第23話 手料理
風呂から上がった恭子はダイニングに向かう。一足先に上がったマリアは恭子のご飯を用意してくれていた。
(おお……和食!和食!)
恭子はまだカラッサの飲食店で食べた洋食定食っぽいモノと病院食しか食べていない。恭子の目の前に用意されている食事、それはザ・和食と言ってもいいラインナップだった。
白ご飯と味噌汁はもちろん、焼き魚と煮物等。日本食という日本食が用意されていた。定食や病院食を食べた時に米の存在は確認できた。そしてもしかたらと恭子は期待していたが、ここまで完璧な和食が食べれるとは思ってもみなかった。
「私が作りました!カラッサの家庭料理なんですよ!お口に合えばいいですが……」
恭子の驚きの声にマリアが反応。自信満々に胸を張っている。マリアは料理が得意らしい。いままで節約する為にもらった材料で毎日料理をしていたせいで、カラッサの家庭料理はもうお手の物だそうだ。今回はマルガから材料は好きに使っていいと言われたらしくこれでもかという量を作っていた。
「恭子さん以外も食べるかと思って!」
自信作らしく、作った料理にはかなりの自信があるのだろう。恭子はそんなマリアの料理を食べるべく、テーブルの前に着席し手を合わせる。そして早速食事に手をつける。最初に箸を手に取ったのは煮物だった。カボチャっぽい野菜と人参を煮込んだものらしい。シンプルな味付けで素材の味を生かした一品だと思われる。しかしそれが恭子にとっては嬉しい。日本食ならではの味というやつだろう。さっそく煮物を口に運ぶ恭子。その味は……
「……おいしい」
日本食が食べたくて仕方なかった恭子の体を日本の味、それが染み渡る。程よい味付け。シンプルな材料を使って作ったという割りにしっかりとした味がする一品だ。味付けもマリアが作ったというのでマリアの腕がいいのか、それともカラッサで出される料理が日本人にはあうのか、それはわからない。だがそんなことはどうでもいいと切り捨てられる程にこの煮物は美味しかった。恭子はおいしいと一言だけ言って、黙々と料理を食べ進める。
「……恭子さん?」
「……え?」
恭子はマリアの声で自分が涙を流していることに気付く。そして自分が泣いていることに驚いた。
(……ああ、そうか)
恭子は日本食が食べたかったのだ。心のどこかで日本の味を求めていた恭子にとってこの料理はまさに求めていた味だった。もう数年食べていない日本食。それは恭子の心を揺さぶるのに十分すぎるものだった。だからこそ、それが食べられた今、その想いが溢れ出てきたのだ。そしてこの料理は恭子に涙するほどの感動を与えたのだった。恭子は泣いていることをごまかす為に再び料理を食べ始める。
「次は恭子さんの番でしたね」
先ほどは風呂場でマリアが泣き、今は食事で恭子が泣いている。お互い泣いていたが、何故か二人の顔には笑みがこぼれていた。泣き止んだ二人は食事を再開し、久しぶりの日本食に舌鼓を打つ。そんな二人の笑顔は止まることなく、終始ずっと笑顔だった。
「ただいまー……ってなんで二人してご飯食べながら泣いてんのよ!!」
マルガが帰宅し、二人が泣きながら夕食を食べているのを見て驚いていた。マリアの料理に感動した恭子とそれを笑うマリア。マルガは前の前にある煮物をつまむと……。
「あら、おいしいわね!マリアが作ったの?」
「ふふん」
「家で雇いたいぐらいだわ」
「残念ながら私は恭子さんの専属ですから!」
(……いつ決めたんだ)
どうやらこの二人、馬が合うらしい。まだ会ってから間もないというのにマリアはマルガにとてもなついていた。楽しそうに会話を弾ませる二人。マルガもマリアを気に入ったようで、ずっと二人で会話を続けている。そんな二人を見て、恭子は自然と笑みがこぼれていた。
「ほら!いつまでも泣いてないで食べるわよ!」
「ふふ、そうですね」
恭子とマルガはマリアの料理を食べながら談笑した。カラッサで出される料理が恋しくなっていた恭子にとってこの夕食はまさに至福の一時だったと言えるだろう。そして夕食が終わり……三人は話を始めるのだった。
「教会の工事、予想より早く終わりそうだってさ。話を聞くに来週には仕上がるそうよ」
「ええっ!?なんでそんなに早いんですか!?」
マルガの報告に驚いたのはマリアだ。事前に聞いていた話では半年はかかるだろうという話だった。約半年間という時間が掛かるからこそマリアはマルガの屋敷に厄介なる事を決めたのが、実際は2週間足らずで終わるという話を聞いてマリアは困惑していた。
「当初は元に近い状態に治すという話だったけど途中で方針を変えたでしょ?大きすぎて管理が大変って。それで再度設計というかリサイズする為に余分な部分を排除した結果と言った所かしら。元々あった部屋だって大分減らしたでしょ?」
「でもキッチン関係とか礼拝する場所とか……」
「あの手の要望は別の職人が行うから、教会の修繕はかなりというか大分減ったのよ」
カラッサでは大工と言っても種類がある。外装職人、内装職人等。それぞれの専門職が担当する。今回の工事は当初外装職人が先に工事を行い、次に内装、次にと順番に行う予定だった。しかしマリアが希望した事を聞き入れた場合、取り壊し部分が7割を占める為、取り壊しと外装工事が並行して行えたこと、内装部分も細工職人等々、同時に進めることが出来ることになったそうだ。つまり新しい設備を設置したとしても手抜き無しで大幅に仕事が減ったという事だった。
職人たちの仕事が減ったにも関わらず、報酬は減らないという大盤振る舞いをアルマがしたおかげで現場の士気はすこぶる高いらしい。やる気のある職人は仕事も早いし丁寧だ。さらに言えば教会の修繕工事を依頼した際マリアから要望はリサイズ以外にも多くなかった。設計に時間が掛からない事や間取りを減らす、教会の装飾は可能な限り似ている状態、キッチンの拡張等。他はすべて各職人に任せるという。
この為予定よりも工事の完了が早まったという事だった。実際すでに外側は完成しており後は内装だけだそうだ。その為、今日からは教会内部の修繕に入るらしい。内装工事まで全て行ってくれる職人に感謝の祈りをマリアは捧げたのだった。
夕食が終わったあと、マルガに大事な話があると言われた恭子とマリアは静かに席を立ち自室に戻ろうとするも呼び止められる。今後どうするかという話だ。実際恭子はまだカラッサで1日も活動していない。
「実際私もカラッサには素材売却と買出しにきただけだったんだけどなぁ」
「じゃあ帰っちゃうんですか!?」
それに対しマリアはどこか寂しそうに声を上げる。
「帰るには帰るんだけどね、ただ長時間離れるわけにはいかないよね」
「ん?話が見えないんだけど」
「ああ、私ね……転移ができるんだよね」
「「はぁ!?」」
マルガとマリアは恭子の予想外の発言に驚く。まさかこの世界に転移魔法というものがあったとは思いもしなかったからだ。マルガが知る限り魔法で転移という概念は存在しない。本の中にある物語で言葉として存在するだけだ。仮に転移なんて出来れば世界のバランスが崩壊するのは間違いない。つまりマルガの知る限り、転移魔法はこの世界に存在しないという事だ。
「まあ簡単に言えば。私が行ったことのある場所に一瞬で転移できるのよね」
「なにそれインチキじゃないの!」
マルガは冷静にツッコミを入れる。驚きすぎると一周まわって冷静になるのが人間だ。
「といっても条件があるのよ」
恭子の転移魔術は条件が存在する。一度は訪れた事がある場所、魔法陣を設置できる場所。この二つは大前提である。他にも条件が存在する。1か月間は設置しても使えないという制約だ。魔法陣に恭子の魔力を流し込み時間を掛けて魔法陣と設置場所に対して恭子の魔力を馴染ませる必要があった。その期間に魔法陣が少しでも崩れれば使えなくなるのだ。
「あっ、それで恭子さん拠点を必要としてたんですか!」
「そういう事」
以前に恭子はマリアに活動する為の拠点を探している事を話したことがある。当初マリアは恭子が教会で寝泊まりする為の拠点を探していたのかと思った。しかし今の話を聞いて合点がいった。
「じゃあ教会と恭子さんの家はお隣さんですね!今度遊びに行ってもいいですか!?」
「いいけど……魔素対策してね?」
「魔素…対策?」
「私の家、魔境内部だから」
「……ひょぉぉぉ!?」
マリアから表現できないような声があがった。
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