やはり推しに挟まれる
第50話
十月中旬の放課後。教室から出ようとしたところで、江東さん椰子さんコンビに声を掛けられた。
「シズって小説書いてるんか?」
上目遣いで訊かれる。彼女は小学生に間違われても仕方のない身長をしているから、自然と見下ろす形になった。
私は返答に困り、椰子さんを見つめた。困ったように微笑んでいる。
「えっと……私は知らないですけど」
「そうか。じゃあ、あたしの勘違いかもな」
「本人が言っていたわけじゃないんですね」
「本人にははぐらかされたよ。シズがスマホ落として私が拾ったんだ。その時画面のメモにプロ……プロ……プロトタイプ?」
「プロット」
「それだ! ずらずらと物語の概要が書かれてあったんだよ。あいつ、ギャルのくせして小説読むの趣味だから、ひょっとして自分でも書いているんじゃねえかと思ってさ」
完璧な推理だ。いや、恋ちゃんが手がかりを見せすぎなんだろうけど……。
「紙野、シズと仲いいじゃん。だから知っているんじゃねえかなって」
仲いいじゃん、という言葉を反芻する。恋ちゃんの友達から見ても、私達の関係はそういうふうに映っているらしい。ちょっとだけ嬉しい気持ちになった。
「私は知らないなぁ……」
「そうか、そりゃ残念だ。しかしシズ、言ってたぜ。『あたしは絵里の使っているシャンプーの種類から寝る前のルーティンまで全て把握してる』って。それほどの仲なら、紙野の方もシズの秘密を知っていると思ったんだけどな」
「え、なにそれ……」
全身の毛が逆立つ。冗談だよね……?
「他に知ってそうな奴に訊いてくるわ。邪魔したな」
別の生徒に声を掛けに行った。
椰子さんだけが残る。ゆっくりと唇を動かした。
「迷惑かけてごめんね。刑事ドラマにまだはまってるんだ。それと、『秘密にするなんて水臭いじゃねえか』って少し怒っているみたい」
「迷惑だなんて思ってないよ」
「ありがとう」
私の耳元に口を寄せてくる。
「またうちに遊びに来ていいからね。待ってるから」
「椰子さんは何でいつも家にこだわるの……?」
喫茶店やフードコートでいいと思うのだが。
椰子さんは意味深な笑みを浮かべて去っていった。
あの二人に声を掛けられるなんて以前なら絶対にありえないことだった。
不思議な感慨に浸っていると、スマホに通知がきた。確認すると、桃からのメッセージだった。
「え……」
思わず声を上げてしまう。
私の好きだったファンタジーシリーズが映画化するらしい。恋人の言葉を聞いているうちに書けなくなり作家をやめた人の作品だ。
これを機に、シリーズの最終巻を書いてくれる気になったようだ。
心に暖かなものが広がっていくのを感じる。自然と頬が緩んでいった。
一緒に観に行こう、と最後に書かれていたので、わかったという意味のスタンプを送信する。
桃はオタク趣味を復活させたらしい。今では百合とBLに溺れる生活をしているという。部活も順調で充実した毎日を送っているそうだ。
今度、漫画家のお姉さんとも会う約束を取り付けていた。私がアドバイスをしていた人間だと知っているみたいだから、どうしても緊張してしまうが今更断わることはできない。覚悟を決めるしかなかった。
私は新しい出会いを想像しながら教室を後にした。
▼
図書室に足を踏み入れると、図書委員の男子がカウンター席で頬杖をついていた。こちらに一瞬視線を向けてから窓の方を向く。大きく口を開けて欠伸をした。
恋ちゃんはすぐに見つかった。テーブル席に腰掛けている。以前、小説を書いていると打ち明けられた場所だ。あの時は心底驚いたな、と懐かしい気持ちになる。
おまたせ、と前の席に腰掛けながらテーブルの上を眺める。恋ちゃんはどうやら読書をしていたらしい。辻本さんにお勧めされていた分厚い本が置かれていた。
「今日はうちじゃなくてごめんね」
弟さんが何人か友達を連れてくるから、図書室で話そうという流れになったのだ。
「中学生男子には刺激が強すぎるからね。家でなんて話せないよ」
困惑する。
人が多くて気が散るから図書室で相談したいという話ではなかったのか。
「えっと……。それは、恋ちゃんの存在が刺激的って意味かな……?」
恋ちゃんは眉を顰めた。
「は? 何言ってんの? あたしのわけないじゃん」
わけがわからず首を捻ってしまう。
恋ちゃんは私の全身を舐め回すように見た。
「絵里って体つきは控えめだけど愛でたくなる可愛さがあるよねぇ。あと、本気で押し倒したら抵抗せず受け入れてくれそうな感じもある。あたしからするとそれが超刺激的でえっちなの……ふふふ」
「怖い! 恋ちゃん目つきが怖いよ!」
「ハッ! あたしとしたことがトリップしてた!」
頬を叩いている。平常心を取り戻そうとしているらしい。
私は苦笑しながら膝の上に鞄を乗せた。中からノートを引っ張り出す。
「あ、それ……」
恋ちゃんが目を見開く。
「ノート返すよ。長いこと借りっぱなしだったよね」
差し出すと、恋ちゃんは我が子の帰還を喜ぶように受け取った。大事そうに抱えながらこちらを見る。
「中身の感想は?」
「……うん……」
「え、なにその反応!? 大丈夫!?」
恋ちゃんが焦りを浮かべる。
私は笑った。
「実は読んでないんだよ。正直これを渡してくれたってだけで、私は満足できたから」
「そ、そっか……」
恋ちゃんが溜息をつく。読んでほしいと言っていたが、やはり内心では読まれたくなかったのだろう。当然だと思う。そもそも、読ませるために書かれた文章ではないのだ。
「ノートがない間はどうしてたの? 別のノート使ってた?」
恋ちゃんは首を振った。
「書かなかったよ。なぜなら、あたしにはもう不要なものだからね」
満面の笑みを浮かべる。
「『夢見ちゃんはかわいい』が十万PVいったんだよ! 『ゆるさんぽ』の二倍! そんなあたしにノートは不要っしょ!」
身を乗り出して言う。
数日前から急にPV数があがったのだ。作品の出来がいいから見つかれば必ず伸びると思っていたが、まさかここまでとは思わずとても驚いた。
「凄いと思うよ。おめでとう」
「えへへ……」
後ろ髪に手を当てて微笑む。本当に嬉しそうだった。私まで嬉しくなる。
恋ちゃんはノートを鞄にしまい、ふう、と息をついた。
「この人気を維持していかないとね。それはそれで難しいと思うんだ。もしも、ごっそりファンが離れていったら……」
笑みが消える。その時のことを想像して戦慄しているのだろう。
「落ち目だと思われて固定ファンが離れていって、最終的には誰も見てくれなくなってPV数がゼロになって、オワコン呼ばわりされて……。ああ、そうなるに決まってる! 絵里、どうしよう! 助けて!」
「恋ちゃん落ち着いて。深呼吸」
「すーーーーはーーーー」
ノートはまだ必要なんじゃないだろうか。そうアドバイスすると、恋ちゃんは素直に頷いた。
「あなた達、さっきからうるさいですよ」
声を掛けられて驚く。図書委員か、と思ったら、辻本さんだった。私の背後に佇み、むすっとした顔で立っていた。
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