ル・カフェー・ギャルソン5 苺の話

つきたん

第1話 靴下遊び

最近、朝起きる時に、身体がいやに重だるく感じるんだ。


今朝も中々、布団から出られなかった。


身体というより、これは脳の炎症か。きっと脳内疲労がタップリ溜まっているんだろうなぁ…。


俺はそんな事を考えながら、ノロノロと起き上がり、身支度をする。


今日のカフェは早番だから、急がないと。


いつもの朝のルーティーンをこなしていく内に、いつの間にか疲労のことは忘れて、家を後にした。


さあ、今日も店は忙しいかな。


この店は、価格設定が高めの為か、客層はお洒落な若い女性が多い。後は落ち着いた大人が大半だ。


珈琲のメニューには、駅ビルのカフェでは大変に珍しく、ハンドドリップもあるのだ。


常連客はそれが目当てで、通って来る。


ブレンドは、通常のバリスタマシーンで淹れる。それは俺達バイトの仕事だ。

それでも、豆も焙煎も拘った、充分に美味しい珈琲だ。


今日は朝から、いやにカップルが多いな。


あぁ、今日がバレンタインデー当日だったか。

俺には縁遠いな…。


今朝、身体が無意識に出勤を拒んでいたのは、それか。


俺は素直な自分の身体に、ちょっぴり恥ずかしくなった。


さて、次の客に、珈琲二つと、苺タルトを一つ、サーブする。


暫くしてから、そのカップルに水のお代わりを頼まれた。


二人は向かい合わせではなく、隣同士に腰掛けている。


水をお持ちすると、何と。


テーブルに隠れ、彼女が片足を椅子に上げていた。そして甲高い声で


「コンニチハ。ドウモ、親指チャンデチュ。チューシテクダチャイナ。」


その彼女の穴あき靴下を見て、男は


「可愛い親指でちゅね。でもこんな所で、君にちゅー出来ないよ。後で、家でね。」


と言って、親指を撫で撫でしてから、代わりに彼女の唇に何度も、チュッとキスをした。


…。


俺は、もう、目の前の光景に、倒れるかと思った。

この店では、まぁ今日に限らず、見慣れた光景だが…。


いい歳の大人達の、イチャイチャ靴下遊びが、あまりにも堂々として楽しそうだったのだ。


本当に、家でやってくれ!!


俺の脳は、一周回って爆笑したいのを堪えながら、今朝の疲労も何処かにぶっ飛んでいった。


そして無事に営業スマイルを保ち、接客を続けた。


神様。

俺に春はいつ来るのでしょうか…。
















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