第2話 苺タルト

そんな靴下劇場!を目撃してから、俺はここのところ、仕事にやる気が起きない。


朝起きると繰り返す、同じような毎日だ。


冷え冷えとしたショーケースに飾られた同じような華やかなケーキ、それを覗き込む、同じような笑顔の客達。


そんな事を考えながら、ケーキを補充していると、一人の沈んだ面持ちの若い女性客が、おずおずとショーケースを覗き込んできた。


俺は、珍しい顔が来たものだ、と彼女に強く興味を惹かれた。


通常、どの客もキラキラとした瞳でケーキを選ぶのだ。

ところがあまりにも彼女は異色であった。


俺は明るく

「いらっしゃいませ。」と声を掛けながら平凡な容貌の彼女の様子をチラチラと覗いた。


彼女は暫く迷っていたが、意を決した様子で


「あの、一つでもいいですか。これを下さい。」


とごく細々とした声を出した。それはとても丁寧な口調で、そして相反するような真っ直ぐな眼差しだった。


彼女は苺のタルトを指差した。


俺は、一瞬胸がどきりと脈打ったが、直ぐにいつもの張り付いたスマイルで


「勿論です、かしこまりました。」

と彼女と同じように丁寧に受け応えした。


彼女はオーダーを終え、ほっとしたのか微かな笑顔が綻んだ。


俺はその時、飽き飽きする程見慣れた、タルトの上に並べられた赤い苺たちが、みずみずしくきらめいて見えてきた。


何故か、鮮やかな香りまでが鼻の前に迫ってくるようにも感じた。

そして唐突に、今、自分が恋に落ちた事を知る。


胸の中が冴えない雨空だったものが、彼女の消え入りそうな声で、一気に晴れ間が広がり、気が付いたら虹が掛かっていた…そんな気分だ、と思う。


彼女はまた悲しそうな表情に戻り、会計を済ませるとケーキを大切そうに抱えて、足早に去ってしまった。


俺はボーッと立ち尽くし、ふと我に帰り、また、張り付けた笑顔で接客を始めた。

しかし一日中、彼女の訴えるような眼差しと、声が、どうしても忘れられなかった。


次の機会は直ぐに訪れた。

またあの彼女が来店してきたのだ。


俺は内心大喜びで、なるべく柔らかい笑顔を彼女に向けた。

彼女はやはりどこか悲しそうで、

俺は胸が痛んだ。


彼女は今日もケーキを一切れオーダーして、大切そうに抱えて帰った。


そんなことがあってから、ニ、三日が経ち、彼女は再び店に姿を現した。

俺は、慣れない甘酸っぱい感情が胸を満たした。

照れ笑いと同時に、彼女に微笑みかけた。


「おまたせしました。今日も苺のタルトですね。」


彼女はジッと俺の胸元を凝視しながら、静かに頷いた。その瞬間、俺は彼女の心に秘めた何かを感じた。


「いつものようにお持ち帰りでしょうか?」と尋ねると、彼女はコクリと首を傾けながら、小さなため息をついた。


「はい、お願いします。」


それから数週間、彼女は時々、午後のカフェに現れ、同じ苺のタルトを注文し、大切そうに持ち帰っていった。俺は、そのルーティーンに心を奪われていた。


ある日、彼女が去る前に、俺は思い切って声をかけたのだ。


「すみません。お尋ねしてもよろしいでしょうか。

何故、いつも同じケーキをお選び下さるんでしょうか?」





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