第29話


 椰子さんの家にお邪魔した翌日。

 帰りのホームルームが終わり、鞄に荷物を詰め、恋ちゃんの席に視線を向ける。友達に囲まれながら雑談していた。表情をころころと変え、楽しそうだ。

 今朝のことを思い返す。


 昇降口で恋ちゃんに挨拶をしたら素っ気ない態度で「おはよ」と返された。いつもとは明らかに違う反応だった。


 やはりノートのことがばれたのか? 

 不安になる。しかしすぐに「落ち着け」と自分に言い聞かせた。

 昨日の椰子さんに言われたことを思い出せ、問題は切り分けて考えるんだ。


 そもそも恋ちゃんの考えはまだ確定していない。想像で決めつけるのはよくないだろう。さらに言うと、ノートを見てしまった件は、あくまで私個人の問題だ。恋ちゃんの問題ではない。ああいうことをノートに書くことは、決して悪いことではないのだ。


 改めて恋ちゃん達の方を向くと、椰子さんと視線が合った。微笑を浮かべる。がんばれというメッセージが飛ばされた気がした。


 よし、と気合を入れ直して席を立つ。鞄を持って恋ちゃんの席に向かった。


「こ、恋ちゃん!」


 声を張る。たくさんの視線がこちらに向いた。息が詰まりそうになる。

 恋ちゃんが振り向く。私を見て、少し驚いているようだった。そういえば、教室で私の方から声を掛けるのは初めてだったかもしれない。


「今日は、恋ちゃんの家でいいんだよね?」


 確認のために訊くと、恋ちゃんはにこりと微笑んだ。


「もちろん。約束したもんね」


 行くわ、と全員に声を掛けてから廊下に出る。慌てて後を追った。

 昇降口まで無言で足を進める。やはり様子がおかしいと感じた。雑談なしは不自然すぎる。

 靴に履き替えてから口を開いた。


「恋ちゃん、大丈夫?」

「何が?」

「いつもと様子が違うように見えたから」

「えー、そうかな?」

「ちょっと硬い気がする」


 振り返り、真顔で凝視してきた。


「そんなことないと思うけどなぁ。それを言うなら、絵里の方が変じゃない? 教室であたしに声掛けてくることなんてこれまでなかったよね? 後、やたらと椰子の方を見てたし」


 思わぬ反撃を喰らい言葉に詰まる。


「あたしに何か隠し事でもしているんじゃないの……?」


 疑いの目を向けられ、全てを悟った。やはり恋ちゃんにはバレているようだ。

 もう隠してはおけないか。

 肩から力を抜いて口を開く。


「そうだね。実は私、恋ちゃんに隠し事してたんだ。ノートの中身を――」

「昨日の夜、椰子の家に行ったでしょ!」


 恋ちゃんが言葉を被せてきて「へ?」と首を傾げる。

 恋ちゃんは涙目で続けた。


「昨日、たまたま椰子と絵里が一緒にいるところに遭遇して後をつけたの。そうしたら、二人で椰子の部屋に入っていくのを見ちゃったんだ」

「後をつけた……?」

「どうして一時間も椰子の部屋にいたわけ?」

「一時間外で待ってたんだ……」

「何してたか答えてよ!」


 こちらの疑問にまず答えてほしいんだけど……。

 恋ちゃんは涙目で睨んできた。答えないと許さない。そんな無言の圧を感じる。


「わ、私が落ち込んでいたところに椰子さんが現れて、慰めてくれたんだよ。それでちょっと家に寄らせてもらっただけ。雑談だけして帰ったよ」

「え、雑談? 絵里が?」


 引っかかる言い方だなぁ……。


「事実だよ。あとで椰子さんに確認取ってみなよ」

「……そ、そっか……」


 胸を撫で下ろしている。ご理解いただけたらしい。


「そういえば……」


 恋ちゃんは顎に手を当てて言った。


「ノートの中身を、って言って気がするけど」


 やはり聞かれていたか。

 私は覚悟を決めて言った。


「それについては恋ちゃんの部屋で話すよ」

 


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