失敗
「おー!」
アルコールを鯨飲する私の豪快さは、彼に感嘆の声を上げさせた。よしんば拍手による音頭を取られても、居酒屋という場所に於いてそれは正道でもあった。だからこそ、来し方の人生で一度も経験したことがない、ハイボールの一気飲みなどといった馬鹿げた挑戦に臨んでしまっている。炭酸は情け容赦なく襲いかかり、ゴボゴボと喉の奥で音が鳴り出す。逃げ場を失ったハイボールは、鼻に向かって逆戻りを始める。私はしずしずと顛末を悟ったが、空になりつつあったジョッキに対して後戻りできないことも知らされていた。仕方ない。そう納得するしかなかった。
ゴホッ、擬態語としてこれほど相応しい言葉が見つからない。歪んだ口の間から滝のように黄色い液体が漏れ出すと、座敷を濡らしてしまうことへの罪悪感が浮上し、首を亀さながらに突き出す。テーブルの上ならば、拭き掃除で終わると踏んだ私なりの配慮であった。
「ハシャギすぎだろ」
無様な姿を晒す私を嬉々として囃し立てる声が右方から聞こえてきた。
「一気飲みなんて時代錯誤なことすんなよ」
左方からはそんな私を冷笑する。
「大丈夫か?」
昨今のテレビ番組でもなかなか見ない吐き戻しは、同窓会という日常から乖離した行事に有頂天になったお調子者が、身の丈に合わない振る舞いに準じた結果の痴態であった。よもや、日陰者が上記の為に耳目を集めるようなことは、滅多にない暴れ具合に違いない。公然に恥辱をひけらかすのと似た面映さに、見る間に顔が赤く染まった。集まる視線の気配から身を守ろうと、手に持っていたジョッキをそのまま物陰へ変えた。手前勝手な思考に陥るばかりの私とは違い、彼は自分のおしぼりを使って、私がテーブルの上に吐いたハイボールの後始末に奮闘しており、居心地の悪さは輪を掛けて酷くなった。
「……」
片手にジョッキを固持して衆目の白眼視から避けていた私も、おしぼりを雑巾代わりにテーブルを彼と共に拭いた。
「ごめん」
彼に対して謝った訳ではない。自分自身に謝ったのだ。同窓会にわざわざ出張って、飲み慣れていないアルコールを一気呵成に呷るなど、
教室で無関心を装い素知らぬ顔をしていたのが馬鹿らしく思える。その座持ちは滑稽と言わざるを得ず、元クラスメイトという肩書きの他人は私にとって、辱めを与える為だけに存在した。
「大丈夫だよ。飲みの席で起きる失敗なんて、明日には忘れているような小さいことだ」
彼の懐の深さは、一朝一夕で身に付くようなものではなく、長い時間をかけて育まれた人生の教訓が背景に透けて見えた。何事も比較は避けられない。隣の芝生が青く見えるのと同じように、彼との比較は避けられず、他人を慮れる人間性が私に備わっているかと問われれば、はっきり言って「ノー」と答える他ない。私は私を軽蔑することで自戒とし、これからの身の処し方を改めるつもりだ。
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