第19話
土曜の昼下がり、私は喫茶店の前に立っていた。スマホを取り出してカメラ機能で自分の容姿をチェックする。変なところはなさそうだった。
よし、とスマホをしまう。
その時だった。後ろから抱き着かれ、「ひゃっ」と声を上げてしまった。
「絵里の反応、可愛いね~」
「こ、恋ちゃん……心臓に悪いからやめてよ……」
柔らかなものが背中に当たっている。ふう、と耳に息を吹きかけられ、ビクンと体が跳ねた。本当にやめて、と懇願すると、恋ちゃんは笑いながら体を離した。私の前に回り込んでくる。
露出多めの服装をしていた。肩やへそが出ている。彼女の私服を見るのは高校に入ってからは初めてだった。
改めて挨拶を済ませ、ちょっとした雑談をしながら街に繰り出した。
横断歩道で信号に捕まり足を止める。その時、突然手を握られ、ぎくりとした。横を見ると、恋ちゃんがニコニコしながら私を見つめていた。
手から温もりが伝わってくる。しっかりと手入れをしているんだろうな、と感じさせる肌だった。一生こうしていたいと思った。
ふと視線を感じて横を向くと、五歳くらいの子供にジーッと見つめられていた。
私は顔を引き締めて言った。
「こ、恋ちゃん……こ、この手は何?」
「恋人繋ぎの方がよかった?」
「いや、何で繋いでるのか謎なんだけど……。あ、もちろんイヤってわけじゃないよ? むしろ気持ちいいというか、一生にぎにぎしていたいというか、興奮するというか、えっちすぎるというか!」
落ち着きなよ、と笑われてしまう。
信号が青に変わり、横断歩道を渡り始めた。手は繋いだままだ。
「今日はこういうことをたくさんするからね」
「え、取材って聞いてたんだけど……」
「これも取材の一環だよ。『夢見ちゃんはかわいい』で書こうと思っていることを一緒にやろうと思ってさ。手繋ぎデートもその一つ」
「そ、そっか」
こういうことが続いたら理性がどうにかなってしまうかもしれない。不安になった。
「で、でも、私なんかでいいの? 友達なら他にたくさんいるよね?」
「絵里がいいんだよ」
突然手を離され、「あ」と声を漏らしてしまう。寂しい気持ちが湧いた。
次の瞬間、また手を握られた。今度は指を絡ませる恋人繋ぎだ。
「う……ぐ……」
初めての感覚だった。なんというか、さっきよりも気持ちよく感じられる。人と肉体的接触を全くしてこなかったから、余計そう感じてしまっているのかもしれない。汗ばんでないか不安になった。
「いろんなところ遊びに行こうよ」
「う、うん……」
「緊張しすぎじゃない?」
「だ、だって……初めてのデートだから……どうしたらいいかわからなくて……」
「あたし、絵里の初めて奪っちゃったかー」
にやにやしながら言われる。
ギャルって凄いな、と改めて思う。恥ずかしいことを堂々と言えちゃうんだから。
その後、私達は動物園に足を運んだ。恋ちゃんはライオンや虎がお気に入りみたいで、目を輝かせながら檻の前に立ち続けた。他のところも一通り見て回ってから動物園を出る。
次に足を運んだのはカラオケ店だった。三年ぶりの来店で緊張したが、恋ちゃんに手取り足取り教えてもらい、楽しく歌うことができた。人前で歌うのは苦手なのだが、恋ちゃんの前だからか、そこまで緊張しないで済んだ。
カラオケ店を出ると、外はすっかり薄暗くなっていた。あっという間だったな、と思う。人と遊ぶのは久しぶりだった。
公園に移動する。人は疎らだった。並んでベンチに腰掛ける。
「あ~、楽しかった~」
恋ちゃんが満足そうに言う。
「う、うん。私も楽しかったよ」
でも、と続ける。
「今日のことって創作に活かせる?」
「インスピレーションたくさん湧いたよ。ま、正直なことを言うとさ――」
恋ちゃんは私の方に身を寄せて言った。
「絵里とデートしたかっただけなんだけどね」
「えっ、ええっ! ま、またまた~」
冗談かと思い横を見る。
恋ちゃんは真剣な顔をしていた。
「そういえばあたしが小説を書いている理由って、まだ話してなかったよね」
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