第43話
月曜の午後五時過ぎ。例の大学生四人組が喫茶店に入っていくのを、ようやく視界の端に捉えた。
よし、と拳を固める。
私達は喫茶店の向かいのドーナツ屋に張り込んでいた。学校帰りなので制服姿のままだ。
恋ちゃんが興奮した面持ちで私を見つめる。
「いよいよだね! やば、緊張してきた!」
「本当にいいんですか?」
辻本さんが不安げに訊いてくる。
「私も行くべきでは?」
「いや、さっきも説明したけど、私と恋ちゃんだけの方がいいよ。辻本さん本人がいると話してくれない可能性もあるから」
私はプレーンドーナツの欠片を口に入れた。水と一緒に胃の中に流し込む。
「辻本は大船に乗ったつもりでいなよ。あたしと絵里の最高のコンビで連中をぎゃふんと言わせてくるから」
「不安です……。主に恋川さんが」
「なんだとー!」
「二人共、喧嘩しないで」
改めて二人に視線を向ける。
「これは報復じゃないからね。いや、報復の意味もあるけどさ」
「どっちなんですか?」
「私は、連中に考えてもらいたいんだ。自分達のしたことの愚かさを。いずれ彼らは創作者の芽を摘むようなことをまたすると思う。創作者は私にとって、推しになるかもしれない人達だ。あんな連中に、未来の推しを消されたくない」
「目がマジすぎるっしょ……。ちょっと引くんですけど」
恋ちゃんが苦笑いする。
あれ? 私の味方だよね?
「でも、絵里さんらしいですね」
連中に一泡吹かせたいという話を最初にした時、辻本さんは「お気持ちだけで結構ですから」と断った。作家としての矜持がそう言わせたのだろう。いちいちアンチに突っかかても仕方ない。そういうロジックだ。確かに正論だと思う。
その時、私は辻本さんの瞳を見つめてこう言った。
「未来の推しのためにも私は連中に言いたことがあるんだ。……でも、辻元さんが嫌なら、この話はなかったことにするよ。辻本さんの嫌がることはしたくないからね」
辻本さんは少しだけ逡巡してから、溜息をついて言った。
「絵里さんがやりたいならいいですよ。正直、むかついてはいますからね。ぶちかましてください」
よし、とガッツポーズを取ると、恋ちゃんが「相変わらず好戦的だね……」と引き気味に笑い、桃は大きく口を開けて笑った。
「桃が来れなかったのは残念だね」
恋ちゃんが言う。
桃は部活があり今日は不在だった。
ちなみに二人への相談は一旦休止している。この件が片付いた後に最後の相談をする運びとなっていた。
「……そろそろ行こうか」
私と恋ちゃんは席を立った。辻本さんが「何かあったら連絡をくださいね」と念を押すようにして言い、わかった、と二人同時に頷く。
これから行われる話し合いを考える。上手くいく保証はなかった。事態を悪化させ、辻本さんにいらぬ負担を掛けてしまう可能性もある。
「でも……」
止まれなかった。
優しいね、と言われることが増えてきている。しかし自分は優しい人間ではないと改めて痛感した。
推しのため、という言葉は、自分のため、という言葉に変換可能なのだ。
私は自分のために戦おうとしていて、結局何も変われていないのではないか。そんなふうに自分を問い詰めてみたが、結論は出なかった。
出なかったからこそ、戦うしかないと思ったのだ。
そうしないと、いつまで経っても真の意味で自分と向き合えない気がしたから……。
自分本位な理屈である。
でも、そんな自分本位な理屈に、推しである友達は乗ってくれた。
期待は裏切れない。
自動ドアを抜けて外に出る。
いよいよ決戦だった。
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