市販のチョコレート*来城くんと呂村さん

 実は書きたかったくらーい話を書きます。前半は暗く、後半はそれなりに甘い、はず。こんなことがあったから二人は獣医になろうって話を書きたかったのです。




 大丈夫だと思うという方はゆるりとお楽しみください。




 俺にとって、二月十四日は人生で一番最悪な日だ。家族で育てていた牛に口蹄疫の症状が出たからだ。相談した獣医に九十八頭全ての殺処分を進められ、行われた。

 月が高く上っても、朝が明けても聞こえた鳴き声を忘れる日は来ないだろう。子供で何もできなかった悔しさも、心の奥底で苦く残っている。

 そして、俺たち家族は島民から避けられるようになった。小さな島で起こった出来事で、獣医以外には迷惑をかけたわけでもない。除け者にされたわけでもない。邪険に扱われたわけでもない。挨拶をする顔がぎこちなくなって、玄関によく置かれていた野菜のお裾分けが全くなくなった。たったそれだけと言ってもいいかもしれないが、俺たちを絶望の谷底に落とすには十分だ。

 学校の数少ない生徒も全く話しかけて来なくなった。俺の顔があまりにも暗かったせいもあるだろうが、先生にすら距離を置かれた。

 変わらなかったのはひとつ下のすずとその母親ぐらいだった。小さな島で獣医として働く母を持つ彼女はあの頃から気高かった。そのすずが泣いた。俺のために泣かせてしまった。


「ばっかじゃないの。ちゃんと消毒しても、管理してても、起こる時は起こってしまうのに。誰のせいでも、誰の責任でもないのに!」


 すずはきれいな顔をぐちゃぐちゃにして、悔しそうに泣きじゃくった。俺の境遇があまりにも憐れに思ったのだろう。

 俺は俺のために泣く彼女をこれ以上、悲しませてはいけないと思った。だから、本来の楽観的な能天気な自分を探し続けた。

 我が家のファンだと無償で支援してくれた人がいたことも大きかった。その人の孫が、後輩になったことも、単なる偶然かもしれない。そうだとしても、世界って辛いことばかりじゃないんだなと今なら思える。

 ちょっとずつ自分を取り戻して、彼女が呆れたように笑ったときは、何だか救われたような気持ちになったのを覚えている。


 翌年から、すずからのバレンタインチョコレートは市販の物に変わった。手作りなんて作って浮かれていると思われたくなかったのかもしれない。本島に出向かないと買えないようなチョコレートを準備するのに、手作りはしない。そんな気遣いが申し訳なくて、くすぐったかった。


 小学校を卒業をする時、約束をした。将来、獣医になって疫病を無くしたいと夢を語った俺に、私もなると強い瞳ですずは言った。どんな病気でもなおせるようになりたいと。絵空事を語った僕らは、それが叶うと信じて諦めなかった。

 勉強がなかなか身にならない俺は必死だった。困ったなぁ、難しいなぁと笑いながら必死だった。

 結局、俺が浪人してすずと同級生になったりといろいろあったけど、同じ大学で彼女と同学年になれたことは幸運だったと思う。

 就職先も決まった。後は獣医師免許の試験に合格して卒業する――これが一番の難関なんだけどね。


「はい」


 二文字の言葉だけで渡されたチョコレートは今年もスーパーには置いていないようなものだ。メーカーはよくわからないけど、リボンがきらきらしてる。

 俺が泣かせてしまったのに、すずはあの日から変わらずにチョコレートを必ずくれる。

 情けない俺について来なくていいのについてきて、もっといい人がいるだろうにと思うのに言い出せない自分を隠すために手をのばさないようにした。

 獣医師になれたら、立派な大人になれたらと自分一人で目標を掲げていたことを知っているのだろうか――いや、思ってもないだろなぁ。

 俺から恋愛対象に見られてないと思い込んでいるじゃないかな。たまに我慢してる顔してるし。衝動でとった言動で怒らせたことが原因だと思うけど……仕様がないじゃん、喜ぶと思ったんだ。

 我慢比べもこれぐらいにしないと、拗れまくった恋できっとまた泣かせてしまう。

 クールな顔で頬杖なんかついて、そっぽを向く姿を何度見ただろうか。拗ねてるみたいだなぁと思ってたこと、言わない方がいいんだろうなぁ。言ったら、真っ赤な顔で怒るだろうし。

 すず、と名前を呼ぶとぶっきらぼうに、なにと返された。それだけで俺は頬がゆるんでしまうのだから、相当だろう。


「無事に獣医師免許が取れたら、話したいことがあるんだ」

「なにそれ」


 美人が台無しなぐらい訝しげな顔をされた。

 本当、信用ないな、俺。


「チョコレート、ありがと」

「……どういたしまして」


 赤い頬を独り占めにできるのは、もうすぐ先だ、きっと。



『十二色のキャンパス』シリーズより

https://kakuyomu.jp/users/kac0/collections/16816452219876982360

来城くんと呂村さんでした。



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