第2話 両親

「あんにゃろぉ……」


 恭子の目の前にはまた見慣れぬ光景が広がっていた。女神ミスカによって地球とは違う次元、ヴィルトエルに転生したのだ。確かに恭子はヴィルトエルに行くことは承諾した。しかしそれ以外の基礎知識や情報を一切与えられないまま送り込まれてしまった。これは恭子からすれば大問題である。


 唯一救いなのが地球にいた時に身に着けていた衣服がそのまま着用している状態だという事だ。今の装備をチェックしていた恭子は自分の違和感に気づいた。恭子の身体はなんと5歳児の身体になっていた。しかもご丁寧に着用している服もリサイズされて。


「聞いてない……」


 他に持っている物はサイフとスマホのみ。どう考えてもこの状態ではヴィルトエルとかいう未知の世界では生きていけない。勇者やら魔王やら、モンスターが存在する未知の大地。さらにいえばヴィルトエルの常識や知識はもちろん恭子は何も知らない。そんな世界で5歳の子供一人で生きていくなど到底不可能である。しかも恭子が今いる場所は……


「しかも森の中に送りこむとはどういう事よ!!」


 そう、恭子は森にいた。それも太陽の光が入らない深い森の中だ。


 こんな絶望な状況にもかかわらず恭子は言葉とは裏腹、冷静な自分、そしてワクワクしていた。地球で生きていた時に忘れていた何とも言えないこの感覚。社会という秩序から解放された感覚、恭子が常に求めた自由を獲得したという感覚。様々n感覚が恭子を支配する。口では文句言っている恭子だが無意識に笑っていた。


 恭子はすぐに思考を切り替えた。


 とりあえず現状把握のために周囲を確認することにした。まず自分がいた場所だが、ほとんど木ばかりと洞窟の入り口のみ。恭子はなぜかの洞窟が気になった。まるで誘導されているような。


「行ってみるか……」


 洞窟の中は薄暗かったが奥の方は光が見えるためそこまで暗くはない。中に入ってみるとそこには一本の道があった。道なりに進むと光がどんどん強くなっていく。そしてとうとう開けた場所に出た。


「ここが出口?……うわぁーすっげぇ……」


 その空間は一面緑に覆われていた。先ほどの森とは違い、空を見上げれば太陽があり、雲もある。それに島みたいなものも浮いている。まさにファンタジーの世界そのものといった感じだった。そして明らかに場違いと言える1軒の朽ち果てた家がそこにあった。恭子は直感的に理解した。そして同時に思った。この場所は自分に何か関係あるのではないかと。


(……とにかく調べてるか」


 家の中には特に何もなかった。ただ机の上に一枚の写真を見つけた。写真には二人の男女が写っている。おそらく夫婦であろう。男性の方は黒髪で整った顔立ちをしている。女性の方は長く美しい銀髪に透き通るような白い肌をした美人である。二人はとても幸せそうな笑顔をしていた。写真を眺めているうちに恭子は涙が出そうになった。何故なのかわからない。けど、懐かしいような、悲しいような感情が込み上げて来る。しばらく写真を見つめていたがふとあることに気づいた。


(あれ?どこかで見たことある気がする?)


 恭子は写真が置いてあった机付近を重点的調べることにした。しばらくすると1冊の日記の様な分厚い本が出てきた。恭子はその本をめくる。すると……


「榊原洋一……」


 洋一(ヨウイチ)とは恭子の父親と一緒の名前である。日記を読み進めると母親の事が書いてあった。母親の名前は美優(ミユ)。美優も恭子の母親と同じ名前だ。洋一と美優は当時年齢は18歳で結婚して二人の間に恭子が生まれた。


(何でこの世界に二人の名前が!?)


 偶然で片づけるなんてことはあり得ない。それにここは間違いなく異世界だ。地球とは違う世界である。なのにここに地球の人間の名前があるのか恭子にはわからなかった。恭子はさらに日記を読み解いていく。そして恭子は日記の続きを読んで一つの結論に至った。


「ミスカ、ハメたわね……」


 日記にはこう書かれていた。


『いつかこのヴィルトエルにやって来るであろう私たちの愛娘、恭子の為にこの手記を残す。もし私達の名前を見たらきっと驚くだろうな。そして不安だと思う。地球では私たちは恭子に何もしてあげれなかった。だから次こそはこのヴィルトエルで生きていく為の術をできる限り残そうと思う』


 ここまで読んで恭子は確信した。恭子の両親は地球で死んだ後、ミスカの手によって恭子と同じくここに転生したのだ。しかも恭子がいずれヴィルトエル来ることも知っていた。つまりミスカは無作為に恭子を選んで転生させたわけではない。


 恭子の両親、洋一と美優の二人がどんな人生を歩んできたかはわからない。しかしこの日記を読んだだけで少なくとも彼らは恭子を大事に思っていた。


『最後に、私たち洋一と美優は恭子に親らしい事も何もできず何も残してやれなかった。私たちが死んだ後、想像すると生活は大変でつらかったと思う。今更謝罪しても仕方ないが本当に心から申し訳ない。せめてこの世界ヴィルトエルでは人生を楽しんでほしい。女神ミスカが何かを頼んだとしても自分の心に素直に従って恭子の為に、そして恭子らしく生きてほしい』


「……っ」


 恭子の目から大粒の涙が流れ落ちた。今まで恭子は家族というものを知らないで育った。恭子と両親が共に過ごせた時間は無いに等しい。恭子は泣きながら日記を抱きしめるように抱いた。


 恭子は再び日記を読み始める。そして最後のページを読み終えた瞬間、日記が光り輝き始めた。あまりの眩しさに目を瞑った恭子が次に目を開けると目の前には先ほどとは全く違う光景が広がっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る