第41話

「たくさんいますね」


 辻本さんが言う。モニター越しに私達を見ているのだろう。


「大丈夫なの?」


 私が訊くと、連絡を入れずに休んで心配を掛けたことを謝罪してきた。スマホは壊れてしまっているらしい。

 しばらくして扉が開かれる。私服姿の辻本さんが現れた。徹夜したのか、目の下にうっすらと隈ができてしまっている。


 掃除の行き届いたリビングに案内された。家族写真、絵画などが飾られている。大きなソファに三人で腰掛けると、辻本さんも向かいの席に座った。


「……お母さんは?」

「仕事に戻りました。無理をして抜けてきたみたいです」


 あ、と恋ちゃんが声を上げる。写真を凝視していた。


「あれって赤谷傑あかたにすぐるじゃん!」

「私の父です」


 恋ちゃんが目を見開き、「マジで?」と呟いている。どうやら知らなかったらしい。

 辻元さんのお父さんのことを知った翌日、私はネットで検索を掛けてみた。すると、読んだことのある有名タイトルがずらっと出てきて驚いた。それだけでなく、お父さんはテレビにも多く出演していてタレントとしての人気もあるようだった。

 咳ばらいをしてから質問する。


「どうして学校を休んだの?」


 辻本さんは視線を逸らした。


「小説を書きたかったからですよ」

「嘘」


 桃が口を挟んでくる。


「彩音はそういうことで学校を休むような子じゃないでしょ」


 辻元さんは肩を落とした。


「別に嘘ではありませんよ……。文芸サークルの連中を見返そうと、執筆に集中していたんです」

「学校を休んでまで?」

「はい」

「連絡くらいしなよ。心配になるじゃん」

「……それについては申し訳ないと思っていますよ。ですが、このままだと自分は駄目になると思ったんです。だから、いろいろなものを犠牲にしなければ、と考えたんです」

「いろいろなものって?」

「人付き合いとか学業とか……いろいろですよ」


 極端な考え方だと思う。

 人付き合いというからには、私達のことも含めれているのだろう。

 胸にずきりとした痛みを感じた。


「連中に何を言われたんだい?」


 桃が追求する。

 辻本さんは何も言わなかった。心のシャッターを閉ざしてしまったようだ。こうなった辻本さんは梃子でも動かないだろう。

 どうしたものかと思っていると、


「はぁー、だっる……」


 呟きが聞こえた。横を向くと、恋ちゃんが半目で辻本さんを見つめていた。


「人から嫌なこと言われただけで殻に閉じこもって友達拒絶するとか、どんだけ面倒くさいんだよ」

「あなたのことを友達だと思ったことはありませんが」

 

 恋ちゃんは肩を竦めた。


「あたしの話なんてしていないんですけど。そこの二人のことを言ってるんだよ」

「……」

「二人は辻本のことを心配してるんだよ。辻本からしたら鬱陶しいことかもしれないね。でも、見て見ぬふりなんてできないんだよ。なぜだか教えてあげようか? それが友達だからだよ」


 辻本さんが口を開く。しかし適切な言葉を思いつけなかったようで、すぐに閉ざした。


「はっずいなぁ……。高校生にもなってこんなこと大真面目に語らせないでよ。道徳の授業かっての」


 恋ちゃんが不機嫌そうに言う。

 深い沈黙が訪れた。


 ――それが友達だから、か……。


 恋ちゃんの言葉が胸にすとんと落ちていくのを感じた。

 私は辻本さんのことを――そして恋ちゃんのことも、友達だと思っている……。長いこと、その事実から目を逸らしてきたが、もう認めるしかないだろう。

 辻本さんを見つめて言う。


「言いたくないことは無理に言わなくていいと思う。強要はしたくないからね」


 でも、と続ける。


「大学生の人たちに絡まれた時、私言ったよね。またどこかで会ったらあいつをぶち殺す、って」


 桃が「え?」と呟く。恋ちゃんも「何言ってんの?」という顔をしていた。

 二人を置き去りにして話を前に進める。


「あれは撤回するよ」


 辻本さんも困惑の色を浮かべていた。私の話に戸惑っているようだ。


「彼らは辻本さんに……私の推しである友達に酷いことを言って悪い影響を与えた。それは確定してるよね。なら、仕方ない。こっちから出向いてぶち殺すことにするよ」


 恋ちゃんが慌てた様子で「ちょいちょい」と制服を引っ張ってくる。


「物騒すぎるっしょ。目がマジすぎて怖いんですけど……」

「比喩だよ。本当に殺すわけじゃないから安心して」

「……ナイフ持っていきそうな顔してたけどね……」


 桃が頬を引き攣らせながら言う。

 ふふ、と笑い声が聞こえた。

 前を向く。辻本さんはすでに笑みを消していた。真剣な顔つきで言う。


「絵里さん、やはりあなたはバーサーカーみたいな人ですね。ミステリサスペンスの犯人役にぴったりです」

「だからそれ褒め言葉じゃないからね」

「殺しに行く必要なんてありませんよ」

 

 溜息をついて言う。


「絵里さんや桃を遠ざけようなんて馬鹿げた考えでした。あと、恋川さんもありがとうございます」

「取ってつけたような感謝ならいらないから」


 恋ちゃんが髪を弄りながら口を動かす。

 辻本さんは改めて息を吐き出すと、ゆっくりと口火を切った。


「昨夜、何があったのかをお話します」

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