過去の幻影
「そんなおっかなびっくりに近付いてくることないだろー」
腰を下ろそうとする私の背中を叩いて、以前と変わらぬ親しさを提示してきた。それはやや、時代錯誤なコミュニケーションのやり方であり、舌鋒をもって指摘しても良かった。だが、この場を円滑にやり過ごすには幾ばくか過激さを帯び、“同窓会”という後腐れに水を差しかねない。素知らぬ顔で彼の所作を受け入れ、教室で過ごした日々の出来事を回顧しながら、当時の私をこの身に下ろす。
「どうも」
彼と接する際に過度な気遣いは不要である。軽薄さをひと匙加えて、漸く会話の釣り合いが取れ、一見すると厚かましく見える態度も彼にとって親しさに変わった。
「変わらないなぁー」
くしゃりと笑った顔は、昔の趣きのまま変わらない。それでも、成人男性らしい恰幅に成長した体付きから、年月の流れはハッキリと把捉でき、懐かしさと寂しさを感じた。
「そっちもね」
私は軽口を叩き、彼が求める体裁を演じて見せる。
「なに頼む?」
ソフトドリンクと書かれたメニュー表の頁が先ず初めに目に飛び込んだが、半ばアルコール類を頼むことを前提にしたススメである。私は要望に応えるように、こう言った。
「じゃあ、ハイボールで」
私は自ら好んで飲酒する習慣はない。しかし、同窓会に出席した以上、アルコールを摂取しない訳にはいかない為、空々しく「美味しい」と発して周囲の雰囲気に迎合するのが常となる。きわめて素直な舌は、酒気に備えて水を何度も迎え入れ、真っ赤に染まる顔色から身を守ろうと努めるものの、一杯飲み終わる頃にはすっかり出来上がってしまう。それほど、私の身体はアルコールを摂取する上で向かない体質であった。
「昨日のことのように記憶が甦るよ」
彼はツマミのポテトを箸で頬張りながら、私との間に生じた過去の残骸を掘り起こしている。私はそんな彼の一挙手一投足に目を配り、話が食い違うような脇の甘さが露呈することを嫌って、当たり障りのない相槌を打った。
「そうだね」
書割りのような人格の構築は、人間関係を良好にしておく為に欠かせない手段であると自負しているが、それは如何に主体性なく他人に影響されているかを物語り、ゆくりなく虚しさを覚える。それでも、他人との軋轢を避けるという命題に挑む私にとって、きっと無駄ではない心掛けのはずだ。
「これ、覚えてる?」
そう言って彼は、右手首に巻いている古ぼけたミサンガを子どものような笑みを浮かべながら、私に誇らしげに見せてきた。
「まだ着けてたんだ!」
回顧に耽らずとも、まばたきを二度と繰り返すうちに目蓋の裏でサッカー部らしい装飾品を身に付けていた彼が鮮明に蘇り、今も尚それを所持している物持ちの良さに驚かされた。
「だって、貰ったからさ」
私は彼の誕生日にミサンガを贈り物として贈呈した。長らく共に生活をしていたと考えた途端、口角が自然と上がり、体よく届けられたハイボールを大きく傾けた。
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