたのですが……リュカさんの仰る通り、冒険者にも需要がありそうですね……冒険者の中にはお洒落に関心がある方もいらっしゃるでしょうし……ああ、冒険者には夫婦や恋人関係の方もいると聞きますから、祝福が込められたお洒落な指輪や首飾りを愛する人へのプレゼントに……と売り出すのも良いかも知れませんね。」
いつになく饒舌に語るステラさんに見惚れてると、見つめられてる事に気づいたのかステラさんはハッとした顔をした後、恥ずかしそうに俯く。
「す、すみません……長々と話して……」
「全然いいよ。今のステラさん、凄く活き活きしてるし。話聞いてて俺も何か楽しくなる」
「そ、そうですか……?」
「そう。だから俺、本当に着いて来て良かった」
店で色々見比べてるステラさんも、今のステラさんも本当に楽しそうで。
ああ、俺、この人の事、本当好きだな――って思った。
出会った頃はこの人の、痩せ細って弱り切って怯えた姿が放っておけなかった。
でもそこから少しずつ元気になっていくと同時に綺麗になっていって。
今は元気になればなるほど綺麗になっていきそうな気がする――そのうち、俺の手が届かない位どこか遠くに行ってしまいそうな気がして、怖いけど。
それでも今は、この人が幸せそうに笑ったり話したりする所を、一秒でも長く見続けられたら、それでいい――って惚けていた俺の傍に、リュグルが止まった。
「フルル……(南西の方角から5人、こっちに近づいて来てる)」
「ああ……皆、威嚇してくれるか? ステラさん、ちょっと耳塞いでくれ」
「え、あ……はい」
俺達が耳をふさぐとリュグルは再び空を飛ぶ。そして――
「グオオオオオン!!」
「ウオオオオォォーン!!」
「キィーーー!! キィーーー!!」
リュゴンとリュルフの咆哮とリュグルの鳴き声が周囲に響き渡る。
同時に南西の方角で確かに複数人の足音が、遠ざかるのが聞こえた。
「い……今のが威嚇、ですか?」
「ああ。あいつらは勝てると踏んだ相手にしか近づかない。だから今みたいに、皆が一斉に鳴いたら大体引いてくれる」
「……引いてくれない時もあるのですか?」
「大人数だったり、飛び道具持ってる奴らはこの位じゃ引いてくれないかな……あ、でもそういう奴らはまずこんな道にはいないから安心してくれ」
この道はティブロン村とウェサ・クヴァレを繋ぐだけの、人通りも滅多にない価値のない道だ。
厄介な賊や野盗はもっと金を持ってる奴らが通る道を狙う。
「……という事は、今後、布や装飾品が売れるようになってティブロン村に価値があると分かり始めたら、この辺りに賊も増えるという事ですね……」
「まあ……そういう事になるかな」
きっとあいつらは都市で見かけた美女を襲おうと企んだ奴ら――ステラさん目当ての低俗な賊達だろうけど。
「価値が無ければ捨て置かれ、価値があると分かれば狙われるなんて……皮肉な話です」
「……まあ、スミフラシの取り扱いの難しさを考えれば、ティブロン村自体が襲われる可能性は低いから、そう悲観的に考えなくても大丈夫だよ。都市との往復だってしばらくは俺達が護衛するし……」
ステラさんが望むなら俺、一生護衛しても良いけど――なんて言いかけて、思わず口を噤む。
(どう考えても、重すぎるよなぁ……)
市場にいた時も、ステラさんが喜んでくれるならそれで、って言いかけたし――重すぎるよな、俺。
ステラさんがアーティ卿とどういう関係なのかまだよく分かってないし。
って言うか冬の間、ステラさんにアーティ卿の事さりげなーく聞いた時も表情ちょっと強張ってたし。
(もしステラさんがアーティ卿の事好きだったら、告白したって勝ち目無いし……)
それで気まずくなってステラさんが俺と距離置くようになっちゃったら今みたいに護衛も出来なくなるし。
告白はおろか、好意だって悟られたら不味い。でも素っ気なくしたりしたら繋がり簡単に絶たれちゃいそうだし。
そう、命の恩人、命の恩人だから大切にしてる感を――
「あの……」
「なっ、何!?」
「えっと……先ほどの話を聞いてふと疑問に思ったのですが……リュカさんは大人数の賊達を相手に戦った事があるのですか?」
「まあ……商人や要人の護衛で稼いだ事もあるから、その時に何度か」
「では、人を殺めた事も?」
「それは……」
予想外の質問に言葉を詰まらせると、ステラさんは気まずそうに視線を伏せた。
「……ごめんなさい。嫌な質問をしてしまいました。旅人であれば殺めてない人の方が少ないですよね」
ステラさんの言う通り、旅人は人を殺していない人間の方が珍しい。
襲ってくる賊は殺す。殺せない旅人は殺される。それはどこの領でも共通している。
傭兵、狩人、冒険者はもちろん、綺麗な歌を歌う吟遊詩人も、華麗に舞う踊り子も、煌びやかな物を売る商人も――この広い世界で長年旅をしている
躊躇する人間は、箱庭の外に出ない。けど、俺は――
「……殺した事が無い、とは言えない。けど、俺はなるべく争いは避けてる」
「ええ。先ほどの様子を見てると争いを好む人ではないと分かります。赤系統の魔力を持つ人は血気盛んな人が多いと聞きますが……リュカさんのように心優しい人もいるのですね」
「俺は……臆病なだけだよ。敵を殺したくない、けど大切な人達は守りたい、でも死にたくない、他人の死も背負いたくない……よく親兄弟に臆病者だと笑われてたんだ。自分でもそう思う」
「リュカさん……」
自分の弱みを曝け出してしまったせいか、どうにも気まずい。
この話題を続けたくないし、また何か話題変えないと――と思った時、南西からリュグルの鳴き声が聞こえた。
「キィー(5人、逃げてった!)」
良かった。話題が出来た。
「……賊の気配は遠ざかったから、ステラさんは安心して寝て良いよ」
「ですが……」
「大丈夫、君は俺が絶対守るから……賊なんかに傷一つつけさせやしない」
俺の事を心配しているステラさんを安心させようと笑顔を作ると、ステラさんは笑顔じゃなく、何だか微妙な表情で俺を見つめている。
(え、俺今何か、不味い事言っちゃったか……?)
いやでも、『大丈夫、君は俺が絶対守るから』なんて、別に不味い事でも何でも――って、ちょっと待って、これ、何か告白みたいじゃないか?
「い、いやほら、ステラさん命の恩人だし!? そ、それに、えっと、村長! 村長あんな感じだけどステラさんの事は本当に心配してるみたいだし……!? こんなに世話になっておいて、もしステラさん守り切れなかったら、村長に合わせる顔が無いから……!」
「合わせる顔……」
ステラさんは俺の言葉を繰り返した後、視線を伏せた。
焚火に照らされるステラさんの表情は、何処か虚ろで。
「……想い人を守りきれなかった事は殿方にとって、顔を合わせる事すらできなくなる程重い罪なのでしょうか? それとも、純潔を失った娘には顔を合わせる価値すら無い、という事だったのでしょうか……」
誰に言った訳でもなさそうな酷くか細い声が、静寂の中に漂った。
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