第九話 顛末とこれから

俺が次に目を覚ましたのは、見たこともない木造のログハウスのような家だった。前回気を失った転移の時のような意識の混濁はなく頭はすっきりしていた。


「目が覚めたようね」


目を開けてすぐ目に入ってきたのはベッドの横に座るメイリアだった。


「メイリアか。ここは西の集落で合ってる?」

「そうよ。言われた通り大怪我しているアンタをおいて先に西の集落に向かったわ」


まるで自分を悪者かのように話すメイリア。俺が頼んだことだし気にしなくていいのに。


「そうか。ありがとう」

「何でありがとうになるのよ」

「それより・・・痛っ!」


切られた脇腹が痛む。知らない服を着ていたが、その服を捲り傷を確認する。傷は見当たらない。だが痛みはある。


「まだ安静にしてた方がいいわよ。私にはよくわからないけど回復痛ってのがあるんだって」

「そうなのか」

「ちょっと長老呼んでくるから待ってて」


メイリアが家を出てしばらく待っているとドアをノックする音が


「どうぞ」


とは言ったが俺の家ではない。ノックの後に入ってきたのは白髪で長髪に長い白ひげを蓄えた老齢の男性だった。これは長老確定。この人が長老じゃなかったら誰が長老なのかと問いたい。それほど目の前の人物は長老然としていた。とはいえそれは顔だけで体つきはしっかりしてるし腰も曲がっておらず、顔を隠したら30~40代といわれても違和感が無いほどだ。エルフって、長命種ってスゲー。


「貴方のお陰で集落の子供達、メイリアが助かりました。深くお礼申し上げます」


そういって頭を下げてきた。


「俺も捕まってただけです。逃げるのに必死だっただけで助けたつもりはありません」

「それでも、貴方の行動によって救われたのです」


やり辛いな。このままじゃ助けた助けてないの平行線だぞ。一旦認めて次の話に移った方がいいな。


「・・・ならそういうことにしておきましょう」

「ありがとうございます。ですが、我が集落には貴方に渡せるほどのものがありません」


物がないなら、助けたわけじゃないという俺の話で納得すればいいのに。いや、エルフとしては人間に借りを作ったままにするなとかいう掟があっても不思議じゃないか。人間の、いや俺の価値観を押し付けてはならない。


「別に金とか物とかはいらないです。俺が助けたにしても必要ありません」

「ほう。なら何をお望みで?」


長老は身構えながら聞いてくる。


「この集落でしばらく過ごさせて下さい。それとエルフの弓術を学びたいと思っています」

「それだけでいいのですか?」

「はい」

「ではそのように皆に伝えます」


えぇ・・・自分の中では大分無茶を言ったつもりだったのに軽く受け止められた。エルフって人間を警戒してるんじゃないの?こんな奴泊めといて大丈夫か?それにエルフの弓術って

門外不出というか人間に教えちゃいけないみたいな掟はないのかよ・・・


「あっ、長老、もう一つだけありました。王都に手紙を出したいんですけど」


その言葉を聞いて長老は再び身構えていたが後半を聞いて安堵の顔をしている。


「その程度なら今日中に届きますよ。空を飛ぶ使い魔で運びますから」


この世界、使い魔とかいるんだ・・・テイマーとかそういう職業がある世界じゃないし、動物や魔物と契約する感じか?


「そりゃすごい」

「・・・貴方の話は理解しましたが、貴方自身のことは理解できませんね。取り敢えずこの集落の移動は自由です。弓術もどうぞ習っていってください。ですがエルフ達の中には人間をよく思っていないものもいます。適切な距離感をお願いします」


そう言った長老は「集落の皆に伝えて来ます」と言い残し部屋を出ていった。何か長老最後怒ってなかったか?最後の言葉もよく分かんなかったし。「貴方自身のことは理解できない」

「適切な距離感」んー考えても分からん。


長老が去ってしばらくするとメイリアが部屋に入ってきた。手に羊皮紙を持っておりそこに王様への謝罪と説明、龍二には日本語で一言書いて渡した。紙じゃないんだな。メイリアはそれを持っていった後でまた戻って来た。


「世話係に任命されたわ」

「世話係?ヘルパー、じゃなくて医療班みたいなもんか?」

「まあそうね、あと村を案内したりエルフについて教える役目よ」


メイリアと話していると再びドアが開いた。


「監視の役目もあるけどな」


現れたのは若い男のエルフだった。若い。見た目だと20前後ってとこだ。そしてイケメンだ。仲良くすることはないだろう。なぜなら先程からずっとこちらを睨んでいる。さっきから何なんだよ!おれ何かしたか!?


「兄さんも来たの?」


兄・・・・・さん・・・・・・?


「メイリアだけじゃ心配だからな」

「子供扱いして。私はこれでも18よ」

「俺たちはエルフだからな。18は子供だよ」

「兄さんも22のくせに」

「うるせ」


はっ・・・おれは今まで何を・・・脳の処理が追い付いてなかった。ここは一回気付けをするか。両手で、左右の頬を、思いきりぶっ叩く。


バチーーン


「きゃあ!!」

「うぉっ!!」

「よし!で、何だっけ?」

「おいメイリア。こいつヤバイんじゃねーの」

「私もそんなに知ってるわけじゃないけど、最初からこんな感じだったわ」

「なんだそりゃ」


ほんとだよ。なんだそりゃだよ。俺は変な事何てしたことねーよ。多分。


「ごめん。龍一。紹介するわ。私の兄のマルスよ」

「岡崎龍一です。よろしくお願いします。義兄様おにいさま

「てめえ!メイリアを狙ってやがんのか!」

「え・・・」

「すんません。冗談っす」

「死ね!!」


またメイリアの平手打ちを食らってしまった。怪我人だから手加減してくれたようで思ったほど痛くはなかった。


「こいつ明らかに舐めてるぞ。ったく誰がお前の服を変えたと思ってんだ」

「マルスさんがやってくれたんですか。それはありがとうございます」 

「ああ」

「すみません。失礼だとは思うんですけど俺とマルスさんって似てるような気がして、テンション上がってしまいました。あ、見た目じゃなくて内面の話です」

「似てるか?それよりその気持ち悪い敬語止めろよ。なんかむず痒い」

「オッケー、マルス」

「今度は軽いなオイ」

「ぷっ、あははははは」


俺とマルスの会話がちぐはぐで間抜けだったのか、メイリアはそんな俺たちを笑っていた。


「それで、メイリアとマルスが教えてくれるんだっけか。聞きたいことが山ほどあるんだが」

「私も兄さんも予定はないから時間はあるわ」

「俺は監視の真っ最中だけどな」

「兄さん!」

「俺は何でお前が普通に話してんだかわからん。数度会ってるだけだろ」

「龍一は他の人間とはなんか違って・・・」

「そこだよ。他の人間とは違うのはなんとなく分かる。俺もそう感じた。お前とは違う意味でだけどな。おかしいよな?お前には騎士団見習いって名乗ったんだろ?只の騎士団見習いにそんな事思うか?」

「それは・・・」

「特別な何かはあるのかもな。だけどそんなんは不気味なだけだ。騎士団見習いも嘘だろ。こいつは3人も殺した。殺せたんだ。見習いが3人も殺せるか?一人は魔道具を持ってたんだぞ?こいつは俺にも、お前にも本音で話してないんだよ。そんな奴をどう好意的に見れるってんだ。なぁ?何か言ったらどうだ?」

「くっ」


俺は部屋を飛び出した。脇腹は痛むが気にしてられなかった。






龍一が飛び出していった。


「兄さん!言い過ぎよ!」

「俺はお前の事を心配してだな・・・」

「まだ病み上がりなのに・・・私、探してくるわ!」


兄の話を聞き龍一に不信感を抱いてしまった。彼にも事情があるかもしれないのに、彼に助けられたのに・・・





「げほっ・・・」


胃液まで吐きつくした。まだ気持ち悪い。マルスの言葉でその時の記憶が鮮明に浮かび上がった。俺は、人を殺したんだ。殺せてしまった。3人も。ここは異世界で盗賊達は俺達を殺して子供達を売ろうとしていた。抵抗しなきゃ殺される。どんな言い訳を並べたところで人殺しは人殺しだ。平和な日本に生まれた只のフリーターがあんなにあっさりと人を・・・元の世界で人が殺される寸前の状況に出くわしたら同じ行動を取っただろうか。多分取っただろう。家族や知人だったら確実に・・・



後ろから足音が聞こえる。なるべく人目につかないところまで来たつもりだったが。


「おいおい。俺が見つけちまったぞ」


振り返ったそこにいたのはマルスだった。取り敢えず近くの木にもたれ掛かる。


「何だ。気分悪いのか。そりゃそうか。悪い。さっきは言い過ぎた」

「いや、間違ったことは言ってなかった。本当にその通りだ」

「気分悪いのは別の理由か」

「・・・俺はアンタの言う通り人殺しだ・・・」

「その事か。人殺しで何か悪いのか?」

「は?」

「さっきはあんな言い方したけどな。俺は感謝してんだ」

「感謝・・・」

「村の子供達、それに妹を助けてもらったんだぞ?そりゃ感謝するだろ。」

「・・・」

「お前が殺しについてどう思ってるか知らねえが、俺は敢えてこう言わせてもらう」

「殺してくれてありがとう」

「ってな」


そう言って笑うマルス。変な話だ。違う世界の違う価値観の励ましに、気づけば不思議と気持ち悪さは収まっていた。


「まあでもお前のことはまだ信用してねーけどな」

「分かってる。戻ったら本当のことを話すよ」

「あ!龍一と兄さん!龍一、その・・・」

「取り敢えず家戻ろうぜ」

「うん・・・」


泊めさせてもらっている部屋に戻ってきた俺はベッドに倒れ込んだ。


「おい、話してくれるんじゃねーのか」

「ちょい待って」


最後にもう一度自分に問いかける。本当に話していいのか?どこまで話すのか?


「兄さんも龍一も何の話をしてるの?」


決まっている。全部だ。


「俺の名前は岡崎龍一。別の世界から来た」

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