フォンダンショコラ*音無くんと夏海さん

 は、初めて友チョコ以外を作った……か、彼氏の音無くんに。

 鞄に忍ばせた紙袋を布ごしに確認する。かさりと音がして、ほっとした。母さんに味見もしてもらったし、父さんはおいしいおいしいと食べとったし、お昼に食べたやっちゃんも喜んどったし、大丈夫、大丈夫と何度言い聞かせても心臓は爆速だ。


「帰ろ」


 特別なことがない限り、一緒に帰るようになった音無くんが声をかけてきた。

 肩がはねあがって振り向いたら、いつもの真顔が目に入る。周りに花が飛んどる幻影が見えた。

 音無くん、めっちゃくちゃ期待しとるよね?!

 教室で渡すのは気恥ずかしいし、うん、別れる時にしよう。

 行くよ、と手を引かれる。教室の音が一気に遠くなった。

 繋がった先の音無くんを見上げて必死に訴える。


「て、手、ててて!」

「いやなん?」


 音無くんの横顔はいたずらっぽく笑った。

 顔に集まる熱が沸騰しそうだ。


「いや、では、ない、です」


 声が裏返らないよう頑張ったのに、片言、と笑われた。

 下駄箱まで来て、手前で音無くんが止まる。

 見上げてみたら、真顔の下で考え込んでいる、ような気がした。


「どしたん」

「手を離すのがもったいないな、と」


 じゃあ、どうやって靴に履き替えるの。

 ちらりと見下ろしてきた音無くんはじっとわたしを見ながら聞いてくる。


「引いた?」

「ちょっと」


 仕様がなさそうに音無くんは手を離した。靴に履き替えて、帰り道を並んで歩く。

 何でもない話をしていた気がするけど、ほとんど記憶に残っていない。家に近づけば近づくほど緊張が増してきたからだ。

 ついに、わたしの家の裏口についた。

 勇気を振り絞れ、わたし!


「はい。バレンタインのチョコレート」


 差し出した紙袋の取手は汗で湿気とった。底を支えられて、そぅと顔を上げる。


「ありがと」


 そう言った顔は甘かった。表情筋はほとんど動いとらんけど、何というか瞳が甘い。

 変な声が喉元までせりあがって来るのを頑張って耐えた。


「ど、どういたしまして」


 あ、これ、と思い出したように音無くんも紙袋を差し出す。

 不思議そうに見ていると、くすっと笑い声が落ちたような気がした。見上げても、誰も笑っとらんかったけど。


さやから」

「さやちゃんからか! ありがとう。いただくね」


 にこにこと別れた後、さやちゃんから一枚の写真が送られてきた。フォンダンショコラのお皿をかかげる音無くんだ。

 小さなカップケーキの型に入れただけなのに、そんなに喜んでくれるとは思ってもみなくて、ゆるむ頬を我慢できんかった。



『音無くんと夏海さん』シリーズより

https://kakuyomu.jp/users/kac0/collections/16817330662361006667

音無くんと夏海さんでした。



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