第9話 野営
30分なんて生易しい考えだった。恭子はすでに魔境の森をでてから1時間歩き続けている。それなのに景色が大草原ばかり。人工物はおろか、山すら見当たらない。人工物が無い、つまり舗装された道もなければ人が通った道すらない。
恭子はしっかり準備してよかったと心の中で安堵している。水筒に水と保存食、そしてコンパス、それ以外にも洋一謹製のサバイバルグッズの数々を持ってきていた事だった。二日程度なら野宿もできるだろう。さすが元自衛官でレンジャー隊員だけだったことある。しかし7歳の恭子には少し大きすぎるリュックが玉に瑕だ。唯一の救いは周りのモンスターや魔物からまだ襲われていないという事だろう。
「にしてもこの変わらない景色……飽きたな」
そんな事を考えながら恭子はさらに1時間歩き続けた。すると周りの雰囲気が変わってきた。先ほどまで多かった野生生物の数が極端に減ったのだ。つまり……。
「道だ……」
長年徒歩や馬車で使われ、草も生えぬほど土が硬くなり時をかけた道が恭子の目の前に現れたのだ。恭子はこの世界来て初めて両親が作った物以外の物に出会ったのだ。
「へへへ……」
身体は少し疲れている。しかし精神の方がよっぽど疲れている。その状態で目的に一歩近づけたと言う実感に恭子は緊張が一気に解けその場でへたり込んでしまった。
まさか道を見つけただけでここまで感動するとは思ってもみなかったのだ。
しかしまだ道を見つけただけに過ぎない。正直に言えばどっちの方向がアーレン王国方面なのかさっぱり分からない。恭子はとりあえず道を調べることにした。と言っても地面を見るだけ。しかしそれこそが重要だった。それは実際使われている道なのかどうか。それで今後の方針が決まるのだから。
長い時間を掛けて出来た道であればいくら硬くとも歩いた形跡、馬車が通った後が残るはず。それがくっきりわかれば常に使われており、人と接触できるチャンスがあるという事になる。
決して恭子はその手のプロというわけではない。しかしその程度ならわかる。恭子は今いる位置に荷物を置きそこを中心に道を行ったり来たりして入念に観察する。
「やっぱ見間違いじゃない。この道は大当たり!」
恭子は確信した。この道は確実に使われている。馬車の後はともかく足跡がある。しかも獣の様な物ではなく靴底が平らな靴の様な跡が複数。しかも柔らかい。これはこの道がしっかり使われている証拠だ。
「よしっ!これでアーレン王国まで行くだけだ!」
人が作った道と分かった瞬間やる気が出てきた。しかし日はもう落ちようとしていた。知らない土地で夜に歩き回るのは危険と判断し、恭子はその場で野営をすることに決めた。
手慣れた手つきで野営の準備を始める。テントの設営や焚火は魔境で実践済み。設営は20分程度で完了すると焚火の前に座る。
周りはすでに真っ暗になっている。大草原の夜は寒く、空には光り輝く星の数々、そして形と大きさが違う3つの月。丸い月と抉れた月、半月。魔境の自宅からみる夜空とはまた一味違う光景。自分で作ったサーベルウルフの干し肉を食べながらその光景を堪能する。
(今思えば地球からの人生、ここまで穏やかな気持ちになったのは初めてだったかもいれないな……)
地球では不良で周りに迷惑をかけまくり、ヴェルトエルでは魔境で生存する為に自己鍛錬と狩猟の毎日。今行っている野営はここまで人を穏やかにするものだとは思ったこともなった。
(地球にいた頃よりいい生活してるな私……)
そんな風に自画自賛しながら干し肉にかぶりつく。味に自信がない自作の干し肉だが今日はやたらうまく感じる。今思えば異世界に来てから心の底から楽しいと思った事は無かったが、ヴェルトエルではなんだかんだで生活できる基盤を作ってきた。恭子は幸せを噛みしめるようにサーベルウルフの肉を堪能した。そして片づけをしてすぐに眠りについた。
(ん……ん?…!?……何?)
次の日の朝、まだ日が昇る前、恭子は起きた。変な気配を感じたからだ。恭子は様子を確認する為、テントから外に出ると……
≪ピィ……ピィ……≫
「何こいつ……」
真っ白のでっかい鳥が消えかけている焚火の前で寝息を立てて寝ていた。
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