第38話 魔獣使いの献身・1(※リュカ視点)


 ――君にスティの護衛を頼みたい。


 春の日差しで村の雪が溶け始めた頃、村長から頼まれたのを二つ返事で引き受けて本当に良かったと思う。


 市場にいた時も店で食事してる時も、道ですれ違う人達の殆どがステラさんを見ていく。

 それもそのはず。今のステラさんは痩せ細って骨がうっすら浮き出ていた頃とは違って、ずっと健康的な姿になっている。


 そのうえ、見逃すのを許さないような鮮やかな青のワンピースに、艶のある銀髪、女神かと思う程整った顔立ち――出で立ちは平民なのに高貴な雰囲気を纏わせていて、お忍びで街を訪れてる良い所のお嬢様感が半端ない。


 そんなステラさんがひとたび微笑めば、そりゃ美女好きな人なら一気に心動かされる訳で。


(本当、引き受けてよかった。うん、間違いない)


 とにかくこれ以上警戒されたくない――と思ってステラさんはもちろん村長にもしっかり挨拶して雑用引き受けて、バルバラさんと世間話したり昔話を聞いたり肩揉んだり色々頑張った甲斐があった。


 正直広範囲の雪かきはキツかったけど、そのお陰で今ここにいられてると思えば何でもない。


 当のステラさんはこの状況がどうにも落ち着かないようで、俺の背に隠れるように歩いてる。

 男性恐怖症の人がこんな人ごみの中で歩けばそうなるのも当然だ。

 こんな状態で見知らぬ男性から急に話かけられたりしたら、あの時みたいにしりもちつくかもしれない。


 ここは村よりずっと多くの人間がいる。今のステラさんは悪い奴らも惹きつけてしまう可能性が高い。


 ステラさんの横にはリュルフが、空からはリュグルが見張ってくれてるけど、俺もちゃんと気を付けないと。


 なるべくステラさんの視界に入る男の数が減るように壁際を歩きつつ、ステラさんの目的の場所――布を取り扱っている店へ向かった。




 お店に入るとステラさんは先程までと別人のように俺の先を歩いて、カウンターにいる女の人に話しかけた。


「こんにちは。未染布みせんふを購入したいのですが、どちらに置いてありますか?」

「未染布をご希望ですか……!? ご案内したします!」


 嬉しそうに声を弾ませて、奥へと歩いていく女の人の後を着いていく。


 店の中は天井も高くて広い印象を受けるけど、グルグルに巻かれた布地が並んだ棚が店の中いっぱいに並んでいて、一人分の道幅しかない。


 青、赤、緑、無彩色――の棚を超えて、未染布――何にも染められていない、本来の色合いを保つ布の棚に行くと、他の棚よりずっと多く、全ての棚に隙間なく布が並んでいた。

 

藍色の染料インディグラスや他の青系染料の高騰で、未染布を買ってくれる商人がいなくなりましてね……少しでも多めに買って頂けると助かります」


 どうりで。青系統の染布は他の染布に比べて値段が3倍くらい違った。

 青く染める為の染料が高くなると、当然その染料で染められた布も高くなるのは分かるけど――


「……青系染料の高騰で、何で未染布まで売れなくなるんだ?」

「このウェスト地方で最も売れるのは青系統の布です。赤や緑、無彩色も需要がない訳ではないのですが、多く売れる物ではありませんから大量には染められません。だから本来青で染める予定だった布が未染布として残ってしまうのです」


 確かに、ウェスト地方は青系統の魔力の持ち主が半数以上占めている。  

 人は自分の魔力と同じような色を好むから、当然着ている服も寒色系――特に青系統の服が飛びぬけて多い。


「青って染料混ぜて作れないのか?」

「青系統は染料も混合の配分も難しくて……きちんと混ぜきらないとムラが出ますし、混ぜきっても色がくすむしで、あまり売れないんですよ」

「へぇー……それなら染料の値段が落ち着くまで未染布を取っておけばいいんじゃないのか?」

「未染布を保管するにも場所代……費用が掛かるんです。未染布を提供してくれる方とのお付き合いもありますし」

「仰る通りで……今年の仕入れの事を考えると、去年仕入れた物は赤字にならない範囲で少しでも売り裁いて、金と場所を確保しておきたいんですよ」


 お付き合い――そうか。「今年は余ってるから買わない」って言ったら、当然向こうは他に買ってくれる所を探す訳で。


 また未染布が必要になった時に「もうお前に売る分ないから」って言われるかもって考えたら、買う量は抑えても付き合い自体は維持したいよな。


 色々謎が解けて改めて辺りを見回していると、ステラさんはまた店の人と話し始めた。


「インディグラスを栽培している村が魔物に襲われるのはこれで3度目ですね……」

「ええ、よくご存じで。ただ、今回の被害は大分酷いみたいで……栽培していた村で推進派と反対派が対立しているようです。見てきた者の話では本来インディグラスが植えられていた場所の大半でトマトやキュウリなどの野菜が植えられていたとか。インディグラスは春が来る前に植えておかないと育ちませんから、少なくとも染料の高騰は今年いっぱい続きそうです」

「インディグラスは良い色を出しますが、あれの花の香りは魔物を惹きつけてしまう性質がありますから……ただ、引き寄せられた魔物が荒らすのは花だけではありませんし、前回襲われたのが12年前と考えると、今年いっぱいで終わるとは思い難いですね……」

「……ここから奥まで全部未染布の棚です。まとめて買って頂ければその分割引させていただきますので、何卒よろしくお願いします」

「ええ、こちらとしても良いお付き合いが出来ればと思っておりますので」


 店の人が離れた後、ステラさんが一巻きずつ値札と感触を確認しだした。

 つられて俺も巻き布に括りつけられたタグを見てみると、同じ麻で作られた布でもかなり差がある。


「同じ物で編まれた布なのに、何でこんなに値段に違いがあるんだ?」

「同じ物で作られていても産地や織り手が違えば質も大分変わってきます。食材もそうでしょう?」

「確かに……」

「スミフラシのスミは量産には向きません。だから絹などの高級繊維で裕福な商人や貴族の関心を引いていきたいのですが、全く知名度も無い状態で売り込んでも厳しいので……まずは、質の良い綿や麻で……ああ、絹も試し染めはしておきたいですね……動物繊維もどんな仕上がりになるのか試してみたいし……」


 真剣な表情で巻き布を見つめながら呟くステラさんは俺が今まで見てきたステラさんとは全く違った。

 これまで旅をしてきた中でたまに見かけた――品物を見定める商人の目だ。


 時間をかけて一通りの未染布の棚を巡った後、ステラさんは先ほどの店員を呼んだ。


 巻き布の場所はきっちり覚えているようで、巻き布ごと買ったり、メートル単位で切ってもらったり。荷物持ちの俺の視界は早々に色んな種類の布で埋まった。


 子ども達と一緒にいる時のステラさんはまさに先生って感じだったけど、こうやって店員と話してるのを聞いてると、何処かの貴婦人って感じだ。


 ご機嫌の店員に見送られて店を出た後、外で待っていたリュルフの背中に布を括りつけて、俺は巻き布を抱えて次の店へと向かう。




 他の店でも同じような感じでステラさんはあれこれと買い込み、空がうっすら赤みを帯び始めた頃には俺もリュルフも結構な量の荷物を抱えていた。


 ステラさんが帰りの宿代は節約したい、と言ったのでそのまま都市の入り口に出て口笛を鳴らし、近くで待機していたリュゴンを呼び寄せて荷物を積んでいく。


 半分くらい乗せた所でリュゴンが小さく鳴いた。これ以上は嫌らしい。


「ああ、分かった。残りは俺達で持つよ」

「ごめんなさい、買い過ぎてしまったかしら……? せめて、元々持って来ていた荷物とその麻袋は私が持つわ」 

「リュゴンが持てない分は俺とリュルフで持つから大丈夫だよ」

「ですが……もし賊に襲われたりした時、身動きが取り辛いでしょう?」

「リュグルに変な奴が近づいて来ないか見張らせてるから、襲われる前に荷物は下ろすよ」

「でも、賊の中には魔法を使ってくる者もいますし……」


 確かに護衛の仕事してる時、そういう賊とも戦った事はあるけど――

 何か、賊に嫌な思い出でもあるんだろうか? と思う位ステラさんの目は不安げだ。


 そんな視線に負けて元々の荷物を手渡すと、ステラさんはホッとしたように歩き出した。


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