第46話

「何が面白いのかな?」

「あ、ご、ごめんなさい……」


 咳ばらいをして、ふぅ、と息をついた。


「私は別に、録音したものを晒そうとか、交渉の材料に使おうとか、そういうことは一切考えていませんでした」

「ではなぜ録音していたのかな? 明確な理由を説明できる?」


 私は頬を掻いた。視線を逸らしながら言う。


「それは……今後のフィードバックのために使おうと思いまして……はい……」

「フィードバック……?」


 黒縁眼鏡の男性が首を捻る。異星人を見るような顔つきになった。


「私、二人の創作者から相談を受けているんです……。ここでの会話がその役に立つかもしれないと思って……」


 全員がきょとんとする。

 私は頬を熱くしながら続けた。


「そ、それから……実は私、こう見えて結構人見知りなんですよ……。学校では基本ぼっちをしておりまして……はい……。で、今回の自分の喋りを家に帰って客観的に聞きたいな、と思ったんです。そういうコミュ力向上のトレーニング法があると聞いて……。録音していることを黙っていたのはこの話をするのが恥ずかしかったからです。ごめんなさい」


 さっき笑ってしまったのは、あまりにも見当違いな解釈をされたからというのと、自分の行動を冷静に振り返ってみるとダサすぎるな、と感じたからだ。

 私は気持ちを抑え込みながら恋ちゃんを見つめた。


「録音のこと黙っててごめんね。私の独断だった」

「いや、それはいいんだけどさ。意外すぎて反応に困るわ」


 向上心の塊かよ、と小声で突っ込まれる。

 私はスマホを取り出して録音をやめた。

 心が軽くなったのを感じる。ここからは変に気負わずに済みそうだ。

 表情を引き締め、気を取り直すように言った。


「話を戻します。あなたがさっき言っていたことですけど、私は必ずしも間違いだとは思いませんでした」

「そ、そうか。それはよかったよ」


 黒縁眼鏡の男性がハッと我に返って口を動かす。

 私は呼吸を整えてから続けた。


「でも、私は気に食わないです」


 空気が張り詰めていくのを感じる。

 女性は眉を顰め、ピアスの男性は喉を鳴らした。パーカーの男性は緊張の面持ちで私を見つめてくる。恋ちゃんも険しい表情をしていた。

 一気に畳みかける。


「サークルの他メンバーに言わせておいて自分では何も言わない、そのスタンスに虫唾が走るんです。そういえば、あの茶髪の人も言ってましたよね。あなたは批判するために小説を読んでいるって。見たところ、やはりあなたがサークルのリーダーだ。あなたの『批判するために読む』というスタンスが、他のメンバーにも移ってしまっているんじゃないですか?」


 黒縁眼鏡の男性は、羽虫が近くを飛んで鬱陶しそうにしているような表情を浮かべた。


「僕は必ずしもそういうスタンスで読んでいるわけじゃないよ。ただ、世の中には出来のよくない小説が多いのもまた事実だ。そういうものに対して『出来がよくない』と正直に言って何が悪いのかな? それはある意味では善行と言えると思うんだけど。僕の意見を聞いて、より良いものが作れるなら、作者冥利に尽きるだろう。それから批判だって立派な表現手法の一つだよ。批判のおかげで作品が面白くなることだってあるんだ」


 なるほど、と私は頷いた。


「面白い意見ですね。では、作品を面白くするような批判とやらを、この場で聞かせてはいただけないでしょうか。そういえばあなたはまだ、『殺意の鼓動』に関して何もおっしゃっていませんでしたよね?」


 彼は黙った。私の前で口にしたくなかったのだろう。予想通りの反応だった。

 他メンバーの批判意見は全て切り捨てられている。彼はプライドが高いから、同じ轍を踏んで恥を晒したくないのだろう。


「何も言えない、と……。批判することがないのなら、褒めるような感想でもいいですよ」

「……それは……」


 彼は暗い森の中に足を踏み入れ、道に迷ったような表情を浮かべた。


「批判することも褒めることもできないみたいですね。不思議です。あなたは父の佐原先生に『殺意の鼓動』を勧めたそうじゃないですか。面白いから勧めたのではないんですか?」

「……」

「サークルメンバー全員に『殺意の鼓動』を読もうと言ったのもあなただと思っていたんですが」


 パーカーの男性が頷くのを視界の端に捉える。


「どうやら考えは当たっているみたいですね。しかし、あなたは作品を面白いと思っていないようですね。普通、面白いと思っていないものを、友達や親には薦めませんよね? でも、あなたは読んでもらおうとした」


 なぜか、と声を張る。


「それは作品を晒し上げ、叩かせることが目的だったからですよ。それ以外に考えられません」

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