第45話
恋ちゃんが息を呑んでいるのを横目に見る。
黒縁眼鏡の男性は冷たい視線を私達に向けてきた。
「恥ずべき行為だと僕らを糾弾したね。しかし、そういう君らはどうなのかな?」
警戒心を高める。黒縁眼鏡の男性は淡々と続けた。
「この会話を録音しているんじゃないかと思ってね」
ポケットのスマホに意識が向かう。
恋ちゃんが不思議そうにこちらを見た。
「はは、やはり図星みたいだね。悪いが、自衛させてもらったよ」
ポケットからスマホを取り出す。彼も録音していたらしい。
フェアにいこう、と笑みを浮かべながら口を動かす。
「認めるよ。確かに僕らはよくないことをした。しかし今回の場合、音辻先生や君達にも悪いところはあったんじゃないかな?」
彼は感情のない声で続けた。
「僕達は最初、音辻先生を褒めた。しかし向こうから『本当のことを言ってほしい』とお願いしてきたんだ。そこでサークルメンバーは思い思い感想を口にした。その中には至らないものもあったと思うよ。でも、仕方のないことだと僕は思うね。文芸サークルとはいえ、素人の集団なんだ。プロである彼女を満足させる感想を言うのは難しいよ」
恋ちゃんが唇を噛む。咄嗟の反論が思いつかなかったのだろう。
彼は調子を変えずに続けた。
「おそらく君達は、音辻あやの話を聞いて僕らが一方的に彼女を罵ったような印象を持っていると思う。でも、それは事実と乖離しているんだ。笹本――あの茶髪の彼のことで不快にさせてしまったことを謝罪した後、音辻先生は僕らの質問に答えてくれた。その時の態度はなかなかのものだったよ」
わざとらしく溜息をつき、唇を動かす。
「僕らの質問に対して、『なぜそんなこともわからないんですか?』『基礎の基礎ですよ』とマウントを取るように答えていた。もちろん、僕らが先に無礼を働き、無理を言って質問をさせてもらっていたわけだから、文句を言う資格はなかったと思う。だが、作品を読んだうえでの好意的な感想を話してる間も、彼女は僕らに冷ややかな視線を向けてきたんだ。何人かは見下されていたように感じただろうな」
「それ、被害妄想じゃない? あんたらがそう思っただけっしょ」
恋ちゃんが突っ込む。私は僅かに目を伏せた。その反論の仕方はよくなかったのではないかと思う。
黒縁眼鏡の男性は、出来の悪い小学生の失敗をたしなめるように言った。
「かもしれないね。だが、それは音辻先生にも言えることなんじゃないかな?」
「え……」
「音辻先生は僕らの話を不快に思ったわけだ。でもそれは、『音辻先生が勝手にそう思っただけ』とも言えるよね? 僕らは音辻先生を不快にさせるつもりなんて微塵もなかったんだ。本音で言ってくれと頼まれたからそうしたに過ぎない」
恋ちゃんが唇を閉ざす。自分の発言のまずさに気づいたらしい。申し訳なさそうにこちらを一瞥する。
完全に彼らのペースだった。
黒縁眼鏡の彼はテーブルを指で叩きながら続けた。
「君らのよくないところも指摘しておこうか。この会話、録音しているよね? さっきの反応でわかったよ。データを使って条件を呑ませようという腹だね。明らかに、こちらを悪者に仕立てようという悪意を感じる。はっきり言って不愉快だな」
顔を歪めて睨みつけてくる。
自分達が被害者であるかのような言い分だった。
私達と話す流れになった時点で彼は録音を始めていたのだろう。とても頭の回る男性だった。感心する。
「ふ、ふふ……」
私は思わず笑ってしまった。
彼がスッと目を細める。
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