第47話

 彼は眉間に皺を寄せた。

 私は他のメンバーに視線をやった。全員、強張った顔をしている。


「皆さんにお聞きしたいです。いつまで『批判するために小説を読む』おつもりですか?」


 女性が目を伏せる。


「あなたは作家志望だと音辻さんから聞いています。あなたは、ここのメンバーに書いた小説を読ませたいと思いますか? 感想を聞きたいですか?」

「……それは……」


 反応を見て、自分の考えに確信を持つ。


「そこの男性を支持していると批判することが当たり前になってしまいますよ。全ての作品を減点方式で見ることになりますよ。それでいいんですか? そんなつまらない読書体験を望んでいるんですか?」


 声量が大きくなっていく。興奮のあまり手が震えた。

 黒縁眼鏡の男性が溜息をつく。


「何を必死になっているのかな……? よくわからないことを長々と……」

「あなたは可哀想な人です」


 憐みの視線を向ける。


「あなたはたぶん、人生を変えてくれるような名作に出会ったことがない。だから冷めた目でしか作品を見れないんだ」


 彼は眉を顰めた。


「……流石に失礼ではないかな? 言い過ぎだよ」

「失礼なのはあなたですよ!」


 拳を固めて立ち上がる。


「この世のあらゆる創作者たちに失礼です! なんで愛を持って作品を見てあげられないんですか!」


 私は声を震わせて続けた。


「私は本を読むことが好きです。自分のちっぽけな人生では味わうことのできない感動を覚えさせてくれるから。昔小説を読んでいた時、『現実逃避しているだけでしょ』と嘲笑れたことがあります。確かにそういう部分があることは否定しませんよ。しかし、そもそも現実逃避が悪いことだと私は思っていません。時にはそういう時間も必要でしょう。それにフィクションへの逃避――耽溺があったからこそ今の私は形成されているんです。フィクションを通ってきていなかったら全く違う私になっていたと断言できます。そして数多あまたのフィクションを通っていない私は、今日この場に立っていません。恋ちゃんや辻本さんと仲良くなっていません――そんな人生はクソだ!」


 全員を見回して続ける。


「全ての作品が素晴らしいとは言いません。中には酷いものだってあります。でも、皆に考えてほしいのは、そんなどうしようもない作品にも救われた人達がいるかもしれない、ということです。ほんの少しでいい。想像力を働かせてみてほしいんです。批判をするなとは言いません。そういうことを考えたうえでなら、私は批判だって意義のある行為になりえると思います」


 息を吐き出す。呼吸が乱れ、軽いめまいがした。

 その場にいる全員が動きを止め、こちらを見ている。時間が止まったかのような錯覚に陥った。

 近くの席から「なにあれ?」「青春だねぇ」「すげえ早口だ」と嘲笑うような声が聞こえた。

 ふぅ、と息を吐き出す。腰を落とそうとしたところで、


「あの……」


 すぐ傍から声が聞こえて横を向くと、ウェイトレスさんが飲み物を持って立っていた。なぜか涙ぐんでいる。


「私、ゲームの配信活動をしているんですけど……」


 陰鬱な声を発する。


「全然伸びてなくて、親や友達から『みっともないからやめろ』って言われていたんです。でも、継続して見てくれている視聴者も何人かいて……。どうしようかな、ってここのところ毎日悩んでました」

 

 だけど、と力強く言う。


「お客様の話を聞いて決めました。これからも継続して見てくれている視聴者のために続けようって」

「あ……。それは、よかったです」

「話に割り込んでしまって申し訳ございません。お客様の話、凄く刺さりました」


 飲み物を置いて失礼しますと厨房に戻っていく。

 私はそれを呆然と見送ってから椅子に腰を下ろした。

 黒縁眼鏡の男性が不愉快そうに立ち上がる。

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