第23話


 火曜の放課後。私は渡り廊下の端で外の景色をぼんやり眺めていた。女子の集団がベンチに腰掛けて楽しそうに会話している。


 二人の相談に乗れるのは残すところ六日だ。今日はどちらとも予定が入っていないので自由な時間を謳歌しようと考えていたが、いざ暇な時間ができると何をしていいかわからなくなった。目的なく足を進めていく。


 桃との繋がりを知った後も、私は辻本さんと会っていた。辻本さんの方から桃の話を振ってくることはなかったが、腕時計を見るたびに過去がよみがえり、胸に鈍い痛みを覚えた。


 なぜ私に相談するのがいいと桃は言ったのか。その真意を知りたかった。やはり過去にあった出来事が関連しているんだろうか。

 中学時代に思いを馳せそうになり、慌てて首を振る。これ以上、踏み込んで考えてはいけない。桃のことを考え続けたら、たぶん自分はどうにかなってしまうだろうから。


 階段を降りようとしたところで、ふいに忘れ物をしていることに気づいた。読みかけの小説がまだ机の中にあったはずだ。

 一年一組の教室に戻る。すでに生徒の姿はなかった。


 村上春樹の『スプートニクの恋人』を取り出す。鞄の中に仕舞い、教室を出ようとしたところで、ノートが落ちていることに気づいた。恋ちゃんの席の近くだ。拾い上げ、表紙を眺める。何も書かれていなかった。

 筆跡を見れば持ち主がわかるかもしれない。軽い気持ちでノートを開き、私は眉を顰めた。


「……なにこれ?」


 @AGGHGG――☆☆☆☆ いつも褒めてくれるから好き。でもたまに、コメントをくれないのが不満。


 アカウント名と感想らしきものが書かれている。星は評価だろうか?

 先を読んでいく。


 よるるんピンク――☆☆ あたしの作品を読んでくれるのはありがたいけど、誤字の指摘ばかりで褒めてくれないのが不満。もっと褒めてほしい。

 悟罰――☆☆☆ 毎回読んでくれるけど星を入れてくれない! なんでんだよ! モチベ上がらねえよー!

@AKA066――☆☆☆☆☆ 絶賛レビューを入れてくれた。嬉しい、好き、愛してる。


 ページを捲り、唾を呑み込む。


 ヨミセンマン太郎――マイナス☆☆☆☆☆☆☆ 最新話を投稿したら五分以内にハートをつけてくれていたのに突然読んでくれなくなった。なぜ? あたしのことキライになった? 同じジャンルの作品にはたくさんつけてるよね? なのにどうして、あたしの作品にはくれないの? 他と比べて劣ってるってこと? だから読む価値なくなったってこと? いいよ、わかったよ、読んでくれないのは受け入れるよ。でも、それなら他の人の作品も読まないでほしい。アカウントを消してほしい。


 一ページに渡り、びっしりと書き連ねてあった。嫌な予感を覚えてページを捲る。


「あっ……」


 紙野絵里――私の名前を見つけた。

 星評価はつけられていなかった。長々と文章が書き連ねてある。一ページでは収まっておらず、何ページにもわたって書かれているみたいだ。

 読んでは駄目だと思う。ここで引き返さなかったら決定的に何かが歪んでしまう気がした。

 次の瞬間、扉が開き、私は大きく体を跳ねさせた。慌ててノートを閉じる。


 江東さんと椰子さんコンビだった。江東さんがツンテールを揺らしながら「よっすー」と気さくに声を掛けてくる。椰子さんはその後ろから控えめに会釈をした。

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