第9話 願いをかなえてくれたのは・3 ※マイシャ視点


「システィナが自室の窓から落ちて……亡くなりました……」

「……そんな……」


 お父様の表情はみるみるうちに青白くなって、フラりと体勢を崩した所で兄様が慌てて肩を貸した。


「本当に、ちゃんと確認したのか……!? まだ、まだ息があるかもしれないだろう……!?」

 

 力の籠らない声で喚くお父様に肩を貸したまま、兄様は外へと歩き出した。


 星明かりの空の下、兄様の照明魔法ルーチェの明かりを頼りに進んでいくと、丁度お姉様の部屋の下の辺りに横たわるが見えた。


「……頭が潰れておりますから、見ない方がよろしいかと」


 被さったシーツに滲む赤色、はみ出た銀色の髪と、骨がうっすら浮き出た、細い腕――明らかに生きているものとは違う――そう思った瞬間、視線を逸らした。


「ああ……システィナ……!!」


 お父様は崩れ落ちるようにその場に膝をつく。

 そして嗚咽が響く中、わたしは呆然とお父様と、横で支える兄様を眺めていた。


 何でだろう――何だか現実味が無いわ。

 そこに死体があるのは間違いないのに。


 悲しい、って思っているはずなんだけど。不思議な感じ。

 お母様が死んだ時は、もっと悲しくて涙が溢れて止まらなかったのに。


 ああ、そうよ――ここはちゃんと、悲しまないと――


 そんな事を考えた直後、お父様が怒りの形相で私達を睨みつけた。


「お前達……婚約者の交替の事をシスティナに話したのか……!?」

「いいえ、お父様……! ただ、ここ最近のお姉様は非常に思いつめた顔をなさってたわ……でも、まさか、そんな……身を投げられるなんて……!」

「システィナはきっと、これ以上私達の負担になるまいと思ったのでしょう……」


 違う。アーティ兄様の言葉に反射的に否定の言葉が浮かび上がる。


 お姉様はきっと、コンラッド様が来てくれるのをずっと待ってたんだわ。

 でも、コンラッド様がわたしと結婚するって知ったから――


 博識なお姉様なら、遠方の格下貴族に嫁ぐなり、修道院に入る選択をしてくれると思ったのに――

 コンラッド様に嫁ぐわたしへのあてつけのように死んでいくなんて、酷い。

 

 自殺を止められなかった家族が責められる事なんて、全然考えてない。

 好きな人を奪ったわたしに嫌がらせしてやりたいって気持ちは分からないでもないけど、お父様やお兄様の気持ちをまるで考えてない。


「……遺書……遺書は!?」


 救いを求めるように兄様の肩を掴んで問い詰めるお父様の気持ちも、

 視線を伏せて首を横に振る兄様の気持ちも、何も考えてない。


 ああ、本当に――お姉様は狡賢くて酷い人。

 本当はわたし達の事を愛してなんていなかったんだわ。


 だってそうでしょう? 好きな男をわたしに取られた程度で死ぬんだもの。

 価値を失ったからって、思い通りの自分じゃなくなったからって死ぬんだもの。


 わたしだったら絶対にそんな事しない。


「マイシャ……やはりアドニス家との話は無かった事にしよう。いくらお前が姉の為にと願っても……こればかりは、許せそうにない」


 お父様の呟きがわたしを現実に引き戻す。

 何でお姉様が死んだからって、この話を無かった事にしなきゃいけないの?


「お父様……こんな事になってしまったなら、なおさら縁談を受けるべきです」

「お前は姉を殺した家に嫁げるのか……!?」


 お父様ったら、何言ってるのかしら?

 お姉様は殺されてない。自分で自分の命を断っただけ。

 アドニス家がお姉様を襲った訳じゃないのに、酷い言い草だわ。


 ――なんて言葉本心が望まれてないのは分かってるの。


「お姉様を殺したコンラッド様が他の女と幸せに暮らすなんて、それこそわたし、耐えられない……!!」


 心にもない言葉をそれっぽい表情でベラベラ並べたてるのは慣れてるけど――大嫌いな人間をかばっていい人ぶるのって、結構癪に触って辛いかも。


 私が何を願っているのかも知らずに、「マイシャの願いが叶いますように」なんて願ってくれたお姉様。

 色神様へのお祈りを疎かにして、賊に襲われたお姉様――


 『ああもう、全部お姉様の自業自得なのに! 本当迷惑だわ!』って叫べたら、どれだけスッキリするかしら?


 でも、わたしはお父様とお兄様を傷つけたくないから言わない。

 わたしはお姉様と違ってお父様もお兄様も大切だから。ちゃんと愛しているから。


 お姉様の事も愛していたわ。大切じゃなかった訳じゃないの。

 お姉様が、輝かしい立場から一歩身を引いてくれさえすれば、わたしの邪魔にならない場所で幸せになってくれれば、それで良かったの。


 でも、他に生きる道はいくらでもあったのにわざわざ死を選んだのはお姉様。

 お姉様が自ら選んだ道に対して、わたしが罪悪感を抱く必要はないわよね?


 わたしに嫌な思いをさせたくて死んだ、大嫌いな人間に対して愛情や憐みなんて――もうこれっぽっちも持ちようがないもの。





 お姉様の葬儀は小雨が降りしきる中、メルカトール邸の中でしめやかにおこなわれた。


 本来、葬儀は大教会や小教会で行われるのが普通なんだけど、故人や家族が望まない時もある。


 そんな時は教会の神官が家まで来て弔ってくれるの。

 悪霊や怨霊になって祟られたら困るし、神官様がちゃんと弔ってくれるの本当ありがたいわ。


 神官を通してお姉様の死を聞きつけた多くの人達が館に集まって啜り泣いてるのは居心地悪いけど。


 お姉様の頭に被せられた布には誰一人として手を触れようとしない。

 そりゃそうよね。骨が浮き出た腕だけでも怖いのに、潰れた頭なんて誰も見ようと思わない。 


 皆が悲しげな表情で、持参した紫がかった青い花やそれに近い色合いの花束を棺に添えていく。


 その中にコンラッド様のお姿はない。代わりにアドニス伯がコンラッド様の分もと言わんばかりに大輪の花を持って来た。


 元々お姉様の遺体が納められた棺にはお父様とお兄様が十分なくらい花を入れてあるのに、来る人皆花束持ってくるから棺から花で溢れてる。


「密葬だというのに、これだけの人と花が集まるとは……本当に惜しい方を亡くしましたな。あんな事にさえならなければ、ウェスト地方の花と呼ばれたかもしれませんのに」


 ひっそりと嗚咽が響く中で紡がれた、アドニス伯のお悔やみの言葉。

 これには流石にお父様、激怒するかも――と思ったけど、


「……そうですね。こんな事になってしまって、非常に残念です……今はただただ娘の幸せを祈るのみです」


 お父様は視線を伏せながらも淡々とアドニス伯と返していてホッとした。


 でも、どうしてコンラッド様は葬儀に出てこないのだろう?

 あの方はけして、不義理な方ではないのに――


 そんな疑問を抱きながら、一週間後――わたしはようやくコンラッド様と会う事が出来た。


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