第7話 願いをかなえてくれたのは・1 ※マイシャ視点


 子どもの頃は、お姉様の事が大好きだった。


 システィナ姉様はとても綺麗で美しくて、けして自分から目立つような事はしなかったけれど、社交の場に出ると堂々と生まれ持った美を輝かせる。


「驕ってはいけないけれど、謙遜するのもよくないのよ」


 難しい言葉を使いたがる所はちょっと嫌だったけど、いつだってわたしを優先してくれる、優しいお姉様が本当に大好きだった。


 あの気持ち悪い従姉妹――ステラと出会うまでは。


 8年前、突然家にやってきたお姉様と似た従姉妹は、変な臭いがした。

 服は見るからに安物だって分かるし、仕草も何て言うか――(田舎者ってこういう人の事を言うのかな?)ってくらい変わってて。


 だからあんまり関わりたくなくて、お姉様の部屋でお姉様とステラが絵本を読んでるのを眺めてたの。

 わたしの部屋にあるお人形さんとか装飾品アクセサリーとか、あんな子に触られたくなかったし。


 自分の大切な絵本を触らせてあげるお姉様は本当優しいなぁ――って眺めながらお菓子を食べていたら、ステラのまだらな舌が見えた。


 化け物の舌みたいで物凄く気持ち悪くて、その場にいるのが怖くなって、お父様の所に逃げ出した。


 怖かった、気持ち悪かった――泣きながら訴えるわたしをお父様は怒った。


 それだけならまだいいの。お父様のお説教なんてしょっちゅうだったから。


 問題はお姉様よ。お姉様はわたしが怒られてる時、味方してくれなかった。

 いつもだったらやんわりお父様を止めてくれるのに。


 その後、慰めてもくれなかった。

 いつもだったら「お父様も言い過ぎよね」って慰めてくれるのに。


 その上、お姉様は自分が大切にしていた絵本を『ステラの心が少しでも慰められたら』ってステラに送ったの。

 「何でそんな事するの?」って聞いたら「私の気持ちが収まらないから」だって。


 それなら何でわたしの気持ちには寄り添ってくれないんだろう――? って不思議に思ったけど、それからお姉様が年に何度も絵本を買ってもらえるようになってから分かった。


 いらなくなった物をいい子ぶって人にあげて、お父様に気に入られる為だったんだって。


 いいなぁ。絵本なんて服や装飾品と違って、一度読み終えたらそれでもうおしまいだもの。

 わたしはいらなくなった装飾品でも、あんなのにあげるなんて絶対嫌だけど。


 お姉様が頭良いのは知っていたけど、そういうやり方があるんだって感心した。

 同時に、お姉様の狡賢ずるがしこい一面に失望した。


 その時から、わたしはお姉様の事が『大好き』じゃなくなった。

 でもその時はまだ『嫌い』じゃなかったの。


 お姉様は狡いけれどわたしに意地悪する訳じゃないし、お願い事だって聞いてくれたから。


 嫌いになったのは、わたし達が<アドニスの二輪花>と呼ばれる頃になった頃。


 二輪花と言われながら、わたしとお姉様が並べば殆どの方の視線はお姉様に集まって。

 わたしがどれだけ周りの方に愛層を振りまいても、話題を提供しても、お姉様が言葉少なに難しい言葉を使って語るだけで皆、お姉様の言葉に耳を傾ける。


 わたしだって、ウェス・アドニスの花と呼ばれるほど美しいのに。

 お姉様の横に並んだ途端に成り下がる。


 悔しかった。同じ両親から生まれてるのに、持って生まれたものがちょっと違うというだけでこんなに嫌な思いをさせられるなんて。


 それに、わたしが話している時に割って入ったりする事があるのも嫌だった。

 その後「あの言い方は良くない」だの、「誤解を招く」だの、お父様と同じようにお説教してくるようになったのも嫌だった。


 お父様は商談で家を空ける事も多い人だったからお説教も軽く聞き流せたけど、お姉様はずっと家にいるから段々耳障りになってきて――聞き流すのが億劫になって。


 そして、大嫌いになったのは――お姉様にコンラッド様との縁談の話が来た時。


 コンラッド様はウェス・アドニスで一番カッコいいし、パーティーでお会いした時も凄く良い感じの人だったし、何てったって次期領主――ウェス・アドニスで一番偉い人になる。


 一番偉い人に選ばれたお姉様。じゃあ、わたしは?

 わたし――一生、お姉様より偉くなれないの?


 わたしはわたしなりに、一生懸命ダンスや礼法を覚えたり、人に合わせて会話したり流行りを知ったり、色々大変だけど頑張ってるのに。

 わたしが良いと思う男の人達は皆、お姉様の方に惹かれている。

 

 メイド達も「システィナ様なら領主夫人になっても大丈夫ですわね」なんて言ってて。


 「わたしじゃ駄目なのかな?」なんて冗談交じりに問いかけたら「マイシャ様には荷が重すぎますわ」なんて冗談言ってるように言われて――表面上は軽く流したけど、物凄くイラっとしたわ。


 でもわたしが本もお勉強も苦手なのは事実だから。領主夫人に求められているものくらい、何か分かってるから。


 だから誰にも「自分がコンラッド様と婚約したかったのに」なんて、打ち明けられなくて――ひたすら星に願うしかなかったの。


 夜空を見ていると、たまに流れる星。

 その星が消えるまでに願いを込めきれれば、願いが叶う――そんな言い伝えを信じて、星がよく流れる日の夜にずっと願ってたの。


 『わたしがコンラッド様と結ばれたい』って一生懸命願ってたの。


 途中でお姉様も来たわ。言い伝えの事だけ話すと、お姉様も一緒に願ってくれた。


 後日行われた色神祭でも、(色神様、いつもわたし達を守ってくれてありがとうございます。コンラッド様と結ばれたいです)って一生懸命お祈りしたわ。


 熱心に祈ったのはその時だけだったけど、色神様に祈りを捧げなかった美しく狡賢いお姉様は誘拐され、価値を失った。


 それを見て、わたし――色神様へのお祈りは絶対サボらないようにしようって思ったの。




 お姉様は美しかった髪もパサついて、お顔もすっかり精気を失い、見るも無残な姿で部屋に籠る日々。

 価値を失ったお姉様に皆どう声をかければいいのか分からず、わたしと、気心の知れたメイドとだけお姉様の様子を見に行くようになって、もう半年――


 賊に穢されたお姉様を哀れに思う気持ちはあるけれど、お姉様が価値を失った喜びの方が大きかった。


 だって、これでもうお姉様と比較される事はないでしょう?

 二輪花の一つが枯れたなら、残った一花が最も美しい事になるでしょう?


 お姉様は可哀想だけれど、流れ星に「マイシャの願い事が叶いますように」なんて願った上に色神祭のお祈りをサボってコンラッド様と街に下りちゃったんだから、自業自得よね。


 だけど――コンラッド様がシスティナ姉様が誘拐された際、コンラッド様が取り乱しながら、


――自分がシスティナを誘って街に降りてしまった。アドニス家を良く思ってない奴らが私が色神祭の時にいつも街に出るのを知って誘拐を企てたんだ。全部、全部自分のせいだ……!!――


 お父様とアーティ兄様、わたしの前でコンラッド様はハッキリそう言った。

 その後姉様が救出された後、家に来たアドニス伯から、


――システィナ嬢が回復次第、必ずアドニス家が迎え入れる。その代わり今回の件はシスティナ嬢の我儘で街に降りた事にしてほしい――


 って、頭を下げられて。お父様も兄様も凄い怖い顔しながらそれを承諾した。


 価値を失くした令嬢にはまともな縁談なんて来ないはずなのに。

 お姉様は価値を失ってるにも関わらずアドニス家とコンラッド様を手に入れる事が出来る。

 価値を失ってるのに、良い思いが出来るなんて――やっぱりお姉様は狡い。


 ――わたしは『わたしがコンラッド様と結ばれますように』って願ったのに。

 色神様の罰が当たってお姉様が価値を失ったのはいいけど、肝心の願いは叶ってない。


 流れ星への願い事なんて、やっぱり迷信に過ぎないのかな――なんて思ってたら、事態はわたしの願い通りに転がっていった。


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