第2話


 城戸とはおおよそ三ヶ月前に出会った――三か月前だ。十月、凍えるような朝七時、実習用のバス。化学的な臭いが染みついていて、村木は吐き気と頭痛を同時に覚えていた。事前に配信されていた資料によれば、今回の実習に同行するのは教授を含めてたった四人だった。そのうちの一人が、彼女だった。

 現地に着くまで、顔はほとんど見なかった。挨拶だってしなかった。「あの人、もしかして研究室一緒になる人かなあ」なんてことは少し思ったけれど、それ以上はない。強いて言うなら、風体が少し陽キャっぽいので、どう対応していこうか考えないでもなかった。田舎のコメ農家への取材と言う話だったのに、ギンガムチェックのコートに巻き髪はどうなんだろう?

 だが一時間ほどバスに揺られて山奥の集落に着いたところで、その評価は一変することになる。

 平たく言えば、彼女は良い人だった。普通に。

 お洒落はただの趣味だ。「外側から気合入れないと眠っちゃうんだよね」とか言っていた。よくわからないが、そういうことなんだろう。

 一目惚れなんて馬鹿げたことはしなかった……けれど、それで気になり始めていたのは、否定できない。

 初めて会った時から、村木は城戸を意識してしまっていた。

 それからはあっという間だった。

 結果として同じ研究室に所属して、卒論に取り掛かり始めた。毎週のゼミで顔を合わせ、軽く話をする。ゼミには他にも二名ほど同級生が居て、一様に仲良くなりはした。だが、そう言う目で観ざるを得なかったのは、彼女だけだった。

 それと、これは偶然なのだが、ゼミからの帰り道で、二人きりになることが多々あった。神田は五限があるとかですぐに居なくなるし、もう一人の同級生である女学生の桜井は、おっちょこちょいなのか物を忘れて取りに戻ることが度々あった。そうして、否が応でも意識を一つに集中させてしまう。家までの方向が同じで、同じ門を使うのも良くなかった。

 こうして振り返ると、村木と城戸が付き合うのは、ほとんど当然の結果だったのかもしれない。単純接触効果とか言っただろうか。村木の好意は言わずもがな、ただ話しているだけでも、人は人を好きになることがある。

 だから、いつの間にか、二人は一緒になっていた。村木が一人暮らししている部屋に、城戸が居る。最初は確かに資料作りという名目があったけれど、今となっては目的と手段が逆転した。

 順調に時間を積み重ねているという、ある種の自負が村木にはあった。神田が言うように城戸には少し変わっている面があるけれど、別に悪い意味でじゃない。カレーにスパイスをきかせるみたいに、むしろ好意的な側面として村木には映った。村木の周囲には今、公務員試験に没頭するエリート志向の人間ばかりなのだ。その中で、いつも柔和に微笑んで佇み、好きな映画の美点を滔々と語る城戸は、あまりにも浮世離れしていた。運命とさえ、思うこともあった。

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