第3話

 放課後、授業が終わって生徒たちが思い思いに過ごす頃。

 中堅STI“幕治文化学院まくはりぶんかがくいん”では多くの生徒たちが、部活動や勉強、出撃待機のための“出撃当番”、管轄地域内でカゲが出現しないかどうかの“哨戒任務”などにいそしんでいる。そんな中、多くの生徒たちが出入りする校舎の出入り口で、2人の少女がせっせとチラシを配っていた。

「自主結成部隊に入りませんか~?」

 メンバー募集中でーすと言いながら、黄色いパーカーに黄色いネクタイで、髪を2つ結びにした少女こと仁戸田にへだ 紀奈のりなは道行く生徒たちにチラシを渡していく。

「…お願いします」

 メンバーが足りないんですと言いつつ灰色のブレザーに灰色のスカート、水色のリボンタイを身に着けて肩につかないくらいの長さの髪に水引のような髪飾りをつけた少女、加賀屋かがや 水晶みあきも頭を下げつつチラシを配っていく。

 しかし、多くの生徒はチラシを配る2人に目もくれずそのまま通り過ぎていく。少数ながらチラシを手に取ってくれる者もいたが、立ち止まる訳もなくそのまま歩き去っていった。

「…なんかもらってくれる人少ないね~」

 人通りが少し落ち着いた頃、水晶に近付いた紀奈は呟く。水晶は静かに頷く。

「やっぱり無名の高1がチラシ配りしてるからかな~?」

 もう少し有名なスパークラーだったら違ったのかもと紀奈は空を見上げる。水晶はそんな紀奈の横顔を見て微妙な顔をした。

「ま、こんなこと気にしてても仕方ないよね!」

 もっと他の場所でチラシ配ろ!と紀奈は水晶の手を取る。そのまま紀奈が歩き出そうとした時、2人の目の前であら?と聞き覚えのある声が聞こえた。2人が声の主の方を見ると、目の前に臙脂えんじ色のベストと赤いリボンタイを身に着けた、サイドテールで気の強そうな少女が立っていた。

「何してるの?」

 2人共、とサイドテールの少女は水晶と紀奈に近寄る。紀奈は、ともえ!と明るい声を上げた。

「見ての通り、チラシ配りだよ!」

 自主結成部隊の、と紀奈は手に持つチラシのうち1枚を巴に渡す、そこには“新設部隊、メンバー募集中‼”と印刷されていた。

「ふーん」

 前に部隊を結成するとかなんとかって言ってたけど、今はこんなこともしてるのねと巴は呟く。紀奈はそうだよ!と笑う。

「みあきちが仲間になってくれるってこないだ言ってくれたから、あと3人メンバーを集めたくて」

 それで配ってるんだ、と紀奈は言う。巴は…そうと頷いた。

「そういえば、あなた…仁戸田さんの仲間になったのよね」

 不意に巴が水晶に目を向けたので、水晶はあ、はいと答える。

「彼女、結構危なっかしいから気を付けなさいよ」

「ちょっ、巴!」

 あたしそんなんじゃないもん、と紀奈は頬を膨らませる。巴は少しため息をつく。

「この間だって、カゲに突然突っ込んでったじゃない」

「あ、あの時は仕方なかったもん…」

 あたしのかたきみたいなものだったしと紀奈は俯くが、巴は気にせず続ける。

「あなた、中等部の頃からずっとそうじゃない」

 1人で突っ走って、周りに迷惑かけてばかり…と巴は呆れた顔をする。

「だから自主結成部隊には向いてないって言ってたのに」

 バカねぇと巴は呟く。紀奈はえーと口を尖らせるが、不意にあ、と呟く。

「じゃあ巴があたしたちの部隊に入ったら⁇」

「え」

 巴は思わずポカンとする。

「な、なんで私があなたたちの部隊に入らなきゃいけないのよ⁈」

 私興味ないんだけど⁈と巴は声を上げる。

「えーだって巴があたしのこと心配するから…」

「し、心配なんかしてないわよ!」

 別にあなたたちにはそこまで興味ないし…と巴はそっぽを向く。あ、巴照れてる~?と紀奈は笑った。

「とにかく、私はあなたたちの部隊には入らな…」

 巴がそう言いかけた時、不意に辺りにサイレンの音が鳴り始めた。

『管轄地域内でカゲの出現を確認、管轄地域内でカゲの出現を確認、出撃可能スパークラーは速やかに出撃せよ、場所は…』

 突然の校内放送に水晶、紀奈、巴の3人は思わず顔を上げる。

「こんな時にカゲが…」

 巴はポツリと呟くが、紀奈は水晶に対し明るくみあきち!と声をかける。

「一緒に行こ!」

 紀奈の言葉に水晶はあ、うんと頷く。

「じゃ、巴、またあとでね‼」

 紀奈は巴に手を振ると、スパークラーたちのP.A.が保管されている“武器庫”へ向けて駆け出す。水晶も彼女に続く。巴は、ちょっ待ちなさいよ~!と言いながら2人のあとを追った。




 高層マンションが林立する地区にて。カゲ出現の一報を受けて人々が逃げ出した街には、多くのスパークラーが色とりどりの武器“P.A.”を持って駆けている。その中には水晶と巴の姿もあった。

「ヌシ…どこかなぁ」

 紀奈が辺りを見回す中、不意に水晶があ、あそことP.A.で上を指し示す。紀奈がその方向を見ると、高層マンション群の内の1棟の屋上に空飛ぶ小さなカゲの群れと共に体高3メートル弱ほどの肉食獣のような姿をしたカゲが地上を伺っていた。

「あれが…この群れのヌシか」

 ギリギリ大きさはベータ級って所かなと紀奈は呟く。周囲のスパークラーたちも高層マンションの屋上を見上げていた。

 あまりに高い所にカゲがいるため多くのスパークラーたちは何もできずにいたが、不意にヌシと見られるカゲが雄叫びを上げた。すると上空を飛び交っていた飛行型カゲが一斉に地上に向かって飛び込んできた。

「来る!」

 水晶はそう叫んで左脚のホルスターから拳銃型P.A.“パッセル”を抜き取り、空から来るカゲたちに光弾を放つ。紀奈は右手に持つボウガン型P.A.“ダープン”のトリガーを引き、周囲のスパークラーたちも飛び道具型のP.A.で攻撃を始める。しかしカゲの数が多くかなりの数を撃ち漏らしてしまった。撃ち落とされなったカゲは、地上に降りると路面を黒く侵蝕し始める。

「うぉぉ、マズいマズい」

「倒さなきゃ」

 スパークラーたちは慌てて周囲のカゲを倒し始める。水晶はパッセルを左脚のホルスターにしまうと右手に持つ刀型P.A.”ソウウン”を握り直し地上を侵蝕するカゲに飛びかかった。

 しかし翼を広げたコウモリのような体長80センチメートルほどのカゲは、口のような部分から突然光線を放つ。水晶は驚きつつも足元に光の力をこめて飛び上がって避けるが、後方にあるマンションの壁に焼け焦げたような跡がついた。

「みあきち!」

 紀奈は慌ててダープンのトリガーを引き、カゲのコアを撃ち抜く。そして地上に着地した水晶に駆け寄った。

「大丈夫⁈」

 さっきの奴急にビーム撃ってきたけど…と紀奈は続ける。水晶はあ、うんと頷く。

「あのタイプのカゲって光線撃つっけ…?」

 紀奈は周囲のスパークラーが戦う様子を見ながらふと呟く。周囲のスパークラーたちも、突然光線を放ってくるカゲに困惑していた。

 だが水晶は気にせず再度左脚からパッセルを抜き、左手で構える。

「…あいつらが光線を撃つかどうかなんてどうでもいい」

 あちらが飛び道具を使うならこっちも…!と水晶はパッセルのトリガーを引いていく。パッセルが放った光弾は次々とカゲのコアを撃ち抜いていった。それを見た紀奈も周囲のカゲたちに向けてダープンのトリガーを引く。

 暫しの間、周囲のスパークラーたちと共に水晶と紀奈はP.A.でカゲたちを倒していった。しかし、地上のカゲがある程度減っていった所で突然上から雄叫びが聞こえてきた。

 スパークラーたちが顔を上げると、先程からマンションの屋上にいるヌシが、侵蝕したマンションの屋上から生まれた飛行型カゲを指揮するように叫んでいた。

「⁈」

 スパークラーたちが驚く間もなく空を飛ぶカゲの群れは地上に飛び込んでくる。地上のスパークラーたちは慌てて避けるが、カゲを一掃した地上はまたカゲに侵蝕され始めた。

「うへぇ」

 さっき倒したばかりなのに…と紀奈は呟くが、水晶は黙ってパッセルを撃ち続ける。しかし先程以上の数のカゲが地上にやって来たため、侵蝕のペースが速くなってしまった。

「やっぱり上にいるヌシを倒さないと意味はないか…」

 水晶はそう言いつつ上を見る。空からはまだ多くのカゲが飛び降りてきていた。

「…みあきち後ろ!」

 暫く上を見上げていると不意に紀奈に腕を引っ張られ、水晶は転ぶように横へ移動する。水晶が先程いた所を、カゲが後ろから放った光線が飛んでいった。

「仁戸田さ…」

 水晶がそう紀奈に向かって言いかけた時、どこからか危ない‼という叫び声が聞こえた。2人が顔を上げると上からカゲが飛び込んできている。水晶は咄嗟にパッセルを上に構えた。

 だがそこへ1人の少女が水晶たちの方へ飛び込みながら、上からやって来るカゲをサーベル型P.A.で切り裂いた。

「!」

 水晶と紀奈が驚く間もなく、少女は地上へ着地しP.A.を一振りすると2人の方を見た。

「…巴‼」

 紀奈はその姿を見て嬉しそうに声を上げる。巴は2人に冷たい目を向けた。

「助けてくれたんだ!」

 ありがとう‼と紀奈は巴は駆け寄りながら感謝する。水晶も紀奈と一緒に巴に近付いた。

 しかし巴は何よ、と返す。

「別に戦力が減ったら困るだけで、あなたたちを助けたかった訳じゃないんだから」

 そう言って巴はそっぽを向く。え~そんなこと言わないでよ~と紀奈は笑った。

「本当はあたしのこと心配してるくせに~」

「別に心配なんかしてないわよ」

「うっそだ~」

 紀奈と巴は暫くそう言い合っていたが、やがて巴はため息をついた。

「…とにかく、あのヌシを倒さないとどうにもならないわ」

 このまま代表部隊を待ってちゃらちが明かないし、と巴はマンションの屋上にいるヌシを見上げる。ヌシは相変わらずこちらの様子を伺っているようだった。

「それは分かっているんだけど…」

 あの高さじゃ地上から飛び上がって倒しに行くとか無理だし…と紀奈は呟く。

「周りのマンションの上からコアを撃ち抜くのも、マンション同士が離れているからパッセルじゃ無理ね」

 巴はそう言いつつ腕を組む。水晶もマンションの屋上を暫く見つめていたが、ふとこう言った。

「…あのマンションの屋上にエレベーターで上がって直接倒すのは?」

「いや、普通のマンションって簡単には屋上に入れないはずだよ」

 色々危ないし、と紀奈は水晶の方を見る。水晶は…じゃあと続ける。

「何か足場があればいいんじゃない?」

 その言葉に巴はハッとする。

「足場…」

 巴は顎に手を当てて暫く考えたあと、不意に声を上げた。

「マンションのベランダを足場に登っていけば屋上へ辿り着ける!」

「えっ⁈」

 紀奈は思わず驚く。

「ベランダを足場にって…」

「つまり、マンションのベランダを足場に光の力を使って登っていくってことよ」

 巴の言葉にそっか!と紀奈は手を叩く。

「光の力を足元に込めつつ飛び跳ねて、マンションのベランダを足場にすれば屋上まで跳んでいける!」

 巴すごーい!と紀奈は飛び跳ねる。巴は別にどうってことないわ、と少し笑った。

「…さて、そこのあなた」

 不意に巴が水晶に目を向けつつ声をかけたので、水晶はあ、はいと反応する。

「名前、訊いてなかったけどなんて言うのかしら?」

 巴に急に訊かれた水晶は…加賀屋 水晶ですと慌てて答える。

「そう、加賀屋さん」

 私は呑海どんかい 巴よ、と巴は微笑む。

「あなた、刀型P.A.を持っているでしょう」

 私の作戦、手伝えるかしら?と巴は首を傾げる。水晶は暫くの沈黙ののち、静かに頷いた。

「じゃあ行くわよ!」

 巴はそう言うと、ヌシがいる高層マンションに向けて走り出す。水晶もそれに続く。

「あ、ちょっと巴!」

 あたしはどうしたらいいの⁈と紀奈は巴たちの後ろから声をかける。巴は、仁戸田さんは上から来るカゲをお願い!と振り向かずに答える。分かった!と紀奈は頷いた。

 巴はマンションの目の前まで来ると足元に光の力を込め高く飛び上がる。10メートルほど飛び上がると、巴は高層マンションのベランダの柵に足をかけ、さらに飛び上がる。水晶も同じようにベランダ伝いに登っていく。

 2人が登っていく中何度も上から飛行型カゲが襲いかかってきていたが、2人が手持ちの刀剣型P.A.で切り裂いたり、地上から紀奈がボウガン型P.A.で撃ち落としたりしていたため、カゲからのダメージはほとんどなかった。

 水晶と巴は何度もマンションのベランダを足場に登っていき、あっという間に高層マンションの屋上に辿り着いた。そこでは肉食獣型のカゲがマンションの屋上を黒く侵蝕していた。

 ヌシは水晶と巴が屋上にやって来たことに気付くと、低い唸り声を上げる。すると周囲を飛び交っている小型のカゲが一斉に飛びかかってきた。2人は咄嗟に脚のホルスターからパッセルを手に取ると、襲いかかってくるカゲたちを撃ち落とした。しかしヌシの足元から次々と飛行型カゲが出現し、水晶たちに襲いかかってきた。

「…これじゃあ埒が明かないわね」

 せっかくここまで登って来たのにと巴が呟くと、水晶はじゃあと答える。

「わたしがおとりになってあのヌシの気を引く」

 その隙に、吞海さんが…と水晶は巴の顔を見やる。巴は暫く考え込んだが、やがて分かったわと答えた。

 水晶は静かに頷くと、ヌシに向かって飛びかかった。ヌシは急な相手の動きに驚いたように跳ねて逃げ、周囲の空飛ぶカゲたちは一斉に水晶に飛びかかる。水晶は右手のソウウンで襲い来るカゲたちを切り裂き、左手に持つパッセルで遠くのカゲを撃ち抜いた。

 ことごとく従えていたカゲを倒されたヌシは、唸り声を上げつつ足元からカゲを生み出す。水晶はヌシの背後に回り込むように走り出す。カゲの群れは水晶を追いかけて飛行するが、水晶はヌシの背後に入った所で立ち止まった。カゲたちは悲鳴を上げて水晶に接近するが、すんでの所で水晶は横に飛ぶ。するとカゲの群れはヌシに思い切り衝突した。

 ヌシはカゲの群れに押し倒されるが、ここで水晶は吞海さん!と呼びかける。ヌシが立ち上がろうとした時、巴がサーベル型P.A.“カールツヴァイ”を振りかざしてカゲの頭部に飛びかかってきていた。

 ヌシが驚く間もなくカールツヴァイはヌシの脳天を切り裂き、内部にあるコアを砕いた。ヌシはつんざくような悲鳴を上げながら霧散する。すると周囲のカゲも消滅し、カゲに侵蝕されていた屋上もじわじわと元通りになった。

「…加賀屋さん」

 カゲが消滅するのを見届けてから巴は水晶に近付く。水晶もそれに気付いて立ち上がる。

「お疲れ様」

 巴に急に言われて、水晶はえっと驚いたような顔をする。

「…別に、わたしはそこまでのことなんて」

「随分やってるわよ」

 あなた、と巴は微笑む。水晶は暫くポカンとしていたが、巴は気にせず彼女に背を向けマンションの屋上の端に向かった。

「…さて、STIに戻ったら仁戸田さんの部隊に入るって言わなきゃね」

 急に巴がそう言いだしたので、水晶はえ?と返す。巴は振り向く。

「だって彼女の部隊だから危なっかしいし」

 …それと、と巴は前を向いて続ける。

「あなたと私、意外と相性よさそうだから」

 意外な言葉に、水晶は目を丸くする。

「…相性」

 水晶は思わず繰り返すが、巴は気にせずそのまま歩いていく。水晶もそれに続いた。




〈第3話 おわり〉

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