第五話 出会い

体力作りと訓練を始めてから3周間ほど経過した。体力はかなりついてきたと思う。元の世界で同じようにトレーニングしたとしてもこんなに体力はつかないだろう。きっとこの世界に溢れている魔素とかそういうもののお陰に違いない。間違っても神のお陰ではない。


部屋を出るといつもの様にイレーナさんがドアの側に待機している。


「今日も訓練ですか?」

「いや、今日は王都の市街地の方に行こうかと」

「体力作りではなく、ですか?」


城の外自体には体力作りのために何度も行っていた。トレーニングメニューの一つの走り込みだが、王城の中で行うと使用人達の迷惑になるだろうということで王都の市街地を進んだ先、王都の東門の外壁の外側で行っている。騎士の皆さんに着いていく形だ。俺は特別メニューで騎士達より長く走らないといけないが護衛の騎士が二人着いて来てくれている。魔物に襲われても安心だ。尤も王都の周りには殆ど魔物はいないし、いても弱小な魔物ばかりだが。


「今日は街を見ていこうかなと思ってます」

「護衛をお付けしますか?」

「騎士の皆は忙しいし、一人で行きます」

「そうですか。では、お気を付けて」

「はい。行ってきます」


大分打ち解けたイレーナさんに用事を告げて俺は王城の外へ向かう。俺の部屋は2階だ。歩いて階段を降りて、正門横の詰所へ。途中で何度か使用人や騎士とすれ違う。皆とても忙しなく動いている。何かあるのだろうか?詰所は何度か来ているため顔パスだ。見張りの騎士と軽く世間話をして扉を開けてもらう。


扉を開けて始めに目に入ってくるのはメインの大通りだ。大通りには道に沿って家が建ち並んでいて、その家の前には様々な屋台のような店が並んでいる。青果店や精肉店、肉を焼いた料理を出す店、パン屋等色々なものが売られている。中でも多いのは青果店だ。始めて来た時は、市場に似てるなーと、元の世界で近所のじーさんばーさんがやっていた市場を思い出したものだ。イソ婆、元気にしてっかな・・・


さて、俺が何故市街地に来たかというとナイフを買うためだ。ナイフは万能な道具だ。料理にも使えるしサバイバルでも使える。いざとなったら武器にも使うことができる優れものだ。だから俺は自衛用に一本持っておくことにした。剣や槍は嵩張るし、扱いきれないからな。その点小さく、元の世界で使ったことのあるナイフは扱いやすい。


「ここか」


市街地の喧騒を抜け先に進んだ所、その裏路地の方にある鍛治屋、「鍛治屋クロード」

武器や防具は勿論、農工具なども売っていて何れも質が良く、騎士団の武器も鍛造している店だ。しかしそんな店にも問題があった。店主のクロードが職人気質なのだ。

という情報を騎士団長キースさん&侍女イレーナさんから聞いている。

そんな店が今日の俺の目的地だ。ドアを開けて店の中に入る。さっきから聞こえていたカンカンと鉄を叩く音が、大きさを増して耳に入ってくる。カウンターを見れば店主のクロードはいない。どうやら奥の鍛治場に行っているようだ。店に誰もいないぞ、無用心だな。俺が泥棒とかだったら盗み放題だぞ。取っちゃおっかなー?勇者特権で無罪だろうしなー、なんてことは考えて無い。・・・無いよ?


ナイフの棚まで行き取り敢えず自分の目で確認するが、


「どれが良いかわからん。てかカラフルだなー」


棚には様々な色のナイフが置いてあった。恐らく魔物の爪や牙、この世界の鉱石を加工したものだろう。その中から一つに目をつける。何の変哲もない鉄製のナイフ。このシンプルさがいい。試し切りしたいが店員も誰もいないからなー。勿論切れ味を試させてください!グサー!という訳じゃない。許可を取りたいだけだ。しかし考えるとナイフの試し切りってどうやって行うのだろうか。まさかこの潰れやすい野菜がなんと!と通信販売っぽくやるわけでもないだろうし、剣なら丸太を切って、ほう、良い切れ味だ。とか言えるのに。


頭の中でそんなことを考えているとドアの開く音がした。入り口の方を見るとフードを被った見るからに怪しげな人物が入ってきた。背丈は俺より大分小さいな。子供か?しかし顔を隠してる理由が分からない。こういうのは、うん、関わらないでおこう。


「どれにしよっかなー」


もう決まっているのに選ぶ振り。目を合わせてはいけない。こっち来るな・・・こっち来るな・・・近づいて来る足音。ああ・・・


「アンタ、ここの店員?」

「いや、違うけど」


不審者に話し掛けられちゃった・・・怖いよー。

不審者は子供ではなく女性の声だった。敬語を使うか迷ったがこんな怪しい奴には必要ないだろう。


「何処にいるか知ってる?」

「この音聞こえるだろ?店の奥でなんか打ってるよ」

「ここって矢は売っているの?」

「知らん。流石に売ってるとは思うけど」

「そう、ありがと」


踵を返す不審者。矢を欲しがっているようだが、弓でも使うのか。弓を使うとなると射手、それともエルフか?少し気になってきたぞ。ええい、思いきって聞いてしまえ。


「ちょっと待った。俺からも少しいいか?」

「何?」

「何で顔を隠してるんだ?失礼だとは思うが、怪しすぎるぞ」

「・・・」


だんまりか。怪しさが増したな。不審者がこの国で何かやらかそうとする気配があるなら騎士団に報告しなくてはならない。見せられない事情があったのなら全力土下座で許しを乞うしかない。


「やっぱり、お尋ね者なのか!?」

「違うわ!」


大袈裟にリアクションしてみたが強めの否定が入った。だとしたら


「じゃあエルフとか」

「っ!?」


物凄い勢いで後ろに飛び退いた。図星だったようだ。こちらをかなり警戒している。


「アンタ!何処でそれを!?奴らの仲間なの!?」

「奴らって誰だよ?」

「じゃあどうして私がエルフって分かった!?」

「ちょっと長くなるぞ?まず矢を欲してると聞いて思い付いたのは射手かエルフだった。そして顔を隠さなければならない人物。お尋ね者か見せられない事情がある奴。お尋ね者かと聞いたときあんたは違うといった。一旦だけど俺は信じた。その段階で頭の中では弓を使う顔を隠す事情がある奴に絞られた。その中でも怪しかったのがエルフだけだった。何でエルフが顔を隠すのかは分からんが」

「射手ってことは考えなかったの?」

「ここには射手はいない。弓を使うのは騎士団だけ、そして俺は騎士団全員の顔を知っている」

「なるほどね」


不審者はそう言いながらフードを脱いだ。そして露になるのは輝く金髪に雪のように白い肌、そしてピョコンと長い耳。やはり不審者は、エルフだった。


「エルフきたああああああああああああ!!!」

「きゃあっ急に何よ!!」


この世界に来てからずっと物足りなさを感じていた。それはファンタジー不足だ。魔法適正の無い俺は未だ魔法を直に見ていない。それに異世界に来て獣人やエルフ、ドワーフに会えると思っていたのに王都には亜人が一人もいないのだ。答えは地図にあった。要はめっちゃ遠いのだ。危険を犯して人間の領地に来ても冒険者位しか稼げる仕事がない。特に王都は周りの魔物が弱すぎるのと騎士団が強すぎるためギルドも存在しないから更に来る理由がない。だから今俺のテンションはおかしいことになっていた。


「これがモノホンのエルフか~!やっぱり肌白いしキレイだなー!髪も元の世界の金髪とは全然違うな!神々しさすら感じる!そしてやはり長い耳!感情によって上下するというのは本当なのだろうか!?それに―――」

「ジロジロ見るなああああああああ!!!!」


思い切り叩かれた。ただ初めて見たエルフを前に観察しながらオタク特有の早口で喋ってただけなのに・・・いや、端から見たらキモいか。しかし今ので冷静さを取り戻せた。


「すまん。はしゃぎすぎた。俺は、騎士団見習い。岡崎龍一だ。」

「龍一?変わった名ね。私は西の集落からきたエルフ、メイリアよ」       

「何故顔を隠してたんだ?エルフが顔を隠す理由が思い当たらん」

「人間を警戒してたからよ。アンタは知らないみたいだから教えあげるわ。この国では禁止されてるかも知れないけど他の国は亜人の奴隷なんて普通よ。この国だって完全にないわけじゃないわ。地方の領主や権力者が秘密裏に、なんてこともあるし」                                    


「すみませんでしたあああああああああ!!」

「キャッ今度は何よ!」


俺氏、有言実行の全力土下座。顔を隠すのは納得できる理由だった。俺の知識不足が原因だ。この世界での亜人の扱いをちゃんと調べていれば、メイリアも顔を出すことはなかった。

「俺のせいで顔を出させてしまって・・・なんと謝ったら・・・!」

「もういいわよ。私も悪いとこはあったわ。怪しいのは自分でも分かってたし」

「女神か?」

「バカ。何言ってんの」


女神メイリアの温情で赦された俺は頭をあげようとして一つの言葉に気が付く。


「そういえばさっきあいつらって言ってたな。あいつらってもしかして、地方領主とかに亜人を売ってるって奴らか?」

「そうよ。一度、襲われたけど、撃退したわ。その時に矢を全部使っちゃったから買いにきたのよ」

「そうだったのか・・・」


気付けばカンカンと鳴っていた音が聞こえなくなった。店の奥から店主のクロードが顔を出す。


「うるさいぞ」

「すみません。俺のせいです」

「何を買うんだ」

「えーと、あそこの棚の鉄ナイフを下さい」

「何故それを選んだ」

「シンプルさと汎用性」

「分かった。金貨20枚」

「どうぞ」

「受け取った」


クロードはどうやらすぐにでも鍛治場に戻りたいようで、一言しか話さない。それに釣られて途中から俺の返答も一言になっていた。しかしそのお陰か買い物はトントン拍子に進んだ。

グランベルグ王国は金貨、銀貨、銅貨があるが日本円でいくらとかは分からない。けどナイフで金貨20枚って高いよな?大切に使おっと。クロードは続けてメイリアに向かって話す。


「何を買うんだ」

「矢を数十本位頼むわ。というか何処にあるの?」

「右奥の棚の横」


メイリアは言われた場所まで行った。どうやら奥の方にあったようだ


「鍛冶屋なのにこんないい矢を売ってるなんて。流石王都ってことかしらね」

「金貨1枚」

「嘘っ!?質は凄くいいけど高くない!?全財産出してギリギリよ!?」 

「迷惑かけたし俺が出すよ」 

「でも金貨なんて・・・」       

「いいからいいから。クロードさん、どうぞ」

「受け取った」


国から貰った金をさも自分で稼いだ金とばかりに渡して格好つける俺であった。ダセー


「龍一、ありがと。矢の代金は貸しにしといてくれると助かるわ」

「いやいや、俺の方こそ迷惑かけたからな。許してくれてありがとう、だ」

「私、そろそろ行かなきゃ」

「そうか。気を付けてな」

「じゃあね。また何処かで会いましょ。龍一」


矢を買い終えたメイリア。鍛冶屋での用は終わったのか、立ち去るようだ。俺とすれ違い一瞬止まりこちらを向いたメイリアの別れ際の笑顔+ウィンク。それは俺に計り知れないダメージを与えた。


「がはっ」


胸が苦しい。きっと心臓の病気の前兆だ。くそっ俺はもうダメみたいだ。龍二、後は任せた・・・ガクッ


「何してるんだ」


クロードが床に倒れ混む俺を見て少し引いていた。そういやまだ居たんだったわ。恥ず。

何かクロードに他の用があったような。そうだ、ナイフの試し切りしたいんだった。


「あの、このナイフの切れ味を確かめたいんですけど」

「待ってろ」


クロードが持って来たのはトマトのような野菜だった。切ってみろとジェスチャー。

え?マジで?


「・・・えー、皆さん、ご覧下さい!このナイフを使えばこのトマトもどきがこんなに、スッ、スッと切れるんです!これなんとね!金貨20枚!・・・これでいいですか?」

「冗談だった。本当にやるとは」

「えぇ・・・」

冗談とかそういうことする人だったの?寡黙な職人って聞いてたのに・・・そんなクロードはナイフを拭きながら


「俺の作った物に試し切りは必要ない。相性はあるがお前さん見たところ素人だろ?ならこれ一択だ。他のだったら売ってなかった」


と語っていた。職人としてプライドや拘りを持っているようだ。じゃあさっきの何?


「錆びたり、切れ味が落ちたらまた来てくれ」


そう言うとクロード再び奥の鍛治場に戻っていった。。自由だなあ・・・


取り敢えず鍛冶屋から出た俺だが次の予定は特に無かった。ナイフも買えた事だし帰るのもいいが・・・折角だからもう少しこの辺を見て行くか、それか走り込みをしつつ、ナイフの切れ味を試すのもいい。よし、そうしよう。クロードは必要ないっていってたけどやっぱり試して見たい。護衛はいないが今まで魔物に会ったこともない。少し位は大丈夫だろう。


そう意思を固めた俺は裏路地の先から近道をして西の門から街の外に出るのだった。


「西門、初めて来たけど何で門番が一人しか居ないんだ?人通りが少ないからか?」


西門の衛兵は一人しか居なかった。確かに西門の先はすぐ森で道という道はない。だからといって一人で大丈夫なのだろうか。早く木の枝等を切って遊びたい、もとい切れ味を試すために近い西門に来たが、引き返していつも行ってる東門の方に行った方がいいか?


「何か嫌な予感が・・・」


ガンッ

突如頭に走る衝撃。おれの意識はそこで途絶えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る