始まる

「おっせーな! 一番最後だぞ」


「ごめんごめん」


 座敷を占領する集団に飛び込んでくるクラスメイトと思しき男は、平謝りを繰り返しつつ、夜風に煽られた頭髪の乱れを直す。事前に指定された時間をはみ出したことへの焦燥感が、上下する肩の動きから察せられた。残り少ない座布団の上に男が腰を下ろすと、同窓会を取り仕切る幹事は、雑多に会話を繰り広げる居酒屋の座敷にて、自身に注目を集める為に特大の咳払いをした。皆はその異音を聞きつけると、少しだけ無愛想な顔をしながら首を回す。勿論、幹事の号令だと認識した途端、襟を正すように眼差しを柔和に整え、耳を貸す姿勢を拵える。


 居酒屋の座敷で酒盛りを楽しむ只の集団とは違って、同窓会という共通項を持った一団らしい足並みの揃い方をし、幹事がこれから発言するであろう一声を待っている。私は、体温が著しく上がった身体の案配を見越して、あまり四肢を振り回さないように心掛けた。周囲の状況を顧みず振る舞うことによって生じる、失態の上塗りを避けたいという考えのもと、私は凝然と固まる。あくまでも、座持ちを取り繕う為の判断であり、間違っても幹事を慮った訳ではない。


「全員、集まったということで! 各自お手元のお酒を持ってもらいましょうか」


 幹事は、乾杯の音頭を取る上で必要不可欠な、宴を本格的に始める前の「挨拶」を始めようとしていた。そんな幹事の動作について、私はまるで関心が持てず、ひたすら彼の横でしずしずと丸く縮こまっていた。


「早々に暗い話はしたくありませんが、今回の同窓会はそれぞれの事情により、クラスメイトが全員、参加という訳には行きませんでした」


 神妙な面差しで幹事は、先の事件を暗に触れる。伏し目を決め込み、息を潜めていた私は、

瞬く間に当事者としての自覚が芽生え、そぞろに幹事の口吻に対して聴従すべきだと感じた。


「まぁ、人生は常に様々なことが起きます。今僕らがこの場に集まれていることを感謝し、同窓会を楽しみましょう!」


 幹事は右手に持ったジョッキを上空に掲げると、天井に備え付けられた照明の光りにやや目蓋を下ろしながら、勇ましく叫ぶ。


「乾杯!」


 皆はあたかもそこにジョッキがあるかのように、アルコールの液体を前後に振った。古くからの習わしに従った宴を始める為の前口上と動作は、私にとって著しく滑稽な光景であり、失笑まがいに上がった口角を嬉々として取り繕う。


「改めて、乾杯」


 隣に座る彼とジョッキを軽くぶつけ合い、改めて憩いの場を楽しむ趣きに浸った。ただし、勢い余ってハイボールを呷ったツケを先刻に払った手前、あくまでも慎ましくいようと思う。


「わたし、ヤルと思ってたんだよねー。何かしらの事件を起こすって」


 そんな軽い調子で始まった。同じ教室で額面上はクラスメイトでありながら、交流の一切を持っていなかった対面に座る女が、テーブルの上に片肘をついて物騒な言葉を吐くと、


「左に同じく」


 女の発言に乗っかる男は、ヘラヘラと頬を緩まし、まるで他人事のような語気でもって彼女を貶めた。

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