第28話
抱えている問題をぼかしながら話すと、椰子さんは柔和な笑みを浮かべた。
「苦労しているみたいだね。二人の抱える問題っていうのは、そんなに深刻なの?」
「私はそう思います」
こうしたらいいのだ、という簡単な指摘で終えられるような話ではなかった。様々な要因が絡み合い複雑化している。頭が混乱しそうだった。
「私の率直な感想を言うね」
少し間を作ってから口を動かす。
「紙野さんの抱えてる悩みと、シズや辻本さんの抱えている悩みって、私からすると全く別物に思える。だから、一緒くたに考えるのは危険なんじゃないかな?」
どういうことだろう?
視線で先を促すと、椰子さんは続けた。
「紙野さんの言っていることって、あくまで自分の悩みだよね」
「え……?」
「二人の問題を解決しなきゃいけない、頑張らないといけない――そうは言うけれど、それって本当に、紙野さんがやらなきゃいけないことなのかな?」
「そ、相談されているので」
「責任を感じているんだ……やっぱり優しいね。でも、現実的な話をすると、相談者の求めに全て応えることは難しいよ。学校や職場でのことをプロの精神科医やカウンセラーに相談したとしても、実際のところ現場には来てくれない。仮に来てくれたところでやってもらえることは少ないと思う。そもそも当人の問題に他者が関与できる余地っていうのは、そんなには多くないからね。だから結局、自分の問題はある程度自分で対処していくしかないんだよ」
間を置いてから言葉を繋ぐ。
「相談役に求められることって、親身になって話を聞くこととフォロー――それから問題を客観的に見る姿勢だと思う。今の紙野さんはシズや辻本さんと距離が近くなり過ぎちゃって、二人の問題を客観的に見られていない気がする。それどころか、自分の問題として捉えてしまっている。だから、辛い感じになっちゃっていると思うんだ」
椰子さんの言葉を頭の中で整理する。
「た、確かに、椰子さんの言う通りかもしれません……。私は二人の問題を自分の問題と捉えて、空回りしていました」
「紙野さんは優しい人間だから、友達の問題を自分の問題と捉えちゃうんだろうね。私にはない価値観だよ」
あの二人は友達じゃなくて推し作家なんですが――そう訂正したくなるが、ぐっと堪える。別の言葉を吐き出した。
「私、他人のことで深刻になりすぎなんですかね……」
「それはそう思う。でも、そこが紙野さんの長所だから修正しようとは思わないでほしいな。定期的に自分と他人を切り離して考えてみるのがいいんじゃないかな? まぁ、他人に言われて簡単にできたら苦労はないと思うけど。性格によるところが大きいからね。行き詰ったら、今回みたいに私を頼ってくれていいよ?」
「え、いいんですか」
「私は紙野さんの考えを吸収したいからね。ウィンウィンだよ」
「AIみたいですね」
口にしてから、しまった、と思う。毒の出力を間違えたか。
私の不安をよそに、椰子さんは平然としていた。そういうところもAIっぽいな、と失礼なことを考えてしまう。
「正直、私から言えることはこれくらいしかないよ。もっと二人の問題の本質部分を話してくれれば、言えることは増えてくるかもしれないけど、言えないんだよね?」
「ご、ごめんなさい。プライバシーに関わることなので」
「いいよ。二人が紙野さんを信用している理由、よくわかった」
「あの……今日は、ありがとうございました」
頭を下げて言うと、大袈裟だね、と笑われた。
時計を見る。すでに八時を回っていた。流石に帰らないとまずい。
「最後にいい?」
椰子さんが軽い調子で言う。何ですか、と訊くと、小首を傾げながら口を開いた。
「紙野さんって女の子が好きなの?」
「……」
何を言っているんだ、この人は。
「シズや辻本さんを性的な目で見ていると前々から思ってたから」
「な、なにを言っているんですか、馬鹿馬鹿しい。相手は推しですよ、創造主ですよ? ちょっとエッチな目で見ていただけですから!」
「やっぱりそうなんだね」
しまった……。言わなくていいことを口にしてしまった。
椰子さんが身を乗り出してくる。近づかれ、心臓がどきりとした。
「私にも興奮するの?」
「え、あ、いや……」
「私、恋愛感情っていうものがわからないの。空っぽ人間だからね。性欲は人並みにはあると思うんだけど」
更に顔を近づけてきて、鼻先がぶつかりそうになった。
「ちょっとだけ、私とエッチなことしてみる?」
「……帰ります!」
私は鞄を掴んで立ち上がった。椰子さんがきょとんとした顔で私を見上げる。
「あ、ごめん。不快にさせちゃったよね。つい、反応が知りたくなって」
「私は実験動物じゃないから。今のってセクハラだからね? そこは本気で反省しようか」
「すみませんでした……」
敬語とため口が反転している。
はあ、と溜息をついた。
やはり私達は似た者同士なのかもしれない。悪気なくデリケートな部分に進入して人を不快にさせるという展開――残念ながら身に覚えがあり過ぎる。
「いいよ。許すよ」
「よかった」
胸を撫で下ろしている。その姿を見て、彼女にも年相応な部分があるんだな、と思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます