推しの敵

第40話


 二人で閑静な住宅街を進んでいくと曲がり角から見知った顔が現れた。驚きながら口を動かす。


「恋ちゃん?」


 オーバーサイズシャツを着ている。こちらを見て目を見開いた。歩幅を大きくして近づいてくる。


「こんなところでどしたん?」

「いや、それはこっちの台詞なんだけど――あっ……」


 私は口を抑え、疑いの視線を向けた。

 恋ちゃんがきょとんとする。それから私の疑念に気づいたようで、大きく身を乗り出した。


「いや、違うからね! マジで違うから!」

「まだ何も言ってないんだけど……」

「こいつまたストーカーしてるやん、って思ってるっしょ? ほんと違うから! 友達の家に遊びに行ってただけだから!」


 必死の形相で言う。確かに、後ろからではなく横から現れた。先回りは現実的ではないだろう。


「ストーカー……?」


 桃が不思議そうに首を傾げている。

 お互いのことを紹介した。


「ああ、同中の桃ね……」

「恋川さんのことは目立ってたから覚えてるよ」

「あたしも覚えてる。絵里の友達人だよね」


 だった、というところを強調して言う。

 恋ちゃんは黒目を大きくしながら口を開いた。


「絵里とまだ仲良くしてたんだ」


 ジーッと観察している。桃は照れくさそうに苦笑した。


「ずっと仲良くしていたわけじゃないよ」

「え、そうなん?」

「うん。今日久しぶりに会ったんだ。で、さっきまで絵里に慰めてもらってた」

「慰め……?」

「私の肩に手を置いて、こう、恋人同士みたいにグッと体を密着させてさ」

「恋人同士みたいに、ねぇ……」


 冷め切った声を出す。

 いやなんだよその説明。わざと変な誤解を招こうとしていないか?

 私は肩を落として言った。


「過去にいろいろあったんだけど、それが誤解だとわかって、二人で慰め合ってたんだ。これで前を向けそうだよ」

「それは……よかったね」


 恋ちゃんが怖い顔をやめる。私の言葉から真剣さを感じ取ってくれたのだろう。

 なぜここにいるのか嚙み砕いて事情を説明する。

 恋ちゃんは腕を組み、真剣な顔で頷いた。


「あいつらしくないね」

「心配でしょ」

「そうだ――いや、大丈夫じゃない? 辻本って図太いし明日にはケロッと登校してくる気がするんだけど」


 そうだね、と言い掛けたんだろうなと思う。相変わらず辻本さん絡みの話になると素直じゃなくなる。


「恋ちゃんも一緒に行こうよ。家はこの近くみたいだよ」


 恋ちゃんは桃を一瞥した。


「確かにその方がいいかもね。二人きりにさせておくのは不安だし……」


 やっぱり何か誤解されている気がした。

 桃が体を密着させてくる。


「ねえ、なんだか恋川さんに嫌われている気がするんだけど」

「どうだろう……。人を簡単に嫌うような子ではないと思うよ」

「語尾が弱々しいのが気になるな」


 嫉妬深いんだよ、と説明したいところだが、本人を前にしてそれはハードルが高すぎる。

 なぜか恋ちゃんも近づいてきた。そして、私と桃の間に割って入ってくる。あまりの強引さに言葉を失った。


「早く行こうよ。辻本のこと心配してるんでしょ。善は急げだ」

「そ、そうだね」


 三人で足を進める。

 やがて一戸建ての大きな家の前に到着した。広い庭と車庫がついている。二階建てで、外壁は茶色かった。


「お母さんの方の実家だね」


 桃が説明しながらインターホンを鳴らす。

 しばらくしても反応がなかった。もう一回ボタンを押そうかという話になったところで、ようやく「はい」と応答があった。辻本さんの声だ。

 

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