第4話

 昼の12時半、太陽が1番高く昇る頃。

 中堅STI“幕治文化学院まくはりぶんかがくいん”では昼休みの真っただ中に入っており、多くの生徒たちが食堂や教室で昼食をとっていた。それは高等部1年B組の教室でも変わらず、生徒たちは午前の授業や“出撃当番”による待機、“哨戒任務”によるSTI外での活動を終えて思い思いに過ごしていた。

 そんな中、B組の教室の前から1列目、廊下側から数えて2列目の席では3人の少女が1つの机を囲んで、売店で買ってきたパンやおにぎりを食べていた。

「…仁戸田にへださんと吞海どんかいさんって、ここの中等部の頃は同じクラスだったんだ」

 たらこおにぎりをかじりながら、灰色のブレザーとスカートに水色のリボンタイを身に着けて肩につかない程の長さの髪に水引のような飾りをつけた少女、加賀屋かがや 水晶みあきはそう呟く。

「そうだよ!」

 中2の時に同じクラスだったんだ~と黄色いパーカーに黄色いネクタイを身に着け髪を2つ結びにした少女、仁戸田 紀奈のりなは玉子のサンドイッチを片手に答える。

「まぁ、その頃から突っ走りがちな性格だったんだけどね」

 臙脂色のニットベストに赤いリボンタイを合わせたサイドテールの少女、呑海 ともえは梅干しおにぎりを食べながら真顔で言う。紀奈はぎくっと気まずそうにした。

「…それで、元の話に戻るけど、今後どうやって部隊メンバーを集めたらいいのかしらね」

 私が入ったとは言え最低でもあと2人は必要だし、と巴がこぼす。

「普通、自主結成部隊でもSTIの精鋭を集めて編成する“代表部隊”でも、メンバーの数は基本的に5人ってことが多いもんね」

 だからあたしたちもそれくらいは集めなきゃいけないんだけど、と言って紀奈は玉子サンドを一口かじった。

「…中々人が集まらないんだよね~」

 紀奈がそう苦笑すると、巴は全くよと返す。

「私のクラスの友達にも何人か声をかけてみたけど、全然ダメだった」

「あたしも~」

 巴の言葉に紀奈は頷く。

「みんな別に興味ないって断ってきちゃってさ」

 ここみたいな中堅STIじゃ難しいのかな~と紀奈は椅子に座りなおす。

「“強豪”や“名門”とされるSTIはともかく、うちのSTIに所属しているようなスパークラーは士気がそんなに高くないものね」

 仕方ないわ、と巴は続けた。

「…そう言えば、みあきちは幕文の中等部には通ってなかったんだよね」

 ふと紀奈がそう言いだしたので、水晶は彼女の方に目を向ける。

「あ、いや…みあきち幕文の中等部にはいなかったよねってふと思って」

 紀奈は明るく続ける。確かに、と巴も頷く。

「私たちが幕文の中等部にいた頃に、加賀屋さんはこの学年にいなかった」

 でも、STI中等部の出身者が戦い始める時期に戦っていたと巴は顎に手を当てる。

「そうなると、加賀屋さんはどこかのSTI中等部から幕文に来たってことになるけど…」

 どこから来たか、聞いてなかったわねと巴は呟く。

「ね、みあきち、元々はどこのSTIにいたの⁇」

 紀奈は机に身を乗り出して水晶に尋ねる。

「結構強いみたいだし、もしかして名門とかそういうの⁇」

 目を輝かせる紀奈に水晶はついたじろぐ。

「そ、それは…」

 その…と水晶の目は泳ぐ。紀奈はどこどこ~?と期待の眼差しを向ける。巴も興味ありげな目線を向けている。

 しかし水晶が困り果てていると、不意に廊下の方からあ!と明るい声が聞こえた。

「いた~!」

 3人が声のする教室の前の扉の方を見ると、ピンクのニットカーディガンとピンクのリボンタイを身に着けた小柄な少年が、水晶たちの方に駆け寄ってきていた。

「…あ、きみは‼」

 美術科の福貴迫ふきさこ はずむ!と叫んで紀奈は椅子から立ち上がる。弾、と呼ばれた少年はえへへ~と笑う。

「えっ、福貴迫 弾⁇」

「マジで⁈」

「なんでウチのクラスに?」

 紀奈の言葉で弾に気付いた1年B組の生徒たちも、驚いて口々に声を上げた。

「…誰?」

 高等部から幕治文化学院に入った水晶は、彼が誰なのかさっぱり分からずポカンとする。それに気付いた巴は、彼は福貴迫 弾と説明を始める。

「さっき仁戸田さんが言った通り、美術科…つまり1年F組の生徒よ」

 この学年ではちょっとした有名人なの、と巴は紀奈と弾の方を見やる。紀奈は弾にどうしてあたしたちの所へ?と尋ねていた。弾はえへへへへと頭を掻く。

「実はさ、キミたちが自主結成部隊を結成しようとしてるって聞いてさ」

 ボクも入らせてくれないかなって思ったんだ、と弾は続ける。

「だからボクも混ぜて!」

「え」

 紀奈と巴は思わず呟く。

「…そ、それは、どういう?」

「どうするもこうするも、ボクをキミたちの部隊に入れて欲しいんだ!」

 呆然とする紀奈を気にせず弾は飛び跳ねる。紀奈はえええ…とうろたえた。

「そ、それはいいんだけど」

 どうしてあたしたちなの…?と紀奈は訊く。

「別に、きみ1人でも十分強いんだし、自分で部隊を作ってもいいんじゃない…?」

 紀奈がそう言うと、弾はまーそうだけどさ~と返す。

「実はボク、こないだのキミたちの戦い見たんだよね~」

 たまたま同じ時間帯に出撃当番が回ってきてさ、と弾は続ける。

「それであの時見たキミたちの戦いが忘れられなくて」

 だから一緒に戦いたいんだ!と弾は笑った。

 水晶、紀奈、巴の3人は静かに顔を見合わせる。

「そう言ってくれるのは嬉しいんだけど…」

「急に言われるとびっくりしちゃうわね」

 紀奈と巴はそれぞれそう呟く。水晶も黙って頷く。

「えーもしかして嫌なの~?」

 弾がそう言って口を尖らせると、紀奈はそうじゃないんだけど…と苦笑いする。するとここで巴が不意に尋ねた。

「…ねぇあなた、私たちの戦いが忘れられないって言ってるけど、特に誰の戦いが印象に残ったの?」

 巴の質問にえ?と弾は答える。

「もちろんみんなの戦いぶりが印象に残ってるけど…」

 強いて言うなら…と弾は上を見上げる。

「そこの、水色のリボンを付けたキミかな!」

 弾に手で指し示されて、水晶は思わずポカンとする。

「キミの動き、普通の幕文のスパークラーと違ってどんどん攻めてくからすごいな~って思ってさ‼」

 ボク惚れ惚れしちゃった!と弾はまた跳ねる。一方水晶は驚きのあまり固まってしまった。

「だってよみあきち」

 どうする?と紀奈は水晶の方を見る。

「弾くんが入ってくれるのは嬉しいけど…」

 急すぎてなんだか信じられないねと紀奈は苦笑する。

「別にいいんじゃない?」

 私は彼が仲間になるのに賛成よと巴は梅干しおにぎりの最後の一口を口に放り込んだ。

「巴はOKだって」

 みあきちはどう?と紀奈は訊く。水晶はうーんと俯く。

「わたしは…」

「ソイツは仲間にしない方がいいぞ」

 不意に教室の前の扉の方から声が聞こえてきたので、水晶たちはそちらの方を見る。そこには深緑のセーターを着て緑のネクタイを締めたメガネの少年が立っていた。

寵也ちょうや‼」

 弾は明るく彼の名を呼ぶ。寵也と呼ばれた少年は1つため息をついて福貴迫、と言った。

「どうして自主結成部隊に入ろうと思ったんだ」

「えーいいじゃん面白そうだし~」

 寵也の言葉に弾は口を尖らせる。

「それにボクこの3人の戦いに魅了されたんだし~」

 いいでしょ~と弾は寵也に近付く。寵也はまたため息をついた。

「ダメだ」

「そんな~」

 寵也に拒否されて弾はがっかりする。

「寵也ってばボクのこと心配しすぎだよ~」

 いくらボクが中等部時代はずっと同じクラスで今は寮でルームメイトだからって、ボクのこと気にしすぎ~と弾は寵也の腕を引っ張る。寵也はお前なぁ…と呆れる。

「俺はお前が他人に迷惑かけるのが嫌なんだよ」

 寵也はそう言うと、弾はえ~とふてくされたような顔をした。

「寵也のケチ~」

「ケチじゃない」

 2人が言い合う様子を、水晶たち3人は暫くの間呆然としていた。やがて寵也がその様子に気付くと腕にまとわりつく弾を引きはがす。そしてこう言った。

「とにかく、俺はお前が自主結成部隊に入るのは反対だからな」

 寵也はそう言ってそっぽを向き、教室から去っていく。弾は寵也~と呼びながら彼のあとを追った。

 1年B組の教室には、ポカンとしたままの生徒たちだけが残った。




「昼休みさ、びっくりしたよね」

 放課後、多くの生徒たちが思い思いに過ごす頃。紀奈はそう話しながら水晶や巴と共に高等部1年生の教室がある校舎4階の廊下を歩いていた。廊下の窓の外からは傾きかけた太陽の光が差し込んできており、もう外はすっかり夕方であることが分かった。

「急に学年の人気者があたしたちの元へやって来てさ」

 自主結成部隊に入れてくれなんて言うから驚いちゃった、と紀奈は呟く。巴はそうねと頷く。

「今まで全く入りたいって人が来なかったのに、急に来るなんて」

 どういう風の吹き回しかしらね、と巴は不思議がる。

「でも、あの保護者みたいな子…寵也くんだっけ」

 弾くんのこと止めてたよね、と紀奈は水晶たちの方を見る。

「どうしてだろうねぇ」

 紀奈はそう言うと、巴はそうねと返す。

「彼さえ止めなければ、福貴迫くんは私たちの仲間になってたかもしれないのに…」

 巴がそう言った時、不意に廊下の曲がり角の方からおーい‼と聞き覚えのある声が聞こえてきた。3人が前を見ると、昼休みに出会った2人組…弾と寵也が十数メートル前方に立っていた。

「さーんにーん共!」

 昼休みぶり~と弾は明るく3人に駆け寄り、寵也もまた水晶たちに近付く。紀奈はえっどうしたの?と驚く。

 弾はえへへ~と笑った。

「実は昼間の話の続きなんだけどさ~」

 やっぱりボクを仲間に入れて!と弾は跳ねる。

「え、でも彼が…」

「あ、寵也の許可はまだ取ってないよ」

 紀奈の言葉を吹き飛ばすように、弾はあっさりと言う。紀奈はえっと呟く。弾は隣にいる寵也の方を見た。

「寵也は全然OK出してくれないけど、ボクは入る気満々だよ?」

 ねー?と弾は寵也に笑いかけると、寵也はあぁと真顔で答える。

「俺はコイツが自主結成部隊に入るのに反対だ」

 寵也はそう言うが、弾は気にせず水晶たちの方にだからさ、と向き直る。

「一旦ボクと一緒に戦って合うかどうか試してほしいと思うんだ」

「なっ」

 弾の言葉に寵也が反応する。

「試しに一緒になんて、俺そんなこと聞いてな」

「まぁまぁいいじゃん」

 驚く寵也を弾は諫める。

「お試しだよ~お試し」

 ちょっと一緒に戦って、合ったら合ったでボクは彼女たちの部隊に入るし、合わなかったら合わなかったで諦める!と弾は笑う。

「…」

 寵也は暫く黙っていたが、やがてため息をついた。

「仕方ない」

 1回だけだぞ、と寵也は弾を睨む。

「ただし俺が…」

 寵也がそう言いかけた瞬間、不意に校舎内にサイレンが鳴り響いた。

『管轄地域内でカゲの出現を確認、管轄地域内でカゲの出現を確認、出撃可能スパークラーは速やかに出撃せよ、場所は…』

 水晶たちはパッと顔を上げる。その中で弾はあ!と声を上げた。

「ちょうどカゲも出てきたみたいだし、早速戦いに行こ!」

 ほらみんなも!と弾は言って階段のある方向へ廊下を駆け出す。

「あっ、ちょっ、待てっ!」

 寵也も慌てて弾のあとを追う。

「あたしたちも行こう!」

 2人共!と紀奈が水晶と巴に言うと、2人は静かに頷く。3人は人気ひとけのない廊下を走り出した。




 夕暮れ時の住宅街にて。

 一般市民の多く住むエリアでのカゲの出現に、住民たちは大慌てで避難している。その中を幕治文化学院所属のスパークラーたちはP.A.を持って走る。水晶、紀奈、巴もその中にいた。

「あれが今回のヌシかしら」

 住宅地の奥から攻めてくるカゲの群れを見て、巴はポツリと呟く。カゲの群れの中には4メートル程の首の長い恐竜のようなカゲが歩いていた。

「うーんあの大きさはガンマ級か~」

 ここいらじゃ珍しいね~と紀奈は手でおでこにひさしを作りながら呟く。

「…とにかく、行こう」

 さっさと倒さないと、ここは住宅地だから厄介なことになると水晶は右手に持つ刀型P.A.を握り直す。紀奈はそうだねと呟き、巴はええと答えて前を向く。3人はカゲに向かって走り出した。

 すると人間とあまり大きさの変わらない肉食恐竜のような姿のカゲが水晶たちに気付いて走り出す。水晶は刀型P.A.“ソウウン”を的確に振るってカゲのコアを砕き、紀奈は足元に光の力を込めて飛び上がると手に持つボウガン型P.A.“ダープン”のトリガーを引いてカゲのコアを撃ち抜く。巴もサーベル型P.A.“カールツヴァイ”で次々とカゲを切り裂いていく。周囲のスパークラーたちもカゲを倒していった。

 しかしカゲの移動スピードが速く、一部のカゲたちはスパークラーたちの包囲網を抜けて住民たちが逃げていった方へ向かっていく。

「このままだとマズいわね」

 巴はカゲが向かう方を振り向いて呟く。紀奈も頷いた。

「…それなら、わたしが‼」

 カゲが住民の逃げて行った方角へ向かう様子を見て、水晶はそう言いつつ走り出す。そして足元に光の力を込めて長く跳び、カゲたちの前に着地すると左脚のホルスターから拳銃型P.A.“パッセル”を手に取り撃ち始める。突然目の前に現れたスパークラーに驚いたカゲたちは思わず足を止め、そのままパッセルの光弾の餌食になった。

 だが何体かのカゲは水晶に向かって駆け出してくる。

「っ‼」

 一斉に飛びかかるカゲたちに水晶は思わず顔を背けるが、ここでカゲたちが襲いかかってくる方から隙あり‼と明るい声が聞こえてきた。水晶が顔を上げるとピンク色のカーディガンにピンク色のリボンタイを身に着けた少年がハルバード型P.A.を振り上げながら飛び込んできていた。少年はP.A.の刃をカゲの頭に向かって振り回す。P.A.の刃に頭部を次々と切り裂かれて、カゲたちは悲鳴を上げながら消滅した。少年は地面に着地すると水晶に笑顔を見せつつ小さく手を振る。

「やっほー」

 危なかったねと少年…福貴迫 弾は水晶に近付く。水晶はポカンとした顔をした。

「みあきち!」

「加賀屋さん!」

 聞き覚えのある声がして水晶が我に返ると、先程水晶がいた方から紀奈と巴が駆け寄ってきていた。

「急に飛び出していったからびっくりしたよ…」

 もーと紀奈は口を尖らせるが、弾の姿に気付いてあっと驚いた顔をする。

「福貴迫 弾!」

「いえーい」

 弾はにこやかに答えるが、そこへおいと声が飛んできた。4人が声のする元来た方を見ると、弾の背後に深緑色のセーターに緑のネクタイを身に着けメガネをかけた少年が立っていた。

「急に飛んでいったから焦ったぞ」

 バカかお前とメガネの少年…寵也は弾の顔を覗き込む。弾はえへへと笑う。

「だってあの子が危なそうだったんだもん」

「それでも自分の身は大事にしろ」

「え~」

 弾と寵也の言い合いを見ながら、水晶たちはポカンとする。やがてその様子に気付いた弾は、ねぇ!と彼女たちに向き直った。

「ここからはボクに任せてよ!」

「え、大丈夫なの?」

 紀奈が驚いたように訊くが、弾は大丈夫大丈夫~と彼女たちに背を向ける。

「ボクそんなに弱くないもん!」

 そう言って弾はハルバード型P.A.“ヘンゼル”を担ぐと、カゲたちが向かってくる方へ走り出す。

「あっ、アイツ‼」

 寵也は慌てて弾のあとを追う。水晶たちも彼に続いた。

「いーっくよーっ!」

 弾は走りながらヘンゼルを構え、向かってくるカゲの頭部のコアを切り裂いていく。時に飛び跳ね、時にP.A.を遠心力に任せて振るい、時にはその場で回転しつつカゲを倒していく様は、まるで踊っているようだった。

 次々と弾の手でカゲは倒されていったが、カゲの数が減るにつれヌシとみられる首の長い恐竜のようなカゲが叫び声を上げて弾の周りにカゲを向かわせていく。弾が気付いた頃には、彼は身の丈程のカゲに囲まれていた。

「…あ、あれ?」

 弾は己が置かれている状況に気付いて思わずヘンゼルを振るう手を止める。カゲたちは周囲を侵蝕しながら彼ににじり寄っていた。

「おわわ…」

 弾が思わず慌てていると、不意に上から1人の少女が飛び込み彼の前のカゲたちを切り裂いた。その直後、彼の後方から何発か銃声が聞こえてカゲたちが悲鳴を上げる。弾が振り向くと、マシンガン型P.A.を構えたメガネの少年と、拳銃型P.A.を構えた2人の少女が立っていた。

「寵也、みんな!」

 弾が声を上げると、寵也はムスッとした顔をする。そして福貴迫、と言いながら彼に近付いた。

「勝手にどっか行くのはダメだろ」

 気ままに戦うから追い詰められるんだよ、と寵也は弾の顔を覗き込む。弾はゴメンゴメンと笑いながら申し訳なさそうにした。

「あと、コイツらと一緒に戦うんだろ」

 ちょっとは周りのことも考えろ、と寵也は水晶の方を見る。弾はその言葉を聞いてハッとする。2人が話す間も水晶はカゲを倒していた。

「…とにかく、アイツがカゲを倒しまくっているから俺たちはヌシの方へ向かうぞ」

 “代表部隊”を待ってたら逃げた市民に被害が出かねないと寵也は言いつつ水晶の方に近付く。

「…おいお前」

 名前、なんていうんだ?と寵也は水晶を呼び留める。水晶はソウウンを振り回す手を止めて彼の方を見る。

「俺は熊橋くまはし 寵也」

 そこの福貴迫とは長く付き合ってると寵也は付け足す。水晶は…加賀屋 水晶と名乗った。

「そうか、加賀屋か」

 寵也はそう呟くと、1つお願いがあると水晶に向き直る。

「あの群れの中にいるヌシを倒すための道を作ってくれないか?」

 寵也は迫りくるカゲの群れの中程にいる大型のカゲをP.A.で指し示す。

「ただの露払いみたいになってしまうが…奴らの侵攻スピードを考えるとお前みたいにカゲを速く倒せるような奴に道を切り拓いてもらった方が早い」

 だからお願いできないか?と寵也は水晶の目を見る。水晶は急な提案に少し戸惑うが、やがて静かに頷きカゲがいる方に向かって駆け出した。

「よし、頼んだ」

 寵也はそう呟くと、後ろの紀奈と巴にも目をやる。

「お前らも、加賀屋と一緒に道を拓いてくれるか?」

 その言葉に紀奈はあ、うんと答え、巴は分かったわと返した。それを見た寵也は弾に行くぞと声をかける。弾はうんと頷いた。

 先に走り出していた水晶と、あとから走り出した紀奈と巴は地上のカゲを次々と倒していく。そうして切り拓かれた道を寵也と弾は駆けていった。特に水晶が突き進むスピードは凄まじく、光の力による多少の身体能力強化があるとは言えあっという間にカゲの群れの中に道ができていった。

 しかし一方のカゲたちもヌシの咆哮と共に侵攻してくる。それに対し水晶たちの後ろから寵也がマシンガン型P.A.“コルバス”のトリガーを引いてカゲたちを撃ち抜く。カゲたちは次々と消滅していき、やがてヌシの周りががらんと空いた。

「よし、福貴迫!」

「うん‼」

 ヌシの目の前まで来た時、寵也は弾に声をかける。弾はヘンゼルを構えると助走をつけてヌシにとびかかる。コアのある頭部に狙いを定め、弾はヘンゼルを振り下ろした。ヘンゼルの刃はカゲの頭に直撃し、内部のコアを真っ二つにする。

 その途端、ヌシの身体は霧散し始め周囲にいるカゲたちもエネルギーの供給源を失って消滅していく。カゲに黒く侵蝕された住宅地もじわじわと元通りになった。

 その様子に周囲のスパークラーたちは動きを止め、水晶や紀奈、巴も立ち止まる。

「…寵也!」

 弾は地上に着地して寵也の方を笑顔で見る。寵也はなんだよと面倒くさそうに彼の顔を見た。

「今回もやったね~」

 わーいと弾は寵也にスキップで近寄る。寵也ははいはいと適当に返した。

「…でさ、あの子たちの部隊に入ってもいいかな?」

 弾が水晶たちの方をちらと見てそう言うと、寵也はうっと唸る。水晶たちは驚いたような顔をした。

「そ、それは…」

「試しに一緒に戦ってみたらいい感じだったし、よくない?」

「うぐっ」

 弾の言葉に寵也はたじろぐ。弾はにやにやした。

「…ね、いいでしょ?」

 弾にそう詰め寄られて寵也は焦るが、暫くの沈黙ののちこう言った。

「好きにしろ」

 その言葉に弾はわーいと喜ぶ。だが寵也はただしと続ける。

「お前のことが心配だから、俺もアイツらの部隊に入る」

 寵也がそう言うと、紀奈はホント⁈と飛び跳ねる。寵也がそうだと頷くと、やったー!と隣にいる巴に抱き着いた。巴はちょ、ちょっと…と困惑した。

 水晶はその様子を静かに見ていたが、不意に弾と目が合った。弾は水晶に対して笑いかける。

「…」

 水晶は思わず目をぱちくりさせた。




〈第4話 おわり〉

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