第22話 マリア
1週間後、恭子は無事に退院する事になった。退院する事は出来たがまだ教会の修繕は終わっていない為、宿無しの恭子はマルガの屋敷に行くことになった。
(でっけぇ家……)
マルガが書いた地図通り進むと目の前にすごい光景が広がった。流石は辺境伯の肉親というか、商業ギルドのマスターというか、マルガの屋敷はそれはもう立派な建物だった。門番にマルガの紹介状を見せると大きな鉄格子の門を開けてくれた。
「本当にあるんだ、花のアーチ……」
足を踏み入れるとおとぎ話のような光景が広がった。明らかに地球に居た頃の学校より大きい屋敷。特に庭はきちんと手入れされているのだろうか一面芝生で覆われている。玄関から屋敷までは50mほどの距離があり多数の花で作られたアーチが出迎えてくれる。とんでもなく華やかだ。
(よくこんなところに住めるな……)
恭子は逆にこんな規模の建物は広すぎるし、キラキラし過ぎて落ち着かない。そんなことを考えながら屋敷の扉を開けて中に入るとなぜかメイド姿のマリアが掃除をしていた。
「……マリア何してんの?」
「ああ!恭子さん!!おかえりなさい!!」
どうやら教会が工事中の為に行くところがない為完成するまでマルガの屋敷にお邪魔する事になったらしい。マリアは性格上何もしないでお世話になるのは落ち着かないらしく、屋敷に世話になる間は給仕として働くようだ。
「先にお風呂入りますか?食事になさいますか?それともわ・た・し?……キャッ」
マリアがモジモジしているのを恭子は冷たい目で見ている。
(何言ってんだこの子は……)
恭子はとりあえず風呂に入る事にした。入院している最中は濡れタオルで拭うだけだったので風呂があると聞いた瞬間、無性に入りたくなったのだ。日本人にとって風呂は生活必需品。それは異世界だろうと関係ないらしい。浴室に着くとそれはもう立派なものだった。湯船にはお湯が張ってあり恭子が触るときちんと温かい。
(さすがは金持ちの家と言ったところね、まるで銭湯みたいなでかい)
恭子は広い湯船にゆっくり浸かると、それはもう長いため息をついた。
(あ゛~極楽……)
恭子が風呂を堪能しているとなぜかマリアが入ってきた。しかもなぜか全裸で。
恭子は突然の出来事に慌てて湯船から立ち上がる。マリアのナイスバディが目の前に映し出される。恭子は頭が混乱して何を言っていいのか分からなかった。
「お背中流しますね!」
マリアはそう言うと恭子を風呂椅子に座らせて背中を洗い始めた。マリアの白くて柔らかい手が恭子の背中を滑っていく。二人はしばらく無言だったが、マリアの手が震えているのが分かった。マリアの嗚咽が聞こえてくる。どうやら泣いているようだ。
「……マリア?」
「……恭子さんが倒れているのを見てから、私は怖くて怖くて仕方がなかったんです。誘拐された時よりも怖くて……。お医者様が命に別条がないと言っていても、もしこのまま目が覚めなかったらって……。恭子さんが無事でよかった」
マリアは恭子の背中に抱き着きながら泣きじゃくっている。マリアにとって恭子は2度も助けてくれた命の恩人だ。その恩人が自分の命を危険にさらしてまで自分の事を助けに来た。その事にマリアはたまらなく感謝していた。マリアは今までの人生でこんなに親身になってくれる人を知らない。両親も幼いころに他界している。そんなマリアは心から信頼できる人物と出会ったことが無かった。教会に来るものはお祈りや懺悔をしにくる者だけ。特にマリアにとって懺悔を聞くことがかなりの苦痛だった。マリア自身が助けを求めているのになぜ他人の懺悔を聞いて心を救わないといけないのか?なぜ自分はこんなにも苦しい思いをしてまで他人の懺悔を聞かないといけないのか?そんな苦痛に耐えかねたマリアは次第に人が信用できなくなり本当に助けを求めることが出来なくなった。
マリア本人はその事を『助けを求める方法が分からない』と自己解釈して、自分を卑下していた。そんなマリアを救ったのが恭子だった。恭子は理由より先に6人の男を蹴散らし、拉致された自分を命がけで助けてくれた。助けてくれた理由なんてどうでもいい。今のマリアにとって恭子は恩人であり特別な人になっていたのだ。その証拠に同性とはいえシスターという役職のマリアが素肌を晒して恭子と接触していた。
「恭子さん、私は恭子さんが目の前から居なくなったら多分絶望してしまいます」
マリアは涙でぐちゃぐちゃになった顔を恭子に向けて、心の底から絞り出すように声を上げた。その姿を見て恭子は心が締め付けられる思いだった。
「私なんかの為に無茶しないでください……」
マリアは泣きながら恭子を抱きしめた。マリアの柔らかい胸の感触を背中越しに感じながら、恭子は思わず抱きしめ返したくなったが自分を戒めてマリアの手を解いた。
「アホか。『この世界』で初めて出来た友達がピンチなら無茶するに決まってんだろうが……。でも今後は無茶はしないように善処するよ」
「いたっ!」
恭子はマリアのおでこを人差指で弾いた。マリアは弾かれたおでこを抑えて、一瞬ぽかんとしていたが、言葉の意味を理解すると目を細めて幸せそうな顔になった。
それから二人は湯船に浸かるとマリアが恭子の髪の毛を丁寧に洗い始めた。他人の手に触れられる機会がなかった恭子は一瞬戸惑ったが、人に洗ってもらうのって気持ちいいんだなと感心した。
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